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第一章
束の間の遊戯-15-
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「み、美月さん! こ、困りますよ! じ、事前に言っていただかないと」
開口一番、年配の男が弱りきった顔をしながら言う。
男は焦り過ぎているためなのか、どうも無自覚に言葉を省略してしまっているようだった。
現に俺はその言葉だけでは、男が何を言わんとしているのか意味がいまいちわからなかった。
が、美月さんは男のその言葉足らずの会話でも十分にその意思を理解したらしい。
「瀬田局長、大変申し訳ございません。何の約束もしてないのに、突然お邪魔してしまいまして。ただ内容が内容なだけに事前に連絡するのもどうかと思いまして」
美月さんはそう言うと、しばし間を開けて、深々とお辞儀をする。
美月さんの落ちついた佇まいと、その華麗な礼は男の空気に水を差すのには十分だったらしい。
男は言葉を濁しながら、
「い、いや……まあそれはいいのですが。どうせ……二条院会長の差金でしょうし……そ、それより、一緒に連れてきた例の……問題の男はどこにいるのです?」
と、言うとその短い首を左右に動かして誰かを探す素振りをする。
と、男は一瞬、俺に目を止める。
そして、上から下までぱっと一瞥した後で、すぐに興味をなくしたのか、またあたりに目を向ける。
「えっと……二見さんなら——」
美月さんが少しばかり困った顔を浮かべて、俺の方をチラリと見る。
と、局長と呼ばれた男の側にいた部下らしき男の一人がハッと何かに気づいたような表情を浮かべる。
その男は慌ててジャケットの胸ポケットからスマホを取り出し、画像か何かを確認しているようだった。
ついで、男はおそるおそるといった様子で俺の顔を覗くように見ると、突然思いっきりその表情を歪めるのであった。
そして、男はなおもあたりを伺っている局長の背中に手をあてる。
「き、局長……こ、こいつが……い、いやこ、この人が例の男です」
「なに? どこだ? どこにいるんだ?」
局長が顔をしかめながら、部下の男の方を見る。
「ま、前……目の前……です」
男は小声で震えるようにそう言うと、目で俺の方を差す。
局長は部下の男の視線をたどるようにゆっくりと俺の方に向き直り、そして俺と目が合う。
その瞬間、局長は口をあんぐりと開けて、
「え? こ、これが?」
と、上から下まで俺のことを三往復くらい目を動かして確認した後で、さらに口を大きく開けて、呆気にとらわれた表情を浮かべている。
「ええ、その通りです。この人が二見敬三さんです」
隣で美月さんが、冷静に一言そう話す。
俺はチラリと美月さんの横顔を見る。
彼女は必至に笑いをこらえているように見えた。
そこからは、男たちが俺を見る目も空気も豹変した。
先程までの俺は男たちにとっては、何ら興味を向ける対象ではなかったのだろう。
そこらへんにいる普通の……いや小汚い格好をしたオッサン……そんな評価だったのだろう。
だが、今は違う。
男たちは驚愕の表情を浮かべながら、恐れ、不審、警戒、そんな眼差しを隠そうともせずに俺に向けてくる。
やや間を開けて、男のひとりが我にかえったように言う。
「と、とにかく……ここでは何なので上で話しましょう」
それを合図として男たちは、俺等を隠すかのように周りを取囲み、人目を気にするように、エレベーターホールへと誘導する。
もっとも、先程までの男たちの行動や言動はそれなりに目立っていたようで、既にエントランスホールを行き交う職員たちの目を引いていた。
周りの人間たちは、俺等を遠目に見て、足をとめてヒソヒソ話をしている。
俺等は、それらに気づかないふりをして、男たちとともにエレベーターに乗り込み、やがって止まった階でおりる。
エレベーターを出て、男たちに先導される形で、フロアの中を案内される。
途中、フロアの一角を占める大きな部屋があり、覗き込むと何十もの机と椅子が置かれていて、そしてその全てにPCが置かれていた。
どうやら机のレイアウトからして、この官庁の部署の事務室の一つかなにかなのだろう。
俺はその様子を見て、思わず感慨にふけってしまった。
俺が異世界に行く直前……ちょうど90年代中頃だろうか。
俺は仕事か何かで役所に行く機会があった。
当時その役所ではせいぜい数台くらいしかPCが置かれていなかった記憶がある。
むろん俺が行ったのは今いるような中央官庁ではなく、一自治体に過ぎなかったので単純に比較をできるものではない。
それでも、その違いは一目瞭然であり、この25年間のIT関連の目覚ましい発展に俺は驚くと同時に感心を覚えるのであった。
動画配信やら、脅威の小型デバイスであるスマホをみなが持っていることから、それらの技術が普及しているということは十分認識していた。
だが、どうにも現実感がなかった。
しかし、こうして自分の中にある記憶とまざまざと対比されられるとあらためて実感する。
日本は世界に冠たるIT先進国になったのだと。
開口一番、年配の男が弱りきった顔をしながら言う。
男は焦り過ぎているためなのか、どうも無自覚に言葉を省略してしまっているようだった。
現に俺はその言葉だけでは、男が何を言わんとしているのか意味がいまいちわからなかった。
が、美月さんは男のその言葉足らずの会話でも十分にその意思を理解したらしい。
「瀬田局長、大変申し訳ございません。何の約束もしてないのに、突然お邪魔してしまいまして。ただ内容が内容なだけに事前に連絡するのもどうかと思いまして」
美月さんはそう言うと、しばし間を開けて、深々とお辞儀をする。
美月さんの落ちついた佇まいと、その華麗な礼は男の空気に水を差すのには十分だったらしい。
男は言葉を濁しながら、
「い、いや……まあそれはいいのですが。どうせ……二条院会長の差金でしょうし……そ、それより、一緒に連れてきた例の……問題の男はどこにいるのです?」
と、言うとその短い首を左右に動かして誰かを探す素振りをする。
と、男は一瞬、俺に目を止める。
そして、上から下までぱっと一瞥した後で、すぐに興味をなくしたのか、またあたりに目を向ける。
「えっと……二見さんなら——」
美月さんが少しばかり困った顔を浮かべて、俺の方をチラリと見る。
と、局長と呼ばれた男の側にいた部下らしき男の一人がハッと何かに気づいたような表情を浮かべる。
その男は慌ててジャケットの胸ポケットからスマホを取り出し、画像か何かを確認しているようだった。
ついで、男はおそるおそるといった様子で俺の顔を覗くように見ると、突然思いっきりその表情を歪めるのであった。
そして、男はなおもあたりを伺っている局長の背中に手をあてる。
「き、局長……こ、こいつが……い、いやこ、この人が例の男です」
「なに? どこだ? どこにいるんだ?」
局長が顔をしかめながら、部下の男の方を見る。
「ま、前……目の前……です」
男は小声で震えるようにそう言うと、目で俺の方を差す。
局長は部下の男の視線をたどるようにゆっくりと俺の方に向き直り、そして俺と目が合う。
その瞬間、局長は口をあんぐりと開けて、
「え? こ、これが?」
と、上から下まで俺のことを三往復くらい目を動かして確認した後で、さらに口を大きく開けて、呆気にとらわれた表情を浮かべている。
「ええ、その通りです。この人が二見敬三さんです」
隣で美月さんが、冷静に一言そう話す。
俺はチラリと美月さんの横顔を見る。
彼女は必至に笑いをこらえているように見えた。
そこからは、男たちが俺を見る目も空気も豹変した。
先程までの俺は男たちにとっては、何ら興味を向ける対象ではなかったのだろう。
そこらへんにいる普通の……いや小汚い格好をしたオッサン……そんな評価だったのだろう。
だが、今は違う。
男たちは驚愕の表情を浮かべながら、恐れ、不審、警戒、そんな眼差しを隠そうともせずに俺に向けてくる。
やや間を開けて、男のひとりが我にかえったように言う。
「と、とにかく……ここでは何なので上で話しましょう」
それを合図として男たちは、俺等を隠すかのように周りを取囲み、人目を気にするように、エレベーターホールへと誘導する。
もっとも、先程までの男たちの行動や言動はそれなりに目立っていたようで、既にエントランスホールを行き交う職員たちの目を引いていた。
周りの人間たちは、俺等を遠目に見て、足をとめてヒソヒソ話をしている。
俺等は、それらに気づかないふりをして、男たちとともにエレベーターに乗り込み、やがって止まった階でおりる。
エレベーターを出て、男たちに先導される形で、フロアの中を案内される。
途中、フロアの一角を占める大きな部屋があり、覗き込むと何十もの机と椅子が置かれていて、そしてその全てにPCが置かれていた。
どうやら机のレイアウトからして、この官庁の部署の事務室の一つかなにかなのだろう。
俺はその様子を見て、思わず感慨にふけってしまった。
俺が異世界に行く直前……ちょうど90年代中頃だろうか。
俺は仕事か何かで役所に行く機会があった。
当時その役所ではせいぜい数台くらいしかPCが置かれていなかった記憶がある。
むろん俺が行ったのは今いるような中央官庁ではなく、一自治体に過ぎなかったので単純に比較をできるものではない。
それでも、その違いは一目瞭然であり、この25年間のIT関連の目覚ましい発展に俺は驚くと同時に感心を覚えるのであった。
動画配信やら、脅威の小型デバイスであるスマホをみなが持っていることから、それらの技術が普及しているということは十分認識していた。
だが、どうにも現実感がなかった。
しかし、こうして自分の中にある記憶とまざまざと対比されられるとあらためて実感する。
日本は世界に冠たるIT先進国になったのだと。
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