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外伝6 父と母 2
しおりを挟む美羽は、微笑みながらも、言葉はキッパリしている。
「すぐに挨拶に来てくださったおかげで、母は拓哉さんを認めてくれてますので、ちっとも心配なんてされません。だから、何の問題もないんです」
「父」が出てこないのが気になるのだけど。
拓哉の心の声が聞こえたのか、美羽はクスッと笑った。
「母さえ認めていれば、父は何も言えませんので。昔から、父は好き放題にしているんですけど、実は母が全てなんです」
キッパリ。
やっぱり、町田家のパワーバランスは圧倒的に母親にあるらしい。
拓哉は自然と、この間、挨拶に行ったときのことを思い出していた。
・・・・・・・・・・・
一昨日、美羽を泊めてしまったばかりだった。
とにもかくにも、拓哉は町田家へ「美羽さんとお付き合いさせていただいております」と挨拶にやってきた。
付き合い出す前の事情が事情だったから、ケジメをつけるのは拓哉としては当然だった。
『弁護士さんや興信所を紹介してもらったお礼を言いにきて以来か』
しかもあの時とは意味が全く違った。
『お父さんは怖い人じゃないけど、キレ者だからなぁ。何を言われるんだろ』
初めて会ったときも、お礼に行った時も父親は「悩める若者にアドバイスする人生の先輩」として、むしろ雄弁に、なおかつ的確なアドバイスを次々と提示してくれた。先の展開を明瞭に予想したし、問題の整理の仕方も的確。弁護士の使い方も証拠の使い方も、さすがに社会人経験の豊富さを物語っていた。
さすがの超エリートとしての片鱗に、拓哉は恐れを抱くほどだった。
しかし、今日は違った。
母親が手ずから入れてくれた紅茶。これはいつも通り。手作りのお菓子が並ぶのは、前回と同じ。
しかし、父親の態度が何もかも真逆だったのである。
カチコチである。
先ほど、拓哉が頭を下げて挨拶をしてから、何分も黙ってしまった後でようやく絞り出したのは「大野君が、わざわざ、挨拶に来てくれた誠意はわかる……」という言葉だけ。
そこから、ずっと気難しい顔をしたまま無言である。
頻りに紅茶を口に運んでいるが、視線も合わせてもらえない。
これは怖い。
沈黙に耐えきれないと思った時に母親が「ふふふ」と小さく笑った。
その笑いは、まるで「自分がしたイタズラに驚いている大人を見て、楽しくて仕方ない悪ガキ」とでもいうような笑い方だ。
「あなたには、ちょっと早かったかな?」
『!!!』
優しそうなお母さんだと思っていた。それに、美羽の話では自分が母親に気に入られたと思っていた。だから、こうして正面から「お前なんてまだ早い」と言われてしまうとは思わなかったのだ。
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