未来に住む一般人が、リアルな異世界に転移したらどうなるか。

kaizi

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第9話 神を信じている異世界の住民と旧世代(2020年以前)の人々

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 この時点で、影人はベッドから飛び起きて、短剣を握り占めていた。
 身を隠すところなど、この部屋にはないから、入り口からもっとも離れた窓の隅にかがみ込む。

 音は、階段を登りきったからなのか、いったん止んだが、すぐにまた鳴りはじめた。
 
 物取りか。
 それとも、さっきの奴らが仕返しに来たのか。
 いつの間につけられたんだ。

 様々な思考が目まぐるしく影人の脳裏に飛び交う。

 音は、影人の部屋の前で止まった。

 影人はいつ飛び出してもいいように、中腰になり、ドアをにらみつける。
 が……予想に反して、ドアは動かなかった。

 代わりに、ドアの隙間に動くものがあった。
 布か何か小さなものが、隙間から滑り込んできた。
 そして、音が再び鳴りはじめた。

 その音は、影人から遠ざかっていき、しばらくすると完全に聞こえなくなった。

 音が聞こえなくなって、しばらくしてから、影人は溜めていた息を吐き出し、壁にもたれかかる。

 そして、先ほど入れられた布切れを拾う。
 丸められた布を広げると、何かの塗料で、文字が乱雑に書かれていた。



 『不浄な存在には近づくな』



 翻訳機能が正常に稼働していることを信じるならば、この文字はそんな意味合いを持つらしい。
 それにしても、どういうことだ……。
 何らかの脅迫文であることは明らかだが、抽象的な文言のため、いまいち意図がわからない。

 そもそもこのことは、今日の襲撃と関係があるのか。
 だとすると、あの襲撃は偶然ではなかったのだろうか……。

 様々な可能性が頭をかすめるが、何度も緊張状態にさらされて、影人は精神的にもう限界だった。
 こんなにも疲労したのは、この世界に来てから初めてだった。

 ベッドに倒れて、目を閉じる。
 今日は色々なことが起きすぎた。
 考えるのは明日にしよう。

 今まで経験したことがない疲労の恩恵なのか、
 影人は、この世界にきて初めて、一度も目覚めることなく、朝まで泥のように眠ることができた。



 窓の外から聞こえる耳触りな音で目が覚めた。
 元の世界に戻れているのでは……とぼんやりとした頭でいつものように一瞬期待するが、目を開けばその期待はあっけなく裏切られる。

 視界には汚らしい薄茶色の壁が広がる。
 影人が今いる場所は間違いなく昨日から連続している殺伐とした現実だ。
 窓から差し込む光が部屋の床に作る影を見る。

 どうやら、ずいぶんと寝ていたらしい。
 影から判断するにおそらく昼前といったところだろう。

 ヨロヨロと起き上がり、出かけるための身支度をする。
 もっとも、支度をするといっても、単に小袋と短剣を身につけるだけだ。
 今の懐具合では、替えの衣服を購入するという贅沢はできないから、服を着替える必要もない。

 今日も昨日と変わらないウンザリする毎日が続く。
 堅いパンを胃袋に詰め込んで、ガラのところに顔を出して、金をもらうだけだ。

 それ以外に何ができると言うのか。
 こんな世界では日々生きていくだけで精一杯なのだから……。

 外に出ると、そんな想いを抱いているであろう人々が、しかめっ面をして通りを歩いていた。
 空は住民の気分を反映しているかのようにどんよりと曇っていた。
 この地方の気候なのか、快晴という日は滅多にない。

 影人は、大通りの終点にあたる街一番の大きな建物である教会を横目にみながら、昨日の脅迫文のことをあらためて考えていた。

 不浄な存在……あの差出人は教会関係者なのかもしれない。

 そして、「近づくな」ということは、問題としている人間は、影人の身近にいる人物だろう。

 ……ガラしかいない。

 ガラは、教会から目をつけられているのか……。
 確かにガラは金貸しなのだから、教会から好かれている訳ではない。
 だが、ガラの商売は今に始まった訳でもないし、少なくとも影人が知る範囲では、ここ最近手を広げた話しも聞かない。

 何故今になって、彼らは、強硬策を取ってまで、ガラを排除しようと思ったのか。

 ガラに探りを入れてみる必要がある。
 何にせよこのまま放置して良い問題ではない。
 昨日のような襲撃がこれからも続くと考えただけで、全身を締め付けられるような気分に襲われる。

 ただでさえ、見知らぬ野蛮な世界で生き抜く重圧で、いっぱいいっぱいの精神状態なのだ。
 それに加えて、今度は見知らぬ第三者から命を狙われる羽目になるなど到底耐えられたものではない。

 それに、もしあの脅迫文の差出人が教会関係者なのだとしたら、かなり厄介だ。
 この世界において、教会がどれほどの影響力を持っているのか正確なところはわからない。

 ただ、少なくともこの街においては、街の象徴になるほど巨大な建築物を建てられるほどの力を持っている。

 それは、すなわちこの街屈指の金、権力、組織を持っているということだ。
 そんな教会から狙われることになるくらいなら、今の仕事を続けていくのも考え直さなければならない。

 といっても、代わりの仕事を見つけるツテがあるわけではないが……。


 裏路地にある店舗兼住居に着くと、当のガラは影人の深刻な表情とは正反対に、いつもと何ら変わった様子はなかった。

 やわな心の持ち主とはもとより思っていなかったが、昨日の襲撃はガラにとっても、稀な出来事のはずだ。
 だから、それなりの動揺はあるものだと踏んでいたのだが、どうやらそうでもないらしい。

「今日は遅かったな。昨日は珍しく酒でも飲んでたのか」

「いや……少し寝すぎただけだ」

 完全に出鼻をくじかれた。
 呑気な様子のガラのせいで、昨日の脅迫文のことを切り出そうという勢いがすっかりそがれてしまった。

 てっきりガラの方から、襲撃のことを話してくると思っていたのだが、その話題についてはまるで触れてこない。

「昨日のことだけど、何か襲われる心当たりはあるか?」

「……何言ってるんだ? 心当たりもなにもない。あいつらはごろつきだ。街道を根城にして、昨日の俺らみたいに少人数で歩いている奴らを誰かれ構わず、襲うだけだ。あんなのがいるんだから、やっぱり門の外になんて出るもんじゃねえな」

 そう吐き捨てた後、ガラは、影人の肩を力強く叩き、笑みを浮かべる。

「まあ……だが、お前のおかげで、この通りなんともない」

 どうやら、ガラは自分が狙われたとは全く考えていないらしい。
 昨日の襲撃は単なる野盗の類だとはなから思い込んでいるようだ。

 確かに、あの脅迫状を知らなければ、そう考えても無理はないか……。

「なあ……教会の奴らはこの商売のことをどう思ってるんだ?」

 突然、あさっての話題に話しを向けたためか、それとも触れられたくない話題なのか、ガラは眉間にシワを寄せる。

「なんだ? 今さら? お前意外と信心深いのか」

「いや……そういう訳じゃないけど。色々とその……あるだろう?」

 とってつけたような適当な言い訳だったが、これが意外とうまくいったようだ。
 ガラは「なるほどな……そういうことか」と、お前の考えはよくわかったと言わんばかりに、うなずいている。

「……安心しろ。教会の奴らは俺たちの商売を好いちゃいないが、黙認してる。モグリでやっている奴らはどうか知らんが、俺は評議会から許可までもらってるんだ。心配いらない。それに……」

 これ以上は話し過ぎだと判断したのか、ガラは一呼吸おいて、話しを途中で打ち切る。

「まあ……あれだ。俺の用心棒をやってるからといって、死んだら地獄行きになるってこともない。何せ教会は一応俺の商売を認めているんだからな。俺だって、現世でのつかの間のあぶく銭を稼ぐために、あの世で永遠に苦しみたくはないからな」

 影人にとって、地獄云々については、まるで興味はない。
 影人がいた世界でも、来世、神、魂の存在を肯定する旧来型の宗教は、未だに根強い信奉があった。

 だが、信奉者の多くは、昔の世代——2020年代以前に生まれた——の人々だ。
 つまり、人が特別だと信じることができた最後の世代——AIが本格的に普及する前に生まれた——の人間たちだ。

 影人と同世代か少し上の世代——2020年代以降に生まれた人々——では、以外には、そういった存在を信じているものなどいなかった。
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