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第28話 終わりを待ちかねて 3
しおりを挟む妖精のように軽やかな動きを見送った。
膝の悪い瞬が追いかけるのは無理だ。それに、元々、追いかけるべきではないことも知っている。
『この後ろ姿を何度見てきたんだろう』
瞬は諦めたような笑みを浮かべてから、脚を引きずりながら部室へと歩き始めた。一緒に歩かないなら、あんなに必死になって速く歩く必要はない。
『むしろ、ゆっくり行った方が都合が良いんだろ?』
ふぅ~吐息を吐き降ろす。
試験前の最後の練習日。瞬は、提出してあった第一回進路調査の書類を担任に確認されていて遅くなっていた。天音も何かで遅くなったのだろう。
放課後、既に、ほとんどの選手はグラウンドに出てアップを始めている時間だった。野球部は早くも勢揃いしてランニングを始めていた。
声を揃えて走る白いユニフォーム姿を横目にゆっくりと部室に向かう。
天音はエースの特権として。
瞬は、誰にも相手にされてない「記録員」の特権として……誰にも気にされてないゆえの特権だが……
みんなよりも遅れても、それほど問題はない。
「もうすぐ、インターハイ予選か。長かったなぁ」
遠くに見える部室をチラリと見てから足下に視線を移しながら、自然と声が出てしまう。
「あと二週間。それで全てが終わるんだ。あと少し。あと少しだからな」
プレハブの二階建ての部室棟。階段下にたどり着いた。
『!』
二階の廊下を歩く二人のエースの足音に即座に反応した。建物の陰に入ってやり過ごす。楽しそうな笑みを浮かべている二階堂。天音の顔は見えなかったが、おおかたニヤけているのだろう。
健の手が伸びて天音の手を握った。
次の瞬間、パッと離れたシーンを目撃する。
今さら心は動かない。
天音と二階堂。
近頃は、健が天音との仲の良さをますます隠さなくなっている。「お似合いのカップル」と言う声が出始めているのを瞬は知っている。
いや、天音の横にいる健の目は、挑むような光をたたえているのだから、おそらくは見せつけているつもりなのだろう。もちろん相手にしてない。瞬にとってせめてもの良心として関心を持つのはタイムだけなのだから。
「まあ、タイムの方は二人とも、ようやく上がってきた感じだけどな」
当然だとも思うし、こんなものかとも思うう。
試験中でも瞬は二人のエースにだけ特別なコーチングをしてきたのだ。それこそ自分の勉強時間を削って。最小限の練習時間で調子を維持するメニューを考えてきた。
反面、自分と会わない理由であったはずの「自主トレーニング」を、もしも本当に半分でもやっていれば、と思ってしまう。
予定に入れ込んであったトレーニングの代わりに、ベッドでイチャついていたからこその、今のタイムなのだろうと瞬は思ってしまい、そんな自分に気がついて思わず冷笑を浮かべてしまった。この笑顔は自分の小ささを笑うだけのものだ。
自虐の冷笑とでも言おうか。
この笑いを浮かべるのも、もう何度目だっただろうかと思いながら、フッと「あと少しだから」と声に出してしまった瞬である。
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