辛かったけど真の彼女ができました

新川 さとし

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第29話 陽菜の怒り 1

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 部室への階段をゆっくりと上りながら考えてしまう。

「そう言えば、弁当を作ってくる意味って、まだ、あるのかなぁ」

 彼女である天音には「高タンパク低カロリー」の理想的な弁当を作ってきた。飽きさせないためにメニューは工夫を凝らしている。手のかかる朝の一仕事だ。

 天音は今年に入ってから体重が激減中だ。二階堂にでも言われたのか、それとも何か思うところでもあってダイエットでもしているのだろうか。体重管理はトレーナーの基本的な仕事。

 だが、数字以上に見た目でも分かるほどに痩せた。

 しかし中長距離の選手は元来痩せ型が多いし、天音もけして太っていたわけではないから、実は危険な水準になっている。一定の筋肉量と、肝臓に蓄えてあるエネルギーを使い尽くせば、終わりだ。長期的に言えば、身体は筋肉を分解してでも必要なエネルギーを取り出していく。

 スポーツ選手としては致命的なこと。

『これだと、最初はまだしも途中で失速するのは目に見えてるだろ』

 毎日のように「もっと食べてよ」と言ってもヤセ続けているため、今までの高タンパク低カロリーの弁当から、高タンパク高カロリーの中身にこっそり切り替えておいて、これ以上体重の低下を防ぐことを意識していた。

 どっちにしても栄養のバランスを考え、手を変え品を変える。とても手間がかかることは同じだが。

 試験中は弁当が要らない分だけ少し楽で良いなと考えている時点で、自分が「堕落したな」と思う。彼女だからお弁当を作ったのではない。頑張っている仲間を応援しようと思ったから作っていたはずなのだ。
 
『カレカノだから優遇した、なんてことだったら、もともとのオレが弱いんだからな! スポーツによこしまな気持ちを持ちこんだオレが悪いんだ』

 しかし、合宿前の、あのひたむきな笑顔、真っ直ぐに瞬だけを見つめてくれた表情を見られるだけで、早く起きての弁当作りが、ちっとも苦にならなかったのは事実。

 弁当作りが苦痛を伴うようになって、ずいぶんと経った。

『試験が終われば、当然、作ってくると思ってるんだろうなぁ』

 今さら、そのことに文句を言うつもりはなかった。

『そうだよ。全部、オレが勝手にやってきたことなんだからな。たまには一緒に食べたかったといえばウソになるかな? ま、今さらいっか。未練を残しても仕方ないんだぞ、オレ」

 秋から天音は幹部だけでのランチミーティングだと言っていた。幹部というのは、もちろんキャプテンと副キャプテンのこと。

 つまりは健と天音の二人きりであることを追及したことはない。

 それまでは、むしろ瞬が恥ずかしがっていた。だから自業自得と言えばそれまでだが、初めて天音とお昼を食べた、あのベンチで毎日一人で弁当を食べてきたのが、この半年という時間だ。
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