氷雪の面影

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　嘘をついてきた。

「お客さん、これじゃ帰りは待てないよ。そのうち地吹雪になるにきまってるって」
　初老のタクシー運転手は、慎重にハンドルを操作しながら言った。
「かまいません。とにかく山荘までお願いします」
　窓の外を見ると粉雪が降りしきり、木々の隙間から時おり荒れ狂う海が見える。ワイパーは最速で窓を往復するけれど、視界がきかないのはフロントガラスが雪で覆われるためではなく、大気中に細かい雪が満ちて遮られているからだ。車のラジオはこの冬一番の大型の低気圧が東北に接近するため、各地で大荒れの天気が予想されると伝えている。
「これじゃ、電車も止まるよ」
　坂道がゆるやかでよかった。住まいは山のうえにあると聞いていたから、どんな山奥かと思っていた。これならなんとか山頂の家までたどり着けるだろう。
　山荘の住人の名前は、峠という。名前と住まいを洒落たわけではないだろうけれど。