未来に住む一般人が、リアルな異世界に転移したらどうなるか。

kaizi

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第13話 幾重の仮面をした少女の本音は……

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「少し……お話していきませんか。その……わたし……いつも一人でいて……。人と話すことがめったにないから」

 こういう言われ方をされると、なかなか断ることは難しい。
 影人はやむなく椅子に戻り、座りなおす。

 影人は再び少女と向き合う格好になる。
 だが、先ほどの少女の言葉は嘘だったかのように、無言のまま時だけが流れる。

 何気ない会話の一つでもして、なんともいえない気まずい空気を変えたかったが、どうにもそんなフレーズは頭の中に浮かんではこない。

 それも当然だろう。
 自分が生きてきた世界と価値観や文化がまるで異なる世界に生きている初対面の異性といったい全体何を話せばいいというのか。

 沈黙をやり過ごそうと、そんな言い訳を心の中で並べたてていると、ようやく少女が小さな声で話しだした。

「あの……まずは自己紹介から……。わたしタリっていいます。その……影人さんの出身はここから遠い場所だと聞いております。よろしければ、その……どんなところなのか話してくださいますか。遠方の人と話せる機会なんて滅多にないので。その……興味があるんです」

 影人の中の少女——タリ——の印象がまた少し変わった。
 というより、ようやく昨日の印象と合致したというところか。
 考えてみれば、今日のこれまでのタリの言動や振る舞いは、どこか演技をしているような違和感があった。

「そうですね……なんというか。その……ここよりはだいぶ暮らし向きはよい場所かな……と思います」

 影人のぼんやりとした答えに対して、タリは目を見開いて驚いていた。

「この街よりもですか! そんなところが……遠くにはあるんですね」

 タリは、一人うつむいて、考えにふけっている。
 しばらくして、我に返ったのか、

「あ! す、すみません。少し驚いてしまったので……。父と一緒に色々なところを放浪していたのですけど、この街ほど豊かなところはなかったので……」

 タリの言葉に、影人は暗い気持ちになってしまった。
 薄々気づいていたことだが、こんな街が豊かだと思うくらいなら、この世界はどこに行っても、ここと同程度、いや多くはそれ以下の生活水準なのだろう。

「やはりそう……なんですね」

「……すいません。話しの邪魔をしてしまいましたね。それでその……どういったところがこの街とは違うんですか?」

 どこが違うか……。
 すべてが違う……。
 あまりにも違いすぎる。

 ここに比べれば元の世界は遥かに平穏で豊かだった。
 元の世界を想像して、今いる世界とのあまりの違いに、影人は、思わず眉間にシワを寄せて、顔を歪める。

「なんというか……言葉ではなかなかうまく表現ができないです。すみません」

 タリは、影人のその苦い表情に何かを感じたのか、それ以上突っ込んでくることはなかった。
 代わりに、一瞬酷く悲しそうな顔を浮かべた後、誰に言うでもなく、独り言のようにつぶやく。

「そう……ですよね……。いつまでも小娘と話しをしていても退屈なだけですよね……。さてと」

 すぐにその表情は隠れて、先ほど入り口で見た時と同じくらい明るい顔を浮かべる。
 そして、何かの覚悟を決めたかのように一呼吸置き、どこか作られたような笑顔で、微笑みかけてくる。

「影人様。街からここまで来るのは大変だったでしょう? お疲れではないですか。奥に寝床を用意しておりますので、どうぞお休みになってください」

 タリは、そう言うと素早く立ち上がり、影人の横に来る。
 そして、中腰になり体を寄せて、細い腕を絡めてくる。

 なんだ……これ……。

 影人は、その場でしばらく硬直していた。
 何をされているのかは、理解している。
 
 さっきから、横でタリが自分の体をこちらにあからさまに密着させてきているのだから。
 この事態を整理して、納得いく理由を考える前に、体が反射的に動いていた。

「な、何してるんですか」

 こちらにもたれかかっているタリの体を引き離して、椅子から立ち上がり、数歩後ずさりする。

 タリは、突き放された格好になり、わずかに体をよろめかせて、反対の壁にもたれかかる。

 その表情は、先ほどの笑顔が嘘のように、険しい顔をしている。
 そして、その視線は、じっとこちらを見据えている。

「何って……あなたが望んでいることをしているんじゃない……。それとも……わたしのような女に……病気持ちの女には触れられるのも嫌だというの?」

 タリのその表情は、街でよく見かけるお馴染みのものだった。
 純粋無垢な明るい少女の顔ではなく、日々の生活を生き抜くのに必死な女の表情だった。

 テーブルを挟んで、お互いに無言のまま対峙する状況が続いた。そんな時間が数分続いた後、タリが、少し大きめな声を出す。

 


「……もう……いいです。帰って! 仕事は終わったんでしょ」
  
 タリの有無も言わさない態度に気圧されて、影人は、「え……あの、はい……」と、うめき声のような言葉をなんとか発するのが精一杯だった。

 そのまま、タリを横目に家の入り口の方へと足早に歩き、半開きの入り口の扉から、外に出る。

 ようやくタリの視線から逃れられたので、おもわず「ふうう」と深呼吸をする。

 な、なんだったんだ……いったい。
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