28 / 81
第一章 無知な少女の成長記
名前の意味
しおりを挟む『ワシにお前を愛することはできない』
自分を見てくれていたことに喜ぶ暇もなくルクレツィアはどん底に叩き落された。その言葉で世界が暗闇に染まり時間が止まったような気がし、全身が冷水を被ったように冷え指先が震える。感覚さえも怪しくて自分が立っているかもわからない浮遊感の中、ルクレツィアはただ茫然と俯き糸の切れた人形のように目を開きそこにいた。
《エクスカリバー》はルクレツィアの魔力が感情により暴走することを恐れた。しかしそれはまるで凪いだ海のように奇妙なほどの穏やかな魔力だった。《エクスカリバー》はそれが逆に恐ろしくて仕方がない。まるで感情のない人形のようなルクレツィアに声をかけようとした瞬間
「ワシにそんな権利はないんじゃよ」
ゴルバチョフは悲しそうに、申し訳なさそうに言葉を発した。槍を解除しルクレツィアに近づく。完全に心がなくなったわけではないのだろう、俯いていたルクレツィアはゴルバチョフの足が見えたところでビクッと怯えたように震えた。師の意味深な物言いに腹を立てるわけでもなく、期待と不安、興味、恐怖の入り混じた胸中を抱え少し顔を上げる。
「ルークの言った通りワシはお前の祖父、そしてワシとメリルの子がお前の父アルジャーノンじゃ。ワシは今からおよそ三年ほど前、お前を家族のもとから攫いここで弟子として育て教育した。何も知らないお前に名前を与え顔を奪いこの小さな世界に閉じ込めた。」
「ど…して…」
蚊の鳴くような声でルクレツィアがそういった気がした。依然顔色は紙のように白く指先は冷たい。しかしゴルバチョフが理由を話してくれているためか、その瞳に僅かな光が戻った気がした。
「ルークはワシがお前をメリルの代わりだといったがそうじゃない。ワシは恐れたのじゃ…お前がその祖母によく似た顔を見てワシとの関係を知ることを…そして……ワシを拒絶することを…。ワシが攫っておいてそんなこと言う権利がないのは分かっておる。お前を愛す権利もない。
それはワシが……ワシのせいでお前は…命を落とすからじゃ…。」
ルクレツィアはわずかに目を見開くとゆるゆると顔を上げ、目を落としてしまった師を見つめた。
「お前にとっては攫われたことになるが実際は預かったというべきかの…そして外から隔絶されたここでお前を強く、誰にも殺されない魔人にすることを約束しあの日お前を弟子にした」
「まるで私が死ぬことが確実に怒るような言い方ですね…」
目線はしたに落ちたが、確かにルクレツィアはそう言葉を発した。《エクスカリバー》は自然に息を吐いてしまった。心ここにあらずと言った様子から、何としてもゴルバチョフから全てを聞き出そうとしているのが分かる。
「そうじゃな……もう言っても大丈夫じゃろう」
そういったゴルバチョフは目線をあげ、ルクレツィアもそれにつられ二人は顔を見合わせる。そしてルクレツィアは向かい合う輝いく紫の瞳に目を奪われた。そしてその瞳の中に複雑な模様と竜の文様が浮かんでいることに気づく。
「これはワシらの一族に伝わる瞳【時の魔眼】と呼ばれる血統魔法じゃ。そして魔眼にはそれぞれ能力がある。ワシらの一族は名前の通り時を、未来過去現在を見ることが出来る。といってもその強力過ぎる能力ゆえになんでもというわけにはいかんがの。ワシはこの力でお前が…消される未来を知った。この能力は可能性を見る能力ではない。この未来を知った者がこのまま何もしなければ確実に起こるものじゃ。ゆえにワシとお前の両親と…今は言えんが他の協力者たちが話し合い、お前の本来の運命から完全に切り離した場所で育てようということになったんじゃ」
「それで…どうして私が死ぬことが師匠のせいのなるのですか?」
「それは…詳しくは話せん。じゃがいつかお前が全てを知る日が来るのは確かじゃ…。
ワシは本来なら今とは全く違う未来で、ある使命をもっておった。そしてそれを放棄しその結果お前が…命を落とすことになった…。息子にもそのツケを払わせてしまったのぉ」
そういってゴルバチョフは力なく笑った。瞳は元に戻りただの紫色の瞳をルクレツィアは見つめる。
「師匠は……自分のせいで私が死んだから…息子に苦労を掛けたから…だから…私を育てたのですか?義務で…罪滅ぼしのつもりで…私を育てたのですか…?」
ルクレツィアは震える声で途切れ途切れになりつつも言葉を放った。視線は定まらず呼吸も浅い。先が聞きたいけど怖くて俯きそうになる顔で必死に前を向く。ルクレツィアはゴルバチョフが自分を誘拐した犯人だろうが死ぬ原因になろうがどうだってよかった。ただこれまで共に暮らしてきた理由がただの贖罪だったのか、その中に情があったのか、『愛すことはない』といった言葉の中に少しでも自分を見てくれた気持ちはあるのかが知りたかったのだ。
「罪滅ぼし…最初はそのつもりじゃった…。罪悪感があったのは否めん。この未来を見なければワシはお前と合うことはなかった。お前が…息を引き取る瞬間を見てしまった時、悲しみより申し訳ないという気持ちが大きかった。
じゃが…じゃがな、今ワシは……お前と過ごす日々が楽しくて仕方がない…お前に名を言われるたび自然と口角が上がってしまう。お前が……大切で仕方がないんじゃよルクレツィア」
ゴルバチョフは涙を流しルクレツィアに近づくと、大きくなった彼女を抱き締めた。《エクスカリバー》は【剣の魔装】を解き、辺りにキラキラと光が舞い散っていた。その言葉を聞きポロポロと流れる涙がルクレツィアの頬を伝い、ゴルバチョフの方にシミを作る。子供のように声を上げることはなく、ただ静かに涙を流し師の服を掴み抱き合った。
「私の本当の名前は何というのですか…私の両親はどこの誰なのですか…?」
「それもまだお前に教えることはできない。ただ必ずそこに戻り再会できる」
二人は少し離れお互い顔を見ながら会話を続ける。
「本来お前が授かるはずの名前はもうない。『ルクレツィア』この名はお前だけの、未来を知ったお前の母エレインがワシに託した名前じゃ。
『運命が変わり貴方の幸福な未来が成功することを祈ってルクレツィア愛してる』」
その言葉は母の言葉なのだろう。しかしルクレツィアにはその言葉が言えないゴルバチョフからの思いにも感じ涙が止まらなかった。自分のことを大切に、認める人がいることがルクレツィアの心を軽くする。
「私も…」
そう小さくつぶやいたルクレツィアをゴルバチョフは抱き締め頭を撫でた。
ーーーーーーーーー
前世からの承認欲求が満たされた瞬間ですね。そしてやっとシリアスから抜け出した…。
何か問い詰めたいことを忘れている彼女のことはまだまだ放置です。
次回 精霊の愛しいあの子
0
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。
その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。
そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。
なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。
私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。
しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。
それなのに、私の扱いだけはまったく違う。
どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。
当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
【完結】転生少女の立ち位置は 〜婚約破棄前から始まる、毒舌天使少女の物語〜
白井夢子
恋愛
「真実の愛ゆえの婚約破棄って、所詮浮気クソ野郎ってことじゃない?」
巷で流行ってる真実の愛の物語を、普段から軽くあしらっていた。
そんな私に婚約者が静かに告げる。
「心から愛する女性がいる。真実の愛を知った今、彼女以外との未来など考えられない。
君との婚約破棄をどうか受け入れてほしい」
ーー本当は浮気をしている事は知っていた。
「集めた証拠を突きつけて、みんなの前で浮気を断罪した上で、高らかに婚約破棄を告げるつもりだったのに…断罪の舞台に立つ前に自白して、先に婚約破棄を告げるなんて!浮気野郎の風上にも置けない軟弱下衆男だわ…」
そう呟く私を残念そうに見つめる義弟。
ーー婚約破棄のある転生人生が、必ずしも乙女ゲームの世界とは限らない。
この世界は乙女ゲームなのか否か。
転生少女はどんな役割を持って生まれたのか。
これは転生人生に意味を見出そうとする令嬢と、それを見守る苦労人の義弟の物語である。
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる