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第2章 三人の婚約者
その23 落ちる。恋か、陰謀か、それが問題だ
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あ~ セリカ 君はなんて可愛かったんだ。やっぱり君は僕の運命の人だよ。
何度も、何度も夢に出てきた。初めてセリカと出会った、あのシーンがフラッシュバックする。
マリウスにとって、それは偶然であり、必然でもあったのだ。
「王となるべき方は庶民が好む文化も知らなくてはなりません」
王都で評判の芝居をナヴァンテックが勧めてきたのだ。才子である彼は、王都で流行っているもの、世のウワサ、全てを耳に入れている。
幼い頃からつけられた教育係であるナヴァンテックは、陰謀癖のあるマリウスにとって、唯一の相談相手であり、参謀なのだ。
だから、公式の予定がない限り、ナヴァンテックの意見は、なるべく入れてきた。
「あくまでもお忍びで。公式訪問ともなると、他の貴族達が騒ぎ出しますからな」
もちろん、お忍びといっても、貴族としてである。上流階級のみが入れるロイヤルボックスをナヴァンテックが、しっかりと押さえてあるのは当然である。
ところが、思わぬことが起きた。まさかのダブルブッキングだったのである。
普通なら、向こうが身を引く。第二王子と劇場の席を巡っての争いなど、絶対にあってはならないことだ。
しかし、マリウスは仮面までも付けた「忍び」姿でもある。いまさら第二王子であることを明かして譲らせれば「横柄な王族」と受け止められる危険性もある。一方で、貴族は体面を気にする。忍びで来ている相手に譲れば、それだけでも、何かを勘ぐられる可能性もあった。
とっさの話を付けてきたのはナヴァンテックであった。もちろん、話し合いの相手は侍女。こういう場合、貴族本人は、いかにも他の用事があるかのごとく無関心を装うのがマナーなのである。
ナヴァンテックは素早く解決してきた。今にして思えば、あれはナヴァンテックによる最高殊勲であった。
「相手は、侍女だけを連れた姫君お一人です。いっそ、お二人でご覧になってはいかがでしょうか? 相手は、喜んでお相伴させていただきたいとのことです」
まさかの同室だった。
マリウスは婚約者もいる身であるが、忍びでやってきている以上、それも良かろうと受けたのである。
「あちら様は、ガーネット伯爵家が娘、セリカ様にございます」
そっと耳打ちされたのは、セリカ嬢がボックスに入ってきたときである。
「殿下、ご機嫌麗しゅう」
カーテシーを受けながら、その輝く瞳を見た瞬間から、息苦しくなるほどの思いがマリウスの胸に宿ってしまったのだ。
「よろしく。セリカ殿」
形通りに、エスコートの手を差し出した瞬間の、あのドキドキ感。
パーティーでどれほどの美女と踊っても、セリカと手が触れあった、あの瞬間の強烈なときめきには及ばないだろう。
反射的に抱きしめたくなる衝動を抑えるのがどれほどの困難を伴ったか。思い出すだけでも胸が苦しく、そして、甘やかな気持ちになることか。
もはや、劇などどうでも良かった。
セリカが笑うたびに、その、鈴を鳴らしたように可憐な声を独占したくなった。
セリカが活劇に手に汗握るとき、その手を、そっと握ってあげたかった。
セリカが恋の告白に、うっとりとするとき、その瞳に自分だけを映したくなった。
劇の筋書きなどどうでもいい。セリカが横にいてくれさえすれば、幸せだったのだ。突然生まれてしまった、あまりにも強烈な恋心は、マリウスを、厨二にしてしまった。
まさかであるが、初恋の先生にラブレターでも差し出す男の子のように、顔を真っ赤にさせ、話すら、うまくできなくなった。かろうじて、できたことは、バックヤードにてセリカの侍女に入れさせた紅茶を飲んだことだけだった。
これは本来あり得ない。
訪問した屋敷の中ならともかく、外出先で、毒味役を伴ってない時には、一切の飲食物を出さないのが身分が下の者のマナーなのだ。ところが、あきれるほどアッサリと、セリカはそれを無視した。とても楽しそうな笑顔で、セリカの手で、紅茶を差し出してきたのだ。
それは、マリウスにとっては「私のこと信じてくれますか?」と言われたも同然である。いや、日本で言えば、初恋の相手が一口飲んだペットボトルを「これ、飲む?」と渡された中学生の気持ちと同じだと言っていいだろう。
ナヴァンテックが黙っているのを良いことに、マリウスは、差し向かいで、心からティータイムを楽しむことができた。いや、何を話したが、ちっとも覚えてないが、とにかく幸せだったのだ。
もはや、これがダメ押しであった。
マリウスの忙しい日常に、その日からセリカの面影を思い出す時間が加わったと言うことになる。
かろうじて、第二王子としての責任感が、婚約者のいる身として、ガーネット伯爵家への訪問を諦めさせたのだが、それで精一杯だった。
以後、秘密の手紙をやりとりしてきた。第二王子の権限の及ぶパーティーには、必ず呼びつけている。
『セリカは、僕に気を遣ってくれるんだよね。だから、いつも弟クンをパートナーにしているんだろ?』
パーティーは社交の主戦場だ。もちろん王室や高位貴族が催す「ソフィストケートされた合コン」的なパーティーもあるにはあるが、普通は、カップルで参加するものだ。
彼カノがいない場合も、それなりの手立てがある。それが、身内や、見ただけで年齢の違う相手を連れて行くやり方だった。
マリウスが見る限り、セリカは目一杯気を遣ってくれている。たぶん、自分に気持ちがあるのだ。その証拠に、エスコート役は必ず、弟のスウェイなのである。
こうなると、同じく「それなり」でやってきた男達はセリカに群がることになるが、マリウスが見る限り、特定の人間と一緒にいることは極端に少なかった。やはりマリウスの声がかかるのを待っているに違いない。
おそらく、その様子を日本人が見たとしたら「アイドルと追っかけ軍団」のように見えるかも知れない。
もちろん、それはそれで、二人っきりの時間が取れずに、忸怩たる思いもするが、誰かに盗られるよりも数段マシである。
『なあに、あとふた月で学園が始まる。その前に、この話で呼びつけて、いや、セリカを呼びつけるのはまずいな』
さすがに、これで娘を呼び出すのは口実にならないことくらいわかる。
ホントに、わかってるのか?
何度も、何度も夢に出てきた。初めてセリカと出会った、あのシーンがフラッシュバックする。
マリウスにとって、それは偶然であり、必然でもあったのだ。
「王となるべき方は庶民が好む文化も知らなくてはなりません」
王都で評判の芝居をナヴァンテックが勧めてきたのだ。才子である彼は、王都で流行っているもの、世のウワサ、全てを耳に入れている。
幼い頃からつけられた教育係であるナヴァンテックは、陰謀癖のあるマリウスにとって、唯一の相談相手であり、参謀なのだ。
だから、公式の予定がない限り、ナヴァンテックの意見は、なるべく入れてきた。
「あくまでもお忍びで。公式訪問ともなると、他の貴族達が騒ぎ出しますからな」
もちろん、お忍びといっても、貴族としてである。上流階級のみが入れるロイヤルボックスをナヴァンテックが、しっかりと押さえてあるのは当然である。
ところが、思わぬことが起きた。まさかのダブルブッキングだったのである。
普通なら、向こうが身を引く。第二王子と劇場の席を巡っての争いなど、絶対にあってはならないことだ。
しかし、マリウスは仮面までも付けた「忍び」姿でもある。いまさら第二王子であることを明かして譲らせれば「横柄な王族」と受け止められる危険性もある。一方で、貴族は体面を気にする。忍びで来ている相手に譲れば、それだけでも、何かを勘ぐられる可能性もあった。
とっさの話を付けてきたのはナヴァンテックであった。もちろん、話し合いの相手は侍女。こういう場合、貴族本人は、いかにも他の用事があるかのごとく無関心を装うのがマナーなのである。
ナヴァンテックは素早く解決してきた。今にして思えば、あれはナヴァンテックによる最高殊勲であった。
「相手は、侍女だけを連れた姫君お一人です。いっそ、お二人でご覧になってはいかがでしょうか? 相手は、喜んでお相伴させていただきたいとのことです」
まさかの同室だった。
マリウスは婚約者もいる身であるが、忍びでやってきている以上、それも良かろうと受けたのである。
「あちら様は、ガーネット伯爵家が娘、セリカ様にございます」
そっと耳打ちされたのは、セリカ嬢がボックスに入ってきたときである。
「殿下、ご機嫌麗しゅう」
カーテシーを受けながら、その輝く瞳を見た瞬間から、息苦しくなるほどの思いがマリウスの胸に宿ってしまったのだ。
「よろしく。セリカ殿」
形通りに、エスコートの手を差し出した瞬間の、あのドキドキ感。
パーティーでどれほどの美女と踊っても、セリカと手が触れあった、あの瞬間の強烈なときめきには及ばないだろう。
反射的に抱きしめたくなる衝動を抑えるのがどれほどの困難を伴ったか。思い出すだけでも胸が苦しく、そして、甘やかな気持ちになることか。
もはや、劇などどうでも良かった。
セリカが笑うたびに、その、鈴を鳴らしたように可憐な声を独占したくなった。
セリカが活劇に手に汗握るとき、その手を、そっと握ってあげたかった。
セリカが恋の告白に、うっとりとするとき、その瞳に自分だけを映したくなった。
劇の筋書きなどどうでもいい。セリカが横にいてくれさえすれば、幸せだったのだ。突然生まれてしまった、あまりにも強烈な恋心は、マリウスを、厨二にしてしまった。
まさかであるが、初恋の先生にラブレターでも差し出す男の子のように、顔を真っ赤にさせ、話すら、うまくできなくなった。かろうじて、できたことは、バックヤードにてセリカの侍女に入れさせた紅茶を飲んだことだけだった。
これは本来あり得ない。
訪問した屋敷の中ならともかく、外出先で、毒味役を伴ってない時には、一切の飲食物を出さないのが身分が下の者のマナーなのだ。ところが、あきれるほどアッサリと、セリカはそれを無視した。とても楽しそうな笑顔で、セリカの手で、紅茶を差し出してきたのだ。
それは、マリウスにとっては「私のこと信じてくれますか?」と言われたも同然である。いや、日本で言えば、初恋の相手が一口飲んだペットボトルを「これ、飲む?」と渡された中学生の気持ちと同じだと言っていいだろう。
ナヴァンテックが黙っているのを良いことに、マリウスは、差し向かいで、心からティータイムを楽しむことができた。いや、何を話したが、ちっとも覚えてないが、とにかく幸せだったのだ。
もはや、これがダメ押しであった。
マリウスの忙しい日常に、その日からセリカの面影を思い出す時間が加わったと言うことになる。
かろうじて、第二王子としての責任感が、婚約者のいる身として、ガーネット伯爵家への訪問を諦めさせたのだが、それで精一杯だった。
以後、秘密の手紙をやりとりしてきた。第二王子の権限の及ぶパーティーには、必ず呼びつけている。
『セリカは、僕に気を遣ってくれるんだよね。だから、いつも弟クンをパートナーにしているんだろ?』
パーティーは社交の主戦場だ。もちろん王室や高位貴族が催す「ソフィストケートされた合コン」的なパーティーもあるにはあるが、普通は、カップルで参加するものだ。
彼カノがいない場合も、それなりの手立てがある。それが、身内や、見ただけで年齢の違う相手を連れて行くやり方だった。
マリウスが見る限り、セリカは目一杯気を遣ってくれている。たぶん、自分に気持ちがあるのだ。その証拠に、エスコート役は必ず、弟のスウェイなのである。
こうなると、同じく「それなり」でやってきた男達はセリカに群がることになるが、マリウスが見る限り、特定の人間と一緒にいることは極端に少なかった。やはりマリウスの声がかかるのを待っているに違いない。
おそらく、その様子を日本人が見たとしたら「アイドルと追っかけ軍団」のように見えるかも知れない。
もちろん、それはそれで、二人っきりの時間が取れずに、忸怩たる思いもするが、誰かに盗られるよりも数段マシである。
『なあに、あとふた月で学園が始まる。その前に、この話で呼びつけて、いや、セリカを呼びつけるのはまずいな』
さすがに、これで娘を呼び出すのは口実にならないことくらいわかる。
ホントに、わかってるのか?
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