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外伝1  手紙 4

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 喋れないはずの老女が出した、その一言が、90余年の全てを終わらせる声だった。

 みんなが見守る中で、老女からスッと力が抜けるのがハッキリと分かった。

「母さん!」
「お祖母様!」

 悲鳴のような声が響く病室で、声にならない言葉が老女の胸に浮かんでいる。

「良かった。これで、あなたに持っていってあげられます。もう、許してあげて下さいね。あなたが人を恨むなんて似合いませんもの」

 病室に心停止のピーという電子音が響き渡ると、詰めかけた子ども、孫、ひ孫達が一斉に涙を落とした。

 しかし、一方で、大好きな「大おばあさま」が、全て思い残すことがない、幸せな顔でいることも全員が分かっていたのだ。


「やっぱり、母さん達は、仲良しだったよなぁ」

 安らかに最後を迎えた「母」の顔を見ながら、長男が、みんなを代表するように呟いた。

「母さんと父さんったら70年も一緒に歩いてきて、たった一ヶ月違いで逝くんだもの。死ぬ時までほーんと仲が良いんだからぁ」

 長女は「父さんと、デートするんだよね」と言いながら、母の唇に紅をさしている。

「余命三ヶ月って言われた母さんの方がホントは先のはずだったのに。結局、父さんが逝くまで頑張っちゃったもんなぁ。それに父さんもすごいよ。ホントに言ったもん」

 そこにいる全員、優しいジイジが息を引き取る間際「君のおかげで、楽しい人生だった」と、あの瞬間だけ若者のような声でバアバに言ったシーンを思いだしていた。

 長男は我に返ったように、その封筒を手にした。

「で? どうする、この手紙。孫あんどは、とっても読みたそうにしてるけど」

 こういう時、に決定をゆだねるのは大野一族の常だった。兄、弟は日本を支える重鎮にまで上り詰めたのに、こんな時は姉の判断を頼る。「雀百まで踊り忘れず」というものなのだろう。

 母親によく似た長女は、肩をすくめてから託宣を下した。

「そうね、の望み通りが良いんじゃない?」

 三日後、大勢の客と、仲の良い一族に見守られた告別の儀の中で「大野美羽」の懐には、古びて封も開けられてない封筒が置かれたまま、空に還っていったいったのである。
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