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第一章
鈴羽サイド-03-
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「花蓮様……花蓮様……ああ……よくぞご無事で……」
「鈴羽!?」
花蓮は鈴羽の突然の抱擁に驚きの表情を浮かべるが、やがて年の離れた幼い妹を見る姉のような穏やかな笑みを鈴羽に向ける。
「心配かけてしまいましたわね……鈴羽」
「……グス……そ、そんなことは……お姉様……い、いえ……花蓮様がご無事なら……」
「フフ……こうしていると子供の頃を思い出しますわね……鈴羽も昔はよく泣いていましたわ」
鈴羽は、いつの間にか人前で涙まで流してしまっていた。
花蓮とこうして抱き合うのは思春期を迎えて以来はじめてのことであった。
花蓮の温かな腕の中に久々に包まれながら、鈴羽はいつの間にか幼少期のことを思い出していた。
孤児だった自分を迎え入れてくれて、暖かく接してくれた花蓮。
西条家が異能目当てに一孤児の自分を拾ったことは幼い身でもよくわかっていた。
だが、それでも花蓮だけは鈴羽のことを本当の家族……妹のように接してくれた。
いつしか鈴羽は花蓮に対して主従の情以上の感情を抱くようになってしまったのだが……。
「あの……鈴羽……そろそろよろしいのでは。ここは人目もありますし……」
花蓮が困った顔を浮かべながら、頬を少しだけ朱色に染めている。
実際のところ、花蓮を囲んでいた人々は、突然の鈴羽の闖入に驚きながらも、やがて二人の美女のドラマティックな抱擁にただただ息を呑んで見つめていた。
スーツ姿の男装の麗人に和服姿の美女……という某歌劇団の一幕を思わせるような華麗な光景なのだから、人々の反応も無理からぬことであった。
しかも、和服姿の美女は、世界的に有名なあの『癒やしの織姫』である。
そして、もう一人の美女も、かつての有名冒険者『心眼の麗人』なのである。
群衆の中の目ざとい人々は、既に鈴羽のことに気づきはじめており、数年ぶりに見た有名冒険者の姿にむしろ花蓮以上に注目を寄せていた。
そして、群衆たちは、スマホを向けて、この劇的なシーンを見逃さないとばかりに動画を撮影している始末であった。
ちなみに、鈴羽と花蓮が二人でパーティーを組んでいたころ、一部界隈では彼女たちの関係性について、様々な妄想を抱く者が続出していた。
そして、彼ら彼女たちは内々のネット上で二人の関係性を勝手に議論したりして楽しんでいたのだが、鈴羽の引退によりそれも下火になっていた。
もっとも、それでも二人のカップリングに対する熱狂的なファンは少なくない数残っていて、日夜ネット上で熱い議論が交わされていたのだが……。
今回のこの二人の抱擁動画——動画はこの後拡散されかなりのPVを叩き出すことになる——により、また一部界隈が異常なまでに活気づくことになる……。
もっとも、鈴羽も花蓮もこの時点では——いや今後も——そのような事情はまったく知るよしもない。
「も、申し訳ありません! つ、つい……」
鈴羽は、慌てて花蓮の体から離れる。
そして、自分がいかに恥ずべきことをしたのかに気づき、顔を真っ赤に染める。
幼少期ならまだしも、大人になってから、しかも主従の関係にある自分が花蓮に抱きつくなど到底許されることではない。
しかもあろうことか、花蓮のことを昔のようにお姉様と呼んでしまったのだ。
自分は花蓮の義妹ではなく、一従者なのに……。
「鈴羽……ここでは落ち着いて話せそうにありませんわ。別のところで」
「は、はい……。す、すぐに手配をいたします」
鈴羽は、まだ動揺を抑えきれなかったが、それでもなんとか最低限の表面上の平静を取り繕い、ダンジョン港のスタッフを呼ぶ。
結局、鈴羽たちは次第に増えてくる群衆をかき分けながら、ダンジョン港にある西条家が買い上げている特別ラウンジ内の個室へと向かう。
空港と同じく一部の人間にしか開放されていない特別ラウンジ内は、鈴羽の指示の下、人払いが既にすませてあり、鈴羽たち以外は誰もおらず、ひっそりとしていた。
ラウンジ内のソファに花蓮がゆったりと座っている姿を見て、鈴羽はようやくこれが現実のことなのだと実感する。
今の今までどこか虚ろな夢の中にいるような気分が抜けきれていなかった。
それだけ眼の前の光景はありえないことであった。
鈴羽は、徐々に冷静さを取り戻し、同時に様々な疑問が脳裏を占める。
そして、鈴羽のその疑問の答えを探るべく、花蓮に質問するのだが……。
「花蓮様……。いったい最下層で何が……」
「鈴羽……それは——」
と、花蓮は静かに話しをはじめる。
………それからノンストップで30分……いや一時間ほど花蓮は一方的に話しを続けた。
最初は静かな語り口であった花蓮だが、彼女を助けたという男の話しになると、興奮気味にまるで熱に浮かされたかのようにひたすら話しをする。
しかも、花蓮の話しはまるで要領を得たものではなく、結局のところ何が起きたかよくわからない。
だが、鈴羽は、ただ花蓮が謎の男に対して並々ならぬ想いを持ってしまっているのだけは理解できてしまった。
花蓮がこんなに感情的になっている姿を見たことは鈴羽はこの20年間で一度もなかった。
いつもゆったりとかまえている花蓮は、どんな時でも落ち着いていて、それが近くにいるものを安心させる。
その花蓮が今は感情のままに男の話しを熱っぽく語っている。
今の花蓮を客観的に見るならば、男にのぼせあがっているそこらの女子学生のようである。
いったい花蓮様に何が起こったというの……。
鈴羽は花蓮の様子に落胆している自分に気づき、心の中でそれを否定する。
花蓮は臨死体験という極限状態を経たのだから、仕方がない。
いくら花蓮でも、生死をわかつ闘いをした直後ならば、異常な精神状態になっていてもおかしくはない。
鈴羽はそう賢明に自らを納得させるのであったが……。
そこに一人の女性がラウンジ内に入ってくる。
「鈴羽さん。こっちに来ていたんですね」
そう声をかけてきたのは、『流麗の剣姫』こと二条院美月である。
「鈴羽!?」
花蓮は鈴羽の突然の抱擁に驚きの表情を浮かべるが、やがて年の離れた幼い妹を見る姉のような穏やかな笑みを鈴羽に向ける。
「心配かけてしまいましたわね……鈴羽」
「……グス……そ、そんなことは……お姉様……い、いえ……花蓮様がご無事なら……」
「フフ……こうしていると子供の頃を思い出しますわね……鈴羽も昔はよく泣いていましたわ」
鈴羽は、いつの間にか人前で涙まで流してしまっていた。
花蓮とこうして抱き合うのは思春期を迎えて以来はじめてのことであった。
花蓮の温かな腕の中に久々に包まれながら、鈴羽はいつの間にか幼少期のことを思い出していた。
孤児だった自分を迎え入れてくれて、暖かく接してくれた花蓮。
西条家が異能目当てに一孤児の自分を拾ったことは幼い身でもよくわかっていた。
だが、それでも花蓮だけは鈴羽のことを本当の家族……妹のように接してくれた。
いつしか鈴羽は花蓮に対して主従の情以上の感情を抱くようになってしまったのだが……。
「あの……鈴羽……そろそろよろしいのでは。ここは人目もありますし……」
花蓮が困った顔を浮かべながら、頬を少しだけ朱色に染めている。
実際のところ、花蓮を囲んでいた人々は、突然の鈴羽の闖入に驚きながらも、やがて二人の美女のドラマティックな抱擁にただただ息を呑んで見つめていた。
スーツ姿の男装の麗人に和服姿の美女……という某歌劇団の一幕を思わせるような華麗な光景なのだから、人々の反応も無理からぬことであった。
しかも、和服姿の美女は、世界的に有名なあの『癒やしの織姫』である。
そして、もう一人の美女も、かつての有名冒険者『心眼の麗人』なのである。
群衆の中の目ざとい人々は、既に鈴羽のことに気づきはじめており、数年ぶりに見た有名冒険者の姿にむしろ花蓮以上に注目を寄せていた。
そして、群衆たちは、スマホを向けて、この劇的なシーンを見逃さないとばかりに動画を撮影している始末であった。
ちなみに、鈴羽と花蓮が二人でパーティーを組んでいたころ、一部界隈では彼女たちの関係性について、様々な妄想を抱く者が続出していた。
そして、彼ら彼女たちは内々のネット上で二人の関係性を勝手に議論したりして楽しんでいたのだが、鈴羽の引退によりそれも下火になっていた。
もっとも、それでも二人のカップリングに対する熱狂的なファンは少なくない数残っていて、日夜ネット上で熱い議論が交わされていたのだが……。
今回のこの二人の抱擁動画——動画はこの後拡散されかなりのPVを叩き出すことになる——により、また一部界隈が異常なまでに活気づくことになる……。
もっとも、鈴羽も花蓮もこの時点では——いや今後も——そのような事情はまったく知るよしもない。
「も、申し訳ありません! つ、つい……」
鈴羽は、慌てて花蓮の体から離れる。
そして、自分がいかに恥ずべきことをしたのかに気づき、顔を真っ赤に染める。
幼少期ならまだしも、大人になってから、しかも主従の関係にある自分が花蓮に抱きつくなど到底許されることではない。
しかもあろうことか、花蓮のことを昔のようにお姉様と呼んでしまったのだ。
自分は花蓮の義妹ではなく、一従者なのに……。
「鈴羽……ここでは落ち着いて話せそうにありませんわ。別のところで」
「は、はい……。す、すぐに手配をいたします」
鈴羽は、まだ動揺を抑えきれなかったが、それでもなんとか最低限の表面上の平静を取り繕い、ダンジョン港のスタッフを呼ぶ。
結局、鈴羽たちは次第に増えてくる群衆をかき分けながら、ダンジョン港にある西条家が買い上げている特別ラウンジ内の個室へと向かう。
空港と同じく一部の人間にしか開放されていない特別ラウンジ内は、鈴羽の指示の下、人払いが既にすませてあり、鈴羽たち以外は誰もおらず、ひっそりとしていた。
ラウンジ内のソファに花蓮がゆったりと座っている姿を見て、鈴羽はようやくこれが現実のことなのだと実感する。
今の今までどこか虚ろな夢の中にいるような気分が抜けきれていなかった。
それだけ眼の前の光景はありえないことであった。
鈴羽は、徐々に冷静さを取り戻し、同時に様々な疑問が脳裏を占める。
そして、鈴羽のその疑問の答えを探るべく、花蓮に質問するのだが……。
「花蓮様……。いったい最下層で何が……」
「鈴羽……それは——」
と、花蓮は静かに話しをはじめる。
………それからノンストップで30分……いや一時間ほど花蓮は一方的に話しを続けた。
最初は静かな語り口であった花蓮だが、彼女を助けたという男の話しになると、興奮気味にまるで熱に浮かされたかのようにひたすら話しをする。
しかも、花蓮の話しはまるで要領を得たものではなく、結局のところ何が起きたかよくわからない。
だが、鈴羽は、ただ花蓮が謎の男に対して並々ならぬ想いを持ってしまっているのだけは理解できてしまった。
花蓮がこんなに感情的になっている姿を見たことは鈴羽はこの20年間で一度もなかった。
いつもゆったりとかまえている花蓮は、どんな時でも落ち着いていて、それが近くにいるものを安心させる。
その花蓮が今は感情のままに男の話しを熱っぽく語っている。
今の花蓮を客観的に見るならば、男にのぼせあがっているそこらの女子学生のようである。
いったい花蓮様に何が起こったというの……。
鈴羽は花蓮の様子に落胆している自分に気づき、心の中でそれを否定する。
花蓮は臨死体験という極限状態を経たのだから、仕方がない。
いくら花蓮でも、生死をわかつ闘いをした直後ならば、異常な精神状態になっていてもおかしくはない。
鈴羽はそう賢明に自らを納得させるのであったが……。
そこに一人の女性がラウンジ内に入ってくる。
「鈴羽さん。こっちに来ていたんですね」
そう声をかけてきたのは、『流麗の剣姫』こと二条院美月である。
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