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第17話 合宿 〜天音〜 3
しおりを挟む普段の部屋の中と違い、離れの中は真っ暗な二人きり。しかも、いつもの軽いハグと違って、抱きかかえるようにされている。
大きな身体に包み込まれていると、自然と父を思い出してしまうのだ。
背徳のニオイが濃厚な分だけ、天音の心が少しずつオカシクなっているのは自覚できてなかった。おも出したくもないシーンが、意識の下でチラついている。
父が母に土下座して、母が包丁を持ちだしたシーンだ。
天音は、ここにいるのが自分では無いような気がしてしまう。
大きな身体に包み込まれていると、やはり大きな身体だった父に包み込まれているような錯覚が生まれている。
子どもの頃に父に感じていた安心感、成長するにつれてわかってしまった「父の女」への拒否感。いろいろなモノがごちゃ混ぜになりながら、今でも、出ていった父を憎みきれない自分を持て余す。
『でも、こんなの絶対ダメだよね。瞬に悪いもの』
正直に言えば、ハグされること自体に嫌悪感はない。気にするのは愛する人のことだ。
一方で、家族のような健を傷付けたくないから、出来れば穏便に腕から抜け出したい。
いつもなら、すぐに解放してくれる腕は、決して無理やりではないのに背中をガッチリとホールドしたまま。
離してくれる感じがゼロなのに困っていた。
「天音、好きなんだ。どうしようもないくらい好きだ」
背中を掻き抱きながら、何度も何度も「好きだ」と低い声で囁かれる。なんだか恋愛映画のヒロインになった気分がしてくる。
『健って、こんなに情熱的だったっけ?』
弟の渉君が事故死してから、むしろ世の中を斜めに見る感じだった。それが、ここまで真っ直ぐに「好きだ」と言ってくる。いつもと同じハグなのに、いつもと全く違う情熱が込められている。
相手が嫌いな人間だったら、天音の反応も全く別だろう。
しかし、健は違う。特別な信頼関係で結ばれた幼なじみだ。
その相手から真っ直ぐな感情を正面からぶつけられれば、全く恋愛感情のない天音の胸だってドキドキしてしまうのを止められなくなる。それが自然というものだ。
たとえ家族のような関係であっても、ドキドキは成立し得るのだと天音は知っていた。
しかも、この闇の中で大きな身体に包まれている感覚が、天音をオカシクしていた。
外にある誘蛾灯の青い光がわずかに照らすだけの闇だ。
いつもの煌々と灯りがついた自室でハグされているのと全く違う感覚が天音の記憶にある「闇」を刺激していた。
いろいろな思いが心に浮かんで健を突き飛ばせなかった。
胸に抱かれたまま話を続けてしまったのは天音の失敗だったのかもしれない。
いや……
闇をまとってきた少女にとって、闇の中の囁きが何かを掘り起こそうとしていたのかもしれなかった。
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