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第一章
鈴羽サイド-04-
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鈴羽は、美月を一瞥する。
どうやら、彼女もまた特段怪我をすることなく、元気そうな様子である。
花蓮が無事であった時点で、美月も無事であると予想していたが、現にこうして美月の姿を見ることができて、鈴羽は安心する。
「美月……様。よかったです。あなたも無事だったのですね」
「前みたいに美月でいいですよ」
少し寂しそうな顔をして、そう言う美月。
鈴羽と美月の関係は幼馴染のようなものである。
美月の実家である二条院家は、西条家と並ぶほどの名家であり、両家の付き合いの中で、年が近い鈴羽と美月は自然と仲良くなった。
もっとも、二人が成長するにつれて、そうした関係にも徐々に変化が生じてしまい、今では鈴羽は美月のことを敬称をつけて呼び、敬語を使う間柄になっている。
むろんこれには鈴羽なりの理由がある。
美月はまだ成人して間もないため、二条院家の当主ではないが、いずれはそうなる。
そんな立場の美月に対して、単なる使用人の立場である鈴羽が馴れ馴れしい言葉遣いを使うのは明らかに不適当だ。
美月はまったく気にしないだろうが、彼女の気持ちがどうであれ周りの目がある。
鈴羽としては美月の立場が自分のせいで貶められるようなことは可能な限り避けたかった。
そういう訳で二人の間には微妙な空気が流れているのだが、鈴羽はそのことは触れずに今もっとも気になっていることを美月に尋ねる。
「……美月……様。それよりも、最下層でいったい何が」
「話してもなかなか信じてもらえないだろうけど……」
美月は困った顔をして、事の成り行きを語りはじめる。
美月の話しは、花蓮と違ってよくまとまっており、鈴羽もようやく最下層で起こったことの概要を理解できた。
しかし、美月の話しはにわかには信じられない。
あまりにも現実離れしている。
正直なところ美月の話しでなければ、相手の正気を疑っていただろう。
美月も自分の話しを素直に信じてもらえないことはよく理解しているのか、時折諦めの顔を浮かべている。
「お母様……いえ協会にも事情を説明したのだけれど、なかなか信じてもらえないんですよね……花蓮さんもこの調子ですし……」
美月はそうぼやく。
二条院家の当主である美月の母親は、ダンジョン協会日本支部の会長を務めている。
彼女も、元々は高名な冒険者であったから、なおさら美月の話しを素直に信じられないだろう。
それに……あの性格だからすぐにでも自ら男の事情聴取をしそうなものだが……。
「その男性はいまどちらにいらっしゃるのでしょうか? 会長……いえ協会の取り調べ中でしょうか?」
「いえ……それが……二見さんは用事があるとかですぐに帰ってしまわれて……」
「そんな……なぜ止めなかったのですか」
鈴羽は思わず美月を非難するような口調で言ってしまう。
「それは……すみません。二見さんが本当に急いでいたもので……」
美月はしゅんとうなだれる。
美月としても後悔しているのだろうし、彼女もまた生死の境をさまよい帰還したのだ。
そんな状態の美月を責めても仕方がない。
まずはその男の正体と消息を——
「鈴羽!」
と、今まで黙って静かに美月の話しを聞いていた花蓮が突然大きな声を出す。
「は、はい!? か、花蓮様……」
花蓮がこれだけの大声を上げることなどあまりないため、鈴羽はびっくりしてしまった。
「あなたに非常に重要な頼み事をいたします。これはわたくしが今まであなたに依頼をした中でも最重要の事柄です。心して対応してください。あなたの……いえ西条家のすべての力を結集してこの依頼にあたってください」
今まで感じたことのないほどの花蓮の気迫に鈴羽は思わず圧倒されてしまう。
いったい花蓮様は何を……。
鈴羽はゴクリと息を呑み、
「か、かしこまりました……それで……その内容とは……」
「鈴羽。そんなのはわかりきっていますでしょう。敬三様の消息をなんとしても探すのです! そして、敬三様のことをお調べしてください。敬三様の好みのものや嫌いなもの……特にどういう性格の女性が好みなのか……いえ……まずは敬三様の婚姻歴と子供の有無を調べないといけませんわね……。さすがに西条家の当主であるわたくしが妾になるわけには……いえそれも仕方がないかもしれないわね……」
花蓮は、そう怒涛の勢いで早口で鈴羽に話しをするのだが……。
先程と同じようにその話しはまったく整理ができておらず、最後の方は独り言のような有様であった。
美月は、そんな花蓮の様子を横目にして、
「え、えっと……鈴羽さん。あ、あの……事情もお話しましたし、わたしもお母様と……いえ協会関係者との諸々の話し合いがあるので……。後は花蓮さんとお二人で——」
と言うと、そそくさとラウンジを後にする。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ちなみに、二見が言っていた「急用」であるが、それはスーパーの見切り品を買うことである……。
なお、日本アルプス近郊のダンジョンから都内の二見のアパートまで彼がどう瞬時に移動しているのか……。
それは、「ポータル」と呼ばれる移動魔法の一種であり、決められた空間同士を瞬時に移動することができる。
決めることができる空間座標は二点のみであり、最初にその場所まで自身で移動し、設定する必要がある。
設定した座標を解除しない限り、別の二点間を移動することはできない。
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どうやら、彼女もまた特段怪我をすることなく、元気そうな様子である。
花蓮が無事であった時点で、美月も無事であると予想していたが、現にこうして美月の姿を見ることができて、鈴羽は安心する。
「美月……様。よかったです。あなたも無事だったのですね」
「前みたいに美月でいいですよ」
少し寂しそうな顔をして、そう言う美月。
鈴羽と美月の関係は幼馴染のようなものである。
美月の実家である二条院家は、西条家と並ぶほどの名家であり、両家の付き合いの中で、年が近い鈴羽と美月は自然と仲良くなった。
もっとも、二人が成長するにつれて、そうした関係にも徐々に変化が生じてしまい、今では鈴羽は美月のことを敬称をつけて呼び、敬語を使う間柄になっている。
むろんこれには鈴羽なりの理由がある。
美月はまだ成人して間もないため、二条院家の当主ではないが、いずれはそうなる。
そんな立場の美月に対して、単なる使用人の立場である鈴羽が馴れ馴れしい言葉遣いを使うのは明らかに不適当だ。
美月はまったく気にしないだろうが、彼女の気持ちがどうであれ周りの目がある。
鈴羽としては美月の立場が自分のせいで貶められるようなことは可能な限り避けたかった。
そういう訳で二人の間には微妙な空気が流れているのだが、鈴羽はそのことは触れずに今もっとも気になっていることを美月に尋ねる。
「……美月……様。それよりも、最下層でいったい何が」
「話してもなかなか信じてもらえないだろうけど……」
美月は困った顔をして、事の成り行きを語りはじめる。
美月の話しは、花蓮と違ってよくまとまっており、鈴羽もようやく最下層で起こったことの概要を理解できた。
しかし、美月の話しはにわかには信じられない。
あまりにも現実離れしている。
正直なところ美月の話しでなければ、相手の正気を疑っていただろう。
美月も自分の話しを素直に信じてもらえないことはよく理解しているのか、時折諦めの顔を浮かべている。
「お母様……いえ協会にも事情を説明したのだけれど、なかなか信じてもらえないんですよね……花蓮さんもこの調子ですし……」
美月はそうぼやく。
二条院家の当主である美月の母親は、ダンジョン協会日本支部の会長を務めている。
彼女も、元々は高名な冒険者であったから、なおさら美月の話しを素直に信じられないだろう。
それに……あの性格だからすぐにでも自ら男の事情聴取をしそうなものだが……。
「その男性はいまどちらにいらっしゃるのでしょうか? 会長……いえ協会の取り調べ中でしょうか?」
「いえ……それが……二見さんは用事があるとかですぐに帰ってしまわれて……」
「そんな……なぜ止めなかったのですか」
鈴羽は思わず美月を非難するような口調で言ってしまう。
「それは……すみません。二見さんが本当に急いでいたもので……」
美月はしゅんとうなだれる。
美月としても後悔しているのだろうし、彼女もまた生死の境をさまよい帰還したのだ。
そんな状態の美月を責めても仕方がない。
まずはその男の正体と消息を——
「鈴羽!」
と、今まで黙って静かに美月の話しを聞いていた花蓮が突然大きな声を出す。
「は、はい!? か、花蓮様……」
花蓮がこれだけの大声を上げることなどあまりないため、鈴羽はびっくりしてしまった。
「あなたに非常に重要な頼み事をいたします。これはわたくしが今まであなたに依頼をした中でも最重要の事柄です。心して対応してください。あなたの……いえ西条家のすべての力を結集してこの依頼にあたってください」
今まで感じたことのないほどの花蓮の気迫に鈴羽は思わず圧倒されてしまう。
いったい花蓮様は何を……。
鈴羽はゴクリと息を呑み、
「か、かしこまりました……それで……その内容とは……」
「鈴羽。そんなのはわかりきっていますでしょう。敬三様の消息をなんとしても探すのです! そして、敬三様のことをお調べしてください。敬三様の好みのものや嫌いなもの……特にどういう性格の女性が好みなのか……いえ……まずは敬三様の婚姻歴と子供の有無を調べないといけませんわね……。さすがに西条家の当主であるわたくしが妾になるわけには……いえそれも仕方がないかもしれないわね……」
花蓮は、そう怒涛の勢いで早口で鈴羽に話しをするのだが……。
先程と同じようにその話しはまったく整理ができておらず、最後の方は独り言のような有様であった。
美月は、そんな花蓮の様子を横目にして、
「え、えっと……鈴羽さん。あ、あの……事情もお話しましたし、わたしもお母様と……いえ協会関係者との諸々の話し合いがあるので……。後は花蓮さんとお二人で——」
と言うと、そそくさとラウンジを後にする。
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ちなみに、二見が言っていた「急用」であるが、それはスーパーの見切り品を買うことである……。
なお、日本アルプス近郊のダンジョンから都内の二見のアパートまで彼がどう瞬時に移動しているのか……。
それは、「ポータル」と呼ばれる移動魔法の一種であり、決められた空間同士を瞬時に移動することができる。
決めることができる空間座標は二点のみであり、最初にその場所まで自身で移動し、設定する必要がある。
設定した座標を解除しない限り、別の二点間を移動することはできない。
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