黄昏のザンカフェル

新川 さとし

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第1章 受け取るはチート、喪うは退職金?

その6 序盤でやらかしちゃだめだよね

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「怒りはしてませんが…… 女神様が世界の管理をご自分ではできないってことは、そういうルールだってコトで理解しておきましょう。でも、何で、私なんですか? ほら、今の若者は、ラノベなんかで異世界モノが流行なんでしょ? 若者達なら、もっと話が簡単なんでは? ほら、チートとか言うヤツを付けてあげれば、きっと喜んでいくんじゃないですか?」
「実は、ラノベも、長期にわたって、私たちが影響を与えた結果なんです……」
「え? そうなんですか?」

 ポンコツ女神は、コクリと頷いた。

「異世界に招いた時に抵抗がないようにって作戦だったのですけど。おかげで、来て頂いただく時の抵抗はなくなってくれたのですが、完全に、読みを間違えてしまって」
「間違えた? 持たせた力が足りなかったとかじゃなくて?」

 異世界モノだと女神様がスキルとか言っていろいろと便利なモノをくれるのは、ラノベの定番だ。

「はい。ラノベで読んだとおりに行動しようとするんです。それに、最近は、ひねりが多くなって、ノンビリ系っていうか、スローライフとかいうのが流行ってしまって」
「魔王を倒すには不都合があるってことですか?」
「はい。とても」

 女神らしからぬ上目遣いで、こっちを見るのはカンベンな。しかも、無駄に可愛いのが、間違ってるだろ。

 オレは、わざと怖い顔を作るしかない。

「ラノベ的だと、何が不都合になるんですか?」
「はい。基本的に可能な限りのスキルをお渡ししてるんですけど、大抵は、成長なさる前に、魔王に……チョンって」
「魔王の手下にじゃなくて?」

 序盤の勇者に対して魔王本人が出てくるのはルール違反というか、お約束違反ってヤツだ。

「ゲームとかラノベだと弱い手下から順番に出てくることになってますけど、でも、無敵の魔王からしてみれば、自分を滅ぼす可能性があるのは勇者だけだって知っています。それなら直接手を下しちゃった方が早いし確実ですよね?」
「そりゃそうだけど。それなら、十分な力を与えてから送り込めばいいでしょ。ほら、最初っからすごいスキルを与える話もあるじゃないですか」
「間に合わないんです」
「間に合わない?」
「はい。いくらスキルを持っていても、それを使いこなすには元の世界でも経験を積んでいる必要だあるんです。それに、すごいスキルでも、あちらの世界でいろいろな体験をしてないと応用が利かないんです。だから、序盤では、なるべく大人しくしてもらわないといけないのに」

 ああ、例の「やらかした」ってやつのことか。

「だけど、私だって年は取ってますけど、勇者なんて経験、したことないですよ」
「例えば剣のスキルですけど、サトシ様は、元の世界でも剣道六段です。そこに剣聖のスキルを付ければ、十分に使いこなせるはず」
「しかし剣道だけですよ」
「国語の先生として膨大な量の本をお読みになっていらっしゃいますよね?」
「そりゃ、商売だからってこともありますけど、実は本が好きなだけで」
「でも、そうやって身につけた検索能力はやっぱり…… たとえば、鑑定スキルなどには、如実に影響が出るんです。他にもあれこれと関係があるのもありますけど、一番は、やっぱり、あの…… 調整能力と申しますか、あの、現地は文明がまだそれほど発達していなくて、ですね、元の常識だとダメって言いますか、あの……」
「ひょっとして人間関係が上手くいかない?」

 コクリと頷く女神は、眉が八の字になっている。困り顔。

「そうなの。まさか、こうなっちゃうなんて、考えてませんでした~」


  向こうの世界が「リアル中世的」であるとしたら、身分社会に合わせた振る舞いができないと、おそらく、かなり困ったことになるのは、間違いなかったのだ。

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