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第38話 陽菜の復活 3
しおりを挟む瞬は笑顔を作った。
「ここ3回くらいの君のタイムは、去年の予選通過ラインを上回ってる。しかも、3回連続だぜ? ベストなんて出さなくても十分勝てるはずだ」
最近3回分のタイムをスラスラとそらんじてみせる瞬。特に陽菜だからではない。全員のタイムはだいたい頭に入れている。そんなことは当然だと思っているが、陽菜からしたら「自分のタイムを特別に覚えてくれてる!」と言う感動につながっている。
誰だって自分が特別に思われているのは好きだ。まして、好きな男性に特別扱いされているという実感は、陽菜のテンションを一気に押し上げてきた。
「ポテンシャルは人一倍あるし、体調自体に問題があるわけでもないんだろ? 後は陽菜の意志が最大限に発揮出来れば、5千ならワンチャンあると思うんだ」
さりげなく「陽菜」呼び。何度も望まれて、そして拒んできた呼び方だ。
目を見開いて見つめ返してきた。喜びからの希望が湧いてきたらしい。
「オレはウソを言わないよ。君は勝てる」
ただし、瞬の言うことは本当だけどウソでもある。
去年は酷暑だった。おかげで通過ラインがたまたま低かったのだ。平均的なタイムで言えば陽菜のベストでも5秒は足りない。けれども持っている力を全て出せれば可能性はあると踏んだから、あながち全部ウソだとも言えない。
今なすべきは、モチベーションを上げることなのだから、全力で騙してあげなくちゃいけないと瞬は思っている。
化粧をしなくても、陽菜の瞳はパッチリしている。その目が、真っ直ぐに瞬を見つめて来た。どうやら、乗ってくれたらしい。
「君がその気なら、勝てる」
「わかりました。瞬先輩だもん。私、信じます」
言葉ではなくて、瞬を信じると言っている。
「大丈夫。勝てる。ただし、三つやっておくべきことがある」
「ホントに勝てるんですよね?」
それは確認と言うよりも「甘え」の表現だ。好きな男性に励ましてほしいという期待の表れだ。瞬にも、それは伝わっている。
「ウソを言うつもりはないよ。君は勝てるさ。どう? 陽菜は勝つ気になれそう? オレは、君を応援したいんだけど」
微妙な言い回しになった。しかも、陽菜の好意が自分に向いていることを知ってのセリフだ。自分をズルイと思ったが、陽菜は意外なほど素直に「はい!」と頷いた。
自己嫌悪は、後回しにすると瞬は決めた。
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