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第一章
-02- オッサン、S級冒険者の美女とデートをする
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「あの? 敬三様……何か?」
「い、いえ……な、何でもありません。それで……花蓮さん。何故こんなところに?」
「昨日は助けて頂いたにもかかわらず、しっかりとした御礼ができませんでしたわ。ですから、失礼を承知でお伺いさせて頂きました」
花蓮さんはそう言うと一呼吸おいて、
「本当に……本当にわたくしを……いえわたくしたちをお助け頂いてありがとうございましたわ」
そう言うと、花蓮さんは両手を床について深々と頭を下げる。
その一連の所作も先程と同様に一つ一つが華美であり、思わず自分のボロい部屋がどこかの由緒ある日本屋敷の部屋かと一瞬錯覚するほどであった。
「か、花蓮さん……もう十分です。頭を上げてください。もともとは俺の問題でもあったのだし」
「いえ……これでは全然不十分ですわ。こんな大恩を受けながら、何もしないなんてわたくし……いえ西条家の名誉に関わることですわ」
「え……」
「敬三様……この後お時間はありますでしょうか?」
花蓮さんは突然、意を決したように声を張り上げて言う。
「それは……えっと色々とありまして」
と、俺は言葉を濁す。
俺の予定はもちろんまったくない。
俺は、ダンジョン配信者だが……まあ自由業だし、はっきり言って無職のようなものだ。
だが、花蓮さんのような人間を目の前にして、俺はついつい見栄をはってしまった。
この美しい女性にちょっとでも良いところを見せたい!なんて思ってしまった訳なのだ。
だって、40代のいい年をしたオッサンが一日中予定もなくブラブラしているなんて、あまりにも惨めじゃないか……。
「そう……ですよね。敬三様ほどの冒険者なら毎日お忙しいでしょうし……わたくしなどと一緒にいる時間なんて……」
と、花蓮さんは心底残念そうな顔をしている。
その予想外の反応に俺は罪悪感を抱いてしまい、
「えっと……大丈夫……です」
と、秒速で前言を撤回する。
「本当ですか!? よかったですわ!」
と、花蓮さんはぱあっと顔をほころばせて、満面の笑みを浮かべる。
この顔は俺みたいな独身オッサンには反則的な美しさである。
正直、これだけで何もいらない。
朝から晩まで一日中がむしゃらに働けると思う。
俺がそんな妄想をしていると、花蓮さんはすくりと立ち上がり、
「敬三様。それでは行きましょうか」
と言う。
俺は未だにイマイチ状況はよくわかっていなかったが、花蓮さんの後についていく。
アパートの外階段をきしませながら降りると、そこには明らかにこの場にあっていないものがあった。
黒塗りの車——リムジン——が狭い道路に止まっていたのだ。
しかも、その車の前にはスーツを着た男性……いや女性だろうか……が直立不動で待ち構えていた。
そのフェミニンで端正な顔立ちは女性のように見える。
しかし黒のショートカットの髪型に化粧っ気のないその姿は中性的なイケメン男性のようにも見えなくもない。
年は20代前半くらいで、どちらにせよ大変な美形であることは疑いようがない。
たとえるなら男装の麗人といったところだろうか……。
「花蓮様。ご用はお済みでしょうか?」
「ええ。鈴羽。車を出してください。わたくしはこれからこのお方と食事にまいります」
「かしこまりました。この方は……」
「ええ。この方が敬三様。わたくしいえ……西条家の大恩ある御方ですわ。くれぐれも失礼のないように」
「この方が……いえ。かしこまりました」
鈴羽と呼ばれた女性——声のトーンからすると女性である——は俺の方を一瞥すると、すぐに視線をそらす。
冷静なその瞳からは何を考えているのか読み取るのが難しいように思えた。
鈴羽さんはご丁寧にもわざわざ車のドアを開けてくれて、俺は戸惑いながらも車の中に体を滑り込ませる。
車に乗るのは実際のところかなり久しぶりだった。
異世界では当然車というものはなく、せいぜいが馬車——まあ引いているのは馬ではなかったが——だった。
だから、まあ……あまり正確な比較はできない。
が……それでも座り心地がとんでもなくよいことだけはよくわかった。
いや……正直なところ俺が先程まで寝ていた万年床の使い古した布団より、ここで寝た方がよっぽど快眠を得られると確信してしまうほどだ。
俺が、シートに体を預けて夢心地になっていると、
「敬三様。本日はどのような食事をご希望ですか?」
横に座っていた花蓮さんがそう話しかけてくる。
心なしか花蓮さんは何故か妙に俺の近くにいる。
このリムジンのシートのサイズは通常の車とは比較にならないほど大きいから、はっきり行って、こんなに密着する必要はないと思うのだが……。
食事……と言われて、俺の脳裏に思い浮かぶ内容はそう多くない。
こちらに戻ってきてからはもっぱらスーパーで特売をしているカップラーメンか菓子パンの世話になり、たまの贅沢で某チェーンの牛丼と言った貧相な食事をしているからだ。
といっても、俺は食事に関してはむしろこれでも大満足していた。
というのも、それは俺が、異世界帰りだからだ。
25年間に及ぶ異世界生活で様々なことに順応したのだが、最後の最後まであちらの食事には慣れることができなかった。
いや……正確に言えば不満だった。
味付けは薄いし、種類も限られていて、創意工夫というものがあまりない。
それならば、自分で作ればよいのだろうが、この世界で取れる材料は、異世界にはほとんどなく、結局すぐに諦めた。
異世界の仲間たちには決して言えなかったが、この世界への帰還の選択を決めた要因の一つに確実に「食の問題」もあった。
こちらの世界に戻ってきて真っ先に行ったのは某牛丼チェーンだった。
そして、そこで俺は懐かしの牛丼を食べて、この世界への帰還に涙した。
まあ……つい一日前まで25年間共にした仲間と涙で別れたばかりであったのだが、これが人間ってものだなあ……と実感した次第である。
「い、いえ……な、何でもありません。それで……花蓮さん。何故こんなところに?」
「昨日は助けて頂いたにもかかわらず、しっかりとした御礼ができませんでしたわ。ですから、失礼を承知でお伺いさせて頂きました」
花蓮さんはそう言うと一呼吸おいて、
「本当に……本当にわたくしを……いえわたくしたちをお助け頂いてありがとうございましたわ」
そう言うと、花蓮さんは両手を床について深々と頭を下げる。
その一連の所作も先程と同様に一つ一つが華美であり、思わず自分のボロい部屋がどこかの由緒ある日本屋敷の部屋かと一瞬錯覚するほどであった。
「か、花蓮さん……もう十分です。頭を上げてください。もともとは俺の問題でもあったのだし」
「いえ……これでは全然不十分ですわ。こんな大恩を受けながら、何もしないなんてわたくし……いえ西条家の名誉に関わることですわ」
「え……」
「敬三様……この後お時間はありますでしょうか?」
花蓮さんは突然、意を決したように声を張り上げて言う。
「それは……えっと色々とありまして」
と、俺は言葉を濁す。
俺の予定はもちろんまったくない。
俺は、ダンジョン配信者だが……まあ自由業だし、はっきり言って無職のようなものだ。
だが、花蓮さんのような人間を目の前にして、俺はついつい見栄をはってしまった。
この美しい女性にちょっとでも良いところを見せたい!なんて思ってしまった訳なのだ。
だって、40代のいい年をしたオッサンが一日中予定もなくブラブラしているなんて、あまりにも惨めじゃないか……。
「そう……ですよね。敬三様ほどの冒険者なら毎日お忙しいでしょうし……わたくしなどと一緒にいる時間なんて……」
と、花蓮さんは心底残念そうな顔をしている。
その予想外の反応に俺は罪悪感を抱いてしまい、
「えっと……大丈夫……です」
と、秒速で前言を撤回する。
「本当ですか!? よかったですわ!」
と、花蓮さんはぱあっと顔をほころばせて、満面の笑みを浮かべる。
この顔は俺みたいな独身オッサンには反則的な美しさである。
正直、これだけで何もいらない。
朝から晩まで一日中がむしゃらに働けると思う。
俺がそんな妄想をしていると、花蓮さんはすくりと立ち上がり、
「敬三様。それでは行きましょうか」
と言う。
俺は未だにイマイチ状況はよくわかっていなかったが、花蓮さんの後についていく。
アパートの外階段をきしませながら降りると、そこには明らかにこの場にあっていないものがあった。
黒塗りの車——リムジン——が狭い道路に止まっていたのだ。
しかも、その車の前にはスーツを着た男性……いや女性だろうか……が直立不動で待ち構えていた。
そのフェミニンで端正な顔立ちは女性のように見える。
しかし黒のショートカットの髪型に化粧っ気のないその姿は中性的なイケメン男性のようにも見えなくもない。
年は20代前半くらいで、どちらにせよ大変な美形であることは疑いようがない。
たとえるなら男装の麗人といったところだろうか……。
「花蓮様。ご用はお済みでしょうか?」
「ええ。鈴羽。車を出してください。わたくしはこれからこのお方と食事にまいります」
「かしこまりました。この方は……」
「ええ。この方が敬三様。わたくしいえ……西条家の大恩ある御方ですわ。くれぐれも失礼のないように」
「この方が……いえ。かしこまりました」
鈴羽と呼ばれた女性——声のトーンからすると女性である——は俺の方を一瞥すると、すぐに視線をそらす。
冷静なその瞳からは何を考えているのか読み取るのが難しいように思えた。
鈴羽さんはご丁寧にもわざわざ車のドアを開けてくれて、俺は戸惑いながらも車の中に体を滑り込ませる。
車に乗るのは実際のところかなり久しぶりだった。
異世界では当然車というものはなく、せいぜいが馬車——まあ引いているのは馬ではなかったが——だった。
だから、まあ……あまり正確な比較はできない。
が……それでも座り心地がとんでもなくよいことだけはよくわかった。
いや……正直なところ俺が先程まで寝ていた万年床の使い古した布団より、ここで寝た方がよっぽど快眠を得られると確信してしまうほどだ。
俺が、シートに体を預けて夢心地になっていると、
「敬三様。本日はどのような食事をご希望ですか?」
横に座っていた花蓮さんがそう話しかけてくる。
心なしか花蓮さんは何故か妙に俺の近くにいる。
このリムジンのシートのサイズは通常の車とは比較にならないほど大きいから、はっきり行って、こんなに密着する必要はないと思うのだが……。
食事……と言われて、俺の脳裏に思い浮かぶ内容はそう多くない。
こちらに戻ってきてからはもっぱらスーパーで特売をしているカップラーメンか菓子パンの世話になり、たまの贅沢で某チェーンの牛丼と言った貧相な食事をしているからだ。
といっても、俺は食事に関してはむしろこれでも大満足していた。
というのも、それは俺が、異世界帰りだからだ。
25年間に及ぶ異世界生活で様々なことに順応したのだが、最後の最後まであちらの食事には慣れることができなかった。
いや……正確に言えば不満だった。
味付けは薄いし、種類も限られていて、創意工夫というものがあまりない。
それならば、自分で作ればよいのだろうが、この世界で取れる材料は、異世界にはほとんどなく、結局すぐに諦めた。
異世界の仲間たちには決して言えなかったが、この世界への帰還の選択を決めた要因の一つに確実に「食の問題」もあった。
こちらの世界に戻ってきて真っ先に行ったのは某牛丼チェーンだった。
そして、そこで俺は懐かしの牛丼を食べて、この世界への帰還に涙した。
まあ……つい一日前まで25年間共にした仲間と涙で別れたばかりであったのだが、これが人間ってものだなあ……と実感した次第である。
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