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第15話 異世界では娯楽が限られている
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影人は、ガラから視線を外し、一人考え込む。
いや……ここでこの問題について深く考えてもしかたがない。
どの道……確認などできないのだし、今のところここで生きていくしないのだから。
影人は再び目の間の問題へと思考を切り替える。
「なあ……他にはあるのか? 俺の……その変なところというか、貴族っぽい素振りや行動ってのは?」
「なんだ? お前変なこと聞くなあ。そうだなあ……食べ方がやけに上品ぶってる感じとか。他も、やけに仰々しいところがあるだろう。ツバもはかないしなあ。」
ツバって……ガラのやつ、そんなところまで目ざとく見ていたのか。
大ざっぱなのか、抜け目がないのか、よくわからない奴だ。
それにしても、自分では普通の行動を取っているつもりだったが、この世界の普通は、影人の価値観とは大分異なるらしい。
元の世界で、人口の多数を占める底辺の無職の一人に過ぎなかった影人の振る舞いが、貴族の所作と間違われるくらいなのだから。
「まあ……だいたいわかった。ただ何度も言っているが、俺は貴族じゃないんだが……。まあ、もうそれはとりあえずいいか……。それより、また俺が娘さんのところに行っても大丈夫なのか? その……かなり怒ってたぞ」
「大丈夫も何も、お前にやってもらうしかないからな。あいつだって、自分の立場くらいはわかってるさ。それに、あの子は、顔じゃなくて、頭の方もそれなりに回るんだ。だから、礼儀作法だって、そこそこ仕込んでるんだぜ。それをなあ……もったいねえ」
ガラは、心底残念そうにして、また娘……いや商品自慢を始めようとしている。
これ以上、この話を続けてもラチが明きそうにない。
「わ、わかった。わかったよ……。お前がそれで問題ないなら、今後もこの仕事をやらせてもらうよ」
「頼んだぞ。ところでだ——」
ガラは、突如ギロリと鋭い眼光を向ける。
「今日の報酬は、朝話した額じゃないとダメだよな……。まったく読みが外れた。お前がここまで変人とはな。まさか女にも興味ないとはな」
こいつ……娘を差し出して、報酬額をまけようとしていたのか。
とんでもない人でなしだ。
「しょうがねえ……。ほら。これが今日の報酬だ。いつもの倍入ってる。それと……わかっているよな。この件は、誰にもいうなよ」
ガラは、名残おしそうに小さな袋を乱暴にテーブルの上に置く。
袋の中身を覗いてみると、たしかにいつもの倍近い量の硬貨が入っている。
それにしても、金のために、娘を簡単に利用するのかと思えば、その娘の安全のために金を払う……どうにも矛盾しているような気がするが、ガラの中では、娘を想っての行動、いや自分の利益のタネになる商品を守るということで、首尾一貫しているのかもしれない。
もしかしたら、娘を差し向けたのは、秘密を守らせようという考えもあったかもしれない。
影人が、上手い具合にタリと関係を結んでくれれば、タリのことを密告するという気もなくなるはず……そんな計算も働いていたのかもしれない。
こちらの方をじっと睨んでいる目には、そんな疑り深い男の用心深さが見え隠れしているように思えた。
ガラから、報酬を受け取り、酒場を後にする。
薄暗い店内とは打って変わって日光が、まぶたにしみる。
こんなに早く仕事が終わることは、随分と珍しい。
いつもの用心棒の仕事の場合、集金が完了した後も、金勘定やら帳簿の管理やらを手伝わされているから、なんだかんだで全てが終わる頃には日が暮れている。
あんな時間から、酒場にいたということは、ガラはそういういった業務を明日影人にまとめて頼むつもりなのだろう。
これでは、用心棒なのか小間使いなのか、よくわからないが、読み書き、計算——四則演算程度だが——ができると知られてから、有無を言わさずに手伝わされている。
考えてみれば、その時のガラは、「読み書きができて、しかも数字も扱える用心棒はお前が初めてだ!」と終始興奮した様子だった。
この世界では、読み書きや最低限度の計算ができること人間は——それこそ貴族と間違われるくらい——珍しいのだろう。
それにしても、仕事が早く終わったのはいいが、どうにも時間が余ってしまった。
自由時間があるのは本来嬉しいことなのだろうが、この街ではそういった時間を潰す娯楽というものがほとんどない。
もちろん、あるにはある。
ただ、それは主に三種類しかない。
ガラが今やっているように酒を飲むこと、女を買うこと、あとは賭け事といったものだ。
だが、この見知らぬ世界で、いま手元にある金を、そんなことに費やすほど、大胆には慣れない。
この世界で、無一文になっても、今までとは違い国はおろか誰も助けてはくれないのだ。
だから、金はなるべく手元に残すにこしたことはない。
金をかけずに、やれること……といったら、せいぜい寝ることくらいだが、あの狭く、汚い借家に日中帰っても、気が滅入るだけだ。
とすれば、あとできることと言えば、この街をぶらつくくらいだ。
集金業務で、毎日街中を歩いているとはいえ、借り手は街の外れの貧民街の住民が大半だから、街の中心部は実はまだあまり見れてはいない。
それに、中心部には、今気になっている場所がある。
大聖堂だ。
棚上げしている脅迫状の件もあるが、この街で生きていくためにも、宗教、その担い手の教会について最低限の知識は知っておいた方がいいだろう。
活動の中心となっているであろう大聖堂に行けば少しは役に立つ知見を得られるかもしれない。
いや……ここでこの問題について深く考えてもしかたがない。
どの道……確認などできないのだし、今のところここで生きていくしないのだから。
影人は再び目の間の問題へと思考を切り替える。
「なあ……他にはあるのか? 俺の……その変なところというか、貴族っぽい素振りや行動ってのは?」
「なんだ? お前変なこと聞くなあ。そうだなあ……食べ方がやけに上品ぶってる感じとか。他も、やけに仰々しいところがあるだろう。ツバもはかないしなあ。」
ツバって……ガラのやつ、そんなところまで目ざとく見ていたのか。
大ざっぱなのか、抜け目がないのか、よくわからない奴だ。
それにしても、自分では普通の行動を取っているつもりだったが、この世界の普通は、影人の価値観とは大分異なるらしい。
元の世界で、人口の多数を占める底辺の無職の一人に過ぎなかった影人の振る舞いが、貴族の所作と間違われるくらいなのだから。
「まあ……だいたいわかった。ただ何度も言っているが、俺は貴族じゃないんだが……。まあ、もうそれはとりあえずいいか……。それより、また俺が娘さんのところに行っても大丈夫なのか? その……かなり怒ってたぞ」
「大丈夫も何も、お前にやってもらうしかないからな。あいつだって、自分の立場くらいはわかってるさ。それに、あの子は、顔じゃなくて、頭の方もそれなりに回るんだ。だから、礼儀作法だって、そこそこ仕込んでるんだぜ。それをなあ……もったいねえ」
ガラは、心底残念そうにして、また娘……いや商品自慢を始めようとしている。
これ以上、この話を続けてもラチが明きそうにない。
「わ、わかった。わかったよ……。お前がそれで問題ないなら、今後もこの仕事をやらせてもらうよ」
「頼んだぞ。ところでだ——」
ガラは、突如ギロリと鋭い眼光を向ける。
「今日の報酬は、朝話した額じゃないとダメだよな……。まったく読みが外れた。お前がここまで変人とはな。まさか女にも興味ないとはな」
こいつ……娘を差し出して、報酬額をまけようとしていたのか。
とんでもない人でなしだ。
「しょうがねえ……。ほら。これが今日の報酬だ。いつもの倍入ってる。それと……わかっているよな。この件は、誰にもいうなよ」
ガラは、名残おしそうに小さな袋を乱暴にテーブルの上に置く。
袋の中身を覗いてみると、たしかにいつもの倍近い量の硬貨が入っている。
それにしても、金のために、娘を簡単に利用するのかと思えば、その娘の安全のために金を払う……どうにも矛盾しているような気がするが、ガラの中では、娘を想っての行動、いや自分の利益のタネになる商品を守るということで、首尾一貫しているのかもしれない。
もしかしたら、娘を差し向けたのは、秘密を守らせようという考えもあったかもしれない。
影人が、上手い具合にタリと関係を結んでくれれば、タリのことを密告するという気もなくなるはず……そんな計算も働いていたのかもしれない。
こちらの方をじっと睨んでいる目には、そんな疑り深い男の用心深さが見え隠れしているように思えた。
ガラから、報酬を受け取り、酒場を後にする。
薄暗い店内とは打って変わって日光が、まぶたにしみる。
こんなに早く仕事が終わることは、随分と珍しい。
いつもの用心棒の仕事の場合、集金が完了した後も、金勘定やら帳簿の管理やらを手伝わされているから、なんだかんだで全てが終わる頃には日が暮れている。
あんな時間から、酒場にいたということは、ガラはそういういった業務を明日影人にまとめて頼むつもりなのだろう。
これでは、用心棒なのか小間使いなのか、よくわからないが、読み書き、計算——四則演算程度だが——ができると知られてから、有無を言わさずに手伝わされている。
考えてみれば、その時のガラは、「読み書きができて、しかも数字も扱える用心棒はお前が初めてだ!」と終始興奮した様子だった。
この世界では、読み書きや最低限度の計算ができること人間は——それこそ貴族と間違われるくらい——珍しいのだろう。
それにしても、仕事が早く終わったのはいいが、どうにも時間が余ってしまった。
自由時間があるのは本来嬉しいことなのだろうが、この街ではそういった時間を潰す娯楽というものがほとんどない。
もちろん、あるにはある。
ただ、それは主に三種類しかない。
ガラが今やっているように酒を飲むこと、女を買うこと、あとは賭け事といったものだ。
だが、この見知らぬ世界で、いま手元にある金を、そんなことに費やすほど、大胆には慣れない。
この世界で、無一文になっても、今までとは違い国はおろか誰も助けてはくれないのだ。
だから、金はなるべく手元に残すにこしたことはない。
金をかけずに、やれること……といったら、せいぜい寝ることくらいだが、あの狭く、汚い借家に日中帰っても、気が滅入るだけだ。
とすれば、あとできることと言えば、この街をぶらつくくらいだ。
集金業務で、毎日街中を歩いているとはいえ、借り手は街の外れの貧民街の住民が大半だから、街の中心部は実はまだあまり見れてはいない。
それに、中心部には、今気になっている場所がある。
大聖堂だ。
棚上げしている脅迫状の件もあるが、この街で生きていくためにも、宗教、その担い手の教会について最低限の知識は知っておいた方がいいだろう。
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