女王の巡り

ビター

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接近

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『木の生命いのちにすがらねば、<話し>もできぬか』
 大きな漆黒の瞳がヨナの目を覗きこむ。ヨナは縄で手首をくくられ木の根を枕にして縛られてしまった。足首も一つにされ、もはや自由はない。
 弓の戦士は矢を背中の矢筒へ納め、今は結弦ゆづるはじいている。低い音が森に響く。誰かを呼び寄せているように思えた。もし彼女らが翡翠宮ジェイドラの民で言い伝えどおりならば……。
 伯父から閨で、なんどか聞いた話を思い出す。
 翡翠宮は名前のとおり、翡翠でつくられた宮殿に住む女王が統べる部族だ。森の精霊の加護も篤く、隠された密林の奥にあり、めったに他部族に姿を見せない。宮から出てくる目的はだだひとつ。それは……。
 ヨナは叫びだしたくなるのを、なけなしの自尊心で押さえつけた。
『精霊の姿も見えず、彼らの言葉に耳を傾けず?』
 目を合わせたときにだけ、言葉が頭にじかに響く。木の力がヨナを助けてくれているのか。鼻からの血は止まったが、血が流れ込んだ喉は粘つき吐き気を感じた。
『殺すなら、ひと思いに殺せ! 知っているぞ、ジェイドラの女は男を……』
 なんの前触れもなく、目の戦士は足の裏をヨナの腹のうえにのせ、わずかに体重をかけてきた。
「っ!」
 湿った足裏の温かさに自分の腹が冷えていたことにヨナは今さら気づいた。
 そのまま踏みつけられるかと腹に力をいれると意に反し、つま先はへそをなぞり、ヨナの下肢へと進んだ。
「あっ」
 ヨナは体がふるえた。足の間の膨らみを下帯ごしにするりと撫でられ、ヨナの声に戦士がくすりと笑った。頬が熱くなる。いままで女性に触られたことがないのだ。体をねじり、ヨナは抗った。
 そのさまを楽しむように、戦士は足の指ではさみ執拗に何往復もさせる。
 徐々に形を成し、布を押し上げてくるのが戦士は面白いらしく、ますます激しくこすりあげてくる。ヨナは腰を引いて足の侵入を阻もうとしたが、弓の少女がいつのまにか足にまたがり膝を押さえつけていた。
 体の中を急激に駆け回るものがあり、ヨナは溺れたようにあえいだ。まだ慣れぬ領域へ無理やり引きずりあげられていく。
 足を押さえる弓の少女は眉ひとつ動かさずヨナの一点を無言で見つめ、目の戦士は含み笑いをしたまま動きを止めない。
 呼吸が早まっていく。このままでは、女どものまえで醜態をさらしてしまう。もうこらえきれない。それでもヨナは唇を噛み締めて耐えた。
「……!」
 叱咤するような声に、少女たちが突然ひれ伏した。寸でのところで解放されたヨナの体からは、一気に汗がふきだした。
「……」
 ひどくがさがさとした聞きにくい声だった。ようやく息が整い、目を開けるとそこには五人ほどの一団が腰の曲がった老婆を先頭にして立っていた。老婆は木の葉いろの膝たけの衣を着ていた。獣の皮の短い袖なしの上着に、大きな白い貝殻の首飾りをしている。顔全体に皺がより、目鼻がどこにあるかもわからない。ただわずかに開くすきまが口だとわかるくらいだ。
 老婆を支える中年の女性、その後ろにはさらに人影が見えた。
 戦士と老婆は何事か会話をしていた。ヨナにその意味を理解することできなかった。が、ちらりとヨナに視線を投げた戦士の言葉が頭に飛び込んできた。
『用意は……』
 弓の戦士がいきなりヨナの下帯をはぎ取った。まだ力のこもったものが、衆人の目にさらされた。あまりに情けない姿にされたヨナは叫んだ。
「殺せ、ジェイドラの女は男を殺す、それくらい知っている」
 わめくヨナの瞳を老婆が見据えた。
『その首の刺青、おまえは次の覡(みこ)か』
 渦と菱形はヨナの部族では覡のしるしだ。声は頭に響いた。ジェイドラの民は、いともたやすく術を使いこなすのか。老婆はジェイドラの巫だろうか。返事を返さず、横を向いたヨナに再び声が聞こえた。
『……イゾノ族……ヨナ』
 心臓に矢が突き刺さったかのような衝撃を感じた。名を言い当てられて、ヨナは混乱した。
『役目を果たしてもらおう』
 老婆は後ろを振り向き声をかけた。頭から足元まで白く光沢のある布にくるまり、うつむいたまま一人が進み出た。首を起こすと、わずかに足の爪が見えた。
 一行の前に出ると、びくりと震えて足を止めた。振り返り、老婆に何事かをたずねる声が聞こえた。すぐに目の戦士が応じて丁寧な口調で返答をされると、ぎこちなくうなずきヨナを振り返った。
『交われ』
 白い布がするりと地に落ちた。
 褐色の肌、たわわな胸をした少女は翡翠の首飾りの他は何も身につけていなかった。
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