未来に住む一般人が、リアルな異世界に転移したらどうなるか。

kaizi

文字の大きさ
上 下
15 / 27

第15話 異世界では娯楽が限られている

しおりを挟む
 影人は、ガラから視線を外し、一人考え込む。
 
 いや……ここでこの問題について深く考えてもしかたがない。
 どの道……確認などできないのだし、今のところここで生きていくしないのだから。

 影人は再び目の間の問題へと思考を切り替える。

「なあ……他にはあるのか? 俺の……その変なところというか、貴族っぽい素振りや行動ってのは?」

「なんだ? お前変なこと聞くなあ。そうだなあ……食べ方がやけに上品ぶってる感じとか。他も、やけに仰々しいところがあるだろう。ツバもはかないしなあ。」

 ツバって……ガラのやつ、そんなところまで目ざとく見ていたのか。
 大ざっぱなのか、抜け目がないのか、よくわからない奴だ。

 それにしても、自分では普通の行動を取っているつもりだったが、この世界の普通は、影人の価値観とは大分異なるらしい。

 元の世界で、人口の多数を占める底辺の無職の一人に過ぎなかった影人の振る舞いが、貴族の所作と間違われるくらいなのだから。

「まあ……だいたいわかった。ただ何度も言っているが、俺は貴族じゃないんだが……。まあ、もうそれはとりあえずいいか……。それより、また俺が娘さんのところに行っても大丈夫なのか? その……かなり怒ってたぞ」

「大丈夫も何も、お前にやってもらうしかないからな。あいつだって、自分の立場くらいはわかってるさ。それに、あの子は、顔じゃなくて、頭の方もそれなりに回るんだ。だから、礼儀作法だって、そこそこ仕込んでるんだぜ。それをなあ……もったいねえ」

 ガラは、心底残念そうにして、また娘……いや商品自慢を始めようとしている。
 これ以上、この話を続けてもラチが明きそうにない。

「わ、わかった。わかったよ……。お前がそれで問題ないなら、今後もこの仕事をやらせてもらうよ」

「頼んだぞ。ところでだ——」
 
 ガラは、突如ギロリと鋭い眼光を向ける。

「今日の報酬は、朝話した額じゃないとダメだよな……。まったく読みが外れた。お前がここまで変人とはな。まさか女にも興味ないとはな」

 こいつ……娘を差し出して、報酬額をまけようとしていたのか。
 とんでもない人でなしだ。

「しょうがねえ……。ほら。これが今日の報酬だ。いつもの倍入ってる。それと……わかっているよな。この件は、誰にもいうなよ」

 ガラは、名残おしそうに小さな袋を乱暴にテーブルの上に置く。
 袋の中身を覗いてみると、たしかにいつもの倍近い量の硬貨が入っている。

 それにしても、金のために、娘を簡単に利用するのかと思えば、その娘の安全のために金を払う……どうにも矛盾しているような気がするが、ガラの中では、娘を想っての行動、いや自分の利益のタネになる商品を守るということで、首尾一貫しているのかもしれない。

 もしかしたら、娘を差し向けたのは、秘密を守らせようという考えもあったかもしれない。

 影人が、上手い具合にタリと関係を結んでくれれば、タリのことを密告するという気もなくなるはず……そんな計算も働いていたのかもしれない。

 こちらの方をじっと睨んでいる目には、そんな疑り深い男の用心深さが見え隠れしているように思えた。 

 ガラから、報酬を受け取り、酒場を後にする。
 薄暗い店内とは打って変わって日光が、まぶたにしみる。
 こんなに早く仕事が終わることは、随分と珍しい。

 いつもの用心棒の仕事の場合、集金が完了した後も、金勘定やら帳簿の管理やらを手伝わされているから、なんだかんだで全てが終わる頃には日が暮れている。

 あんな時間から、酒場にいたということは、ガラはそういういった業務を明日影人にまとめて頼むつもりなのだろう。

 これでは、用心棒なのか小間使いなのか、よくわからないが、読み書き、計算——四則演算程度だが——ができると知られてから、有無を言わさずに手伝わされている。

 考えてみれば、その時のガラは、「読み書きができて、しかも数字も扱える用心棒はお前が初めてだ!」と終始興奮した様子だった。

 この世界では、読み書きや最低限度の計算ができること人間は——それこそ貴族と間違われるくらい——珍しいのだろう。

 それにしても、仕事が早く終わったのはいいが、どうにも時間が余ってしまった。
 自由時間があるのは本来嬉しいことなのだろうが、この街ではそういった時間を潰す娯楽というものがほとんどない。

 もちろん、あるにはある。
 ただ、それは主に三種類しかない。
 ガラが今やっているように酒を飲むこと、女を買うこと、あとは賭け事といったものだ。

 だが、この見知らぬ世界で、いま手元にある金を、そんなことに費やすほど、大胆には慣れない。

 この世界で、無一文になっても、今までとは違い国はおろか誰も助けてはくれないのだ。
 だから、金はなるべく手元に残すにこしたことはない。

 金をかけずに、やれること……といったら、せいぜい寝ることくらいだが、あの狭く、汚い借家に日中帰っても、気が滅入るだけだ。

 とすれば、あとできることと言えば、この街をぶらつくくらいだ。
 集金業務で、毎日街中を歩いているとはいえ、借り手は街の外れの貧民街の住民が大半だから、街の中心部は実はまだあまり見れてはいない。

 それに、中心部には、今気になっている場所がある。
 大聖堂だ。

 棚上げしている脅迫状の件もあるが、この街で生きていくためにも、宗教、その担い手の教会について最低限の知識は知っておいた方がいいだろう。

 活動の中心となっているであろう大聖堂に行けば少しは役に立つ知見を得られるかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

『邪馬壱国の壱与~1,769年の眠りから覚めた美女とおっさん。時代考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
SF
1,769年の時を超えて目覚めた古代の女王壱与と、現代の考古学者が織り成す異色のタイムトラベルファンタジー!過去の邪馬壱国を再興し、平和を取り戻すために、二人は歴史の謎を解き明かし、未来を変えるための冒険に挑む。時代考証や設定を完全無視して描かれる、奇想天外で心温まる(?)物語!となる予定です……!

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

滅亡後の世界で目覚めた魔女、過去へ跳ぶ

kuma3
SF
滅びた世界の未来を変えるため、少女は過去へ跳ぶ。 かつて魔法が存在した世界。しかし、科学技術の発展と共に魔法は衰退し、やがて人類は自らの過ちで滅びを迎えた──。 眠りから目覚めたセレスティア・アークライトは、かつての世界に戻り、未来を変える旅に出る。 彼女を導くのは、お茶目な妖精・クロノ。 魔法を封じた科学至上主義者、そして隠された陰謀。 セレスティアは、この世界の運命を変えられるのか──。

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

江戸時代改装計画 

華研えねこ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。 「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」  頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。  ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。  (何故だ、どうしてこうなった……!!)  自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。  トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。  ・アメリカ合衆国は満州国を承認  ・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲  ・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認  ・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い  ・アメリカ合衆国の軍備縮小  ・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃  ・アメリカ合衆国の移民法の撤廃  ・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと  確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。

年下の地球人に脅されています

KUMANOMORI(くまのもり)
SF
 鵲盧杞(かささぎ ろき)は中学生の息子を育てるシングルマザーの宇宙人だ。  盧杞は、息子の玄有(けんゆう)を普通の地球人として育てなければいけないと思っている。  ある日、盧杞は後輩の社員・谷牧奨馬から、見覚えのないセクハラを訴えられる。  セクハラの件を不問にするかわりに、「自分と付き合って欲しい」という谷牧だったが、盧杞は元夫以外の地球人に興味がない。  さらに、盧杞は旅立ちの時期が近づいていて・・・    シュール系宇宙人ノベル。

処理中です...