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伯父が残したもの
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日曜の朝、そうそうに来客があった。なんとか起きてはいたけれど半分ねぼ眼で店のカーテンを開けると、みず江ちゃんとその旦那さんが二人でたっていた。二人そろってどこか困り顔で。
「どうしたの」
「朝はやくからごめんなさい。ずるずる伸ばしにしておけなくて」
困り顔の次は、必死な形相で私に菓子折りをぐいっとさしだした。その後ろに、みず江ちゃんよりはるかに体の大きい旦那さんが体を小さくしていた。
二人をお店のテーブルにご案内して、お茶を出してとりあえず身支度を整える時間はもらった。
蝶特急で少しはきちんとした格好で二人のもとに戻る。ふたりともまだ浮かない顔をしていたので、こちらも不安な気持ちになる。
「あのね、汐里ちゃんから預かった車のことなんだけど」
「はい」
試験結果を言い渡されるような気持で、思わず背筋を伸ばした私に二人はそろって頭を下げた。
「ごめんなさい」
「え、なんで?」
みず江ちゃんが顔をあげた。ちょっと涙目だったから、びっくりして箱ティシュを差し出した。
「あのね、汐里ちゃんの車、とても珍しい車だったのよそれで……平たく言うと、うちで安く買って高く売ろうかって」
え、っと言葉に詰まる私に、みず江ちゃんの旦那さんが話し始めた。
「すみません、もとはと言えば俺が余計な欲を出しちまって」
体の大きな旦那さんは、背中を丸めて頭をかいた。
「今でも高値で取引されてますし、江間さんところのは保存状態がとてもよかったから、たぶんこれくらいかなあ」
と、旦那さんは指で値段を作って見せた。信じられない値段、ほんとう?
それで、つい。か、分からないでもない。人はお金を前にすると、たいがいおかしくなるから。
「それで、あの車の正規ディーラーに問い合わせてみたら、いま売る気がないならショーウインドーに飾らせてくれないかと言ってたの。もちろん、レンタル料はお支払いしますって」
「ちょ、ちょっと待って。売るかどうか、私ひとりじゃ決められないわ。父に聞いてみないと」
値段が値段だ。私の一存で決めていいものじゃない。
「とにかく、そういうわけで、勝手しそうになって。そしたら、みず江ちゃんにすごく怒られて」
「だって、友人に嘘はつきたくないじゃない」
赤くなった目元をティシュで拭きながら、みず江ちゃんがうつむく。
「お金が欲しくなっていったらウソになる。でも、信用とか信頼はお金じゃ買えない。私は汐里ちゃんと友だちでいたい」
「みず江ちゃん……」
あちこちに本音が見えて、逆に本心だって伝わる。思わずみず江ちゃんの手を握る。子どもの頃、よくつないだ手がそこにあった。
「ありがとう、正直に話してくれて」
みず江ちゃんは、今にも泣きそうな顔で手を握り返してくれた。
「旦那さんも、ありがとうこざいます。車のことは、家族と話し合ってからご連絡したいのですが、いいですか」
「もちろん、もちろんです」
旦那さんは何度もうなずいた。それから、みず江ちゃんに、ごめんと頭を下げた。
「そうだ、カップケーキあるけど持って行ってくれない?」
実は昨夜また焼き直した。五十嵐さんに全部押し付けちゃってなくなったから、また焼いた。というか、五十嵐さんの驚いた顔が愉快で、なんとなく手を動かさずにはいられなかった。
私がたちあがって、キッチンからケーキを乗せたトレイを運ぶ。店で箱詰めをした。さっきまでの泣き顔はどこへやら。みず江ちゃんはカップケーキをのぞき込んでいる。
「江間さん、ひとつだけ分からないことがあったんです。あの車の名義は甲斐谷さんではありませんでした」
私の手が止まる。伯父の名義ではない?
「ディーラーに照会をかけたら、もとは隣の市在住のかたがオーナーだったようで」
「それは、伯父が非合法に手に入れたということでしょうか」
「いえ、ちゃんと廃車手続きはしてましたよ。ただ、乗らずにずっとガレージにしまっていたのが……投機目的でしょうか?」
旦那さんが言うには、オーナーは車検と点検をしっかりうけていたけど、ある年以降からディーラーの記録に載らなくなったということらしい。つまりそれあたりに廃車にしたらしい。
聞くとそれは伯父が亡くなる五年前のことだったようだ。
譲られる? どんな理由で? 買う? 高い車をどうやって?
「元のオーナーさん一家はもう引っ越されて連絡がつけられなかったと言ってました」
なんとも微妙ないきさつ。なんとなく、疑問ばかりが残る。
「俺はレンタルすることをすすめますよ。車の価値は下がらないから。俺だったら」
「もういいから」
みず江ちゃんが旦那さんの耳をきゅっと引っ張った。いてえなあ、なんてぼやいた旦那さんはみず江ちゃんと顔を見合わせて笑った。
「それじゃあ、決まったら連絡します」
「うん、またね。お菓子、ありがとう」
みず江ちゃんと旦那さんをお見送りした。二人並んで歩くの、いいな。いつまでも店先に立って小さくなる二人を見つめていた。
「どうしたの」
「朝はやくからごめんなさい。ずるずる伸ばしにしておけなくて」
困り顔の次は、必死な形相で私に菓子折りをぐいっとさしだした。その後ろに、みず江ちゃんよりはるかに体の大きい旦那さんが体を小さくしていた。
二人をお店のテーブルにご案内して、お茶を出してとりあえず身支度を整える時間はもらった。
蝶特急で少しはきちんとした格好で二人のもとに戻る。ふたりともまだ浮かない顔をしていたので、こちらも不安な気持ちになる。
「あのね、汐里ちゃんから預かった車のことなんだけど」
「はい」
試験結果を言い渡されるような気持で、思わず背筋を伸ばした私に二人はそろって頭を下げた。
「ごめんなさい」
「え、なんで?」
みず江ちゃんが顔をあげた。ちょっと涙目だったから、びっくりして箱ティシュを差し出した。
「あのね、汐里ちゃんの車、とても珍しい車だったのよそれで……平たく言うと、うちで安く買って高く売ろうかって」
え、っと言葉に詰まる私に、みず江ちゃんの旦那さんが話し始めた。
「すみません、もとはと言えば俺が余計な欲を出しちまって」
体の大きな旦那さんは、背中を丸めて頭をかいた。
「今でも高値で取引されてますし、江間さんところのは保存状態がとてもよかったから、たぶんこれくらいかなあ」
と、旦那さんは指で値段を作って見せた。信じられない値段、ほんとう?
それで、つい。か、分からないでもない。人はお金を前にすると、たいがいおかしくなるから。
「それで、あの車の正規ディーラーに問い合わせてみたら、いま売る気がないならショーウインドーに飾らせてくれないかと言ってたの。もちろん、レンタル料はお支払いしますって」
「ちょ、ちょっと待って。売るかどうか、私ひとりじゃ決められないわ。父に聞いてみないと」
値段が値段だ。私の一存で決めていいものじゃない。
「とにかく、そういうわけで、勝手しそうになって。そしたら、みず江ちゃんにすごく怒られて」
「だって、友人に嘘はつきたくないじゃない」
赤くなった目元をティシュで拭きながら、みず江ちゃんがうつむく。
「お金が欲しくなっていったらウソになる。でも、信用とか信頼はお金じゃ買えない。私は汐里ちゃんと友だちでいたい」
「みず江ちゃん……」
あちこちに本音が見えて、逆に本心だって伝わる。思わずみず江ちゃんの手を握る。子どもの頃、よくつないだ手がそこにあった。
「ありがとう、正直に話してくれて」
みず江ちゃんは、今にも泣きそうな顔で手を握り返してくれた。
「旦那さんも、ありがとうこざいます。車のことは、家族と話し合ってからご連絡したいのですが、いいですか」
「もちろん、もちろんです」
旦那さんは何度もうなずいた。それから、みず江ちゃんに、ごめんと頭を下げた。
「そうだ、カップケーキあるけど持って行ってくれない?」
実は昨夜また焼き直した。五十嵐さんに全部押し付けちゃってなくなったから、また焼いた。というか、五十嵐さんの驚いた顔が愉快で、なんとなく手を動かさずにはいられなかった。
私がたちあがって、キッチンからケーキを乗せたトレイを運ぶ。店で箱詰めをした。さっきまでの泣き顔はどこへやら。みず江ちゃんはカップケーキをのぞき込んでいる。
「江間さん、ひとつだけ分からないことがあったんです。あの車の名義は甲斐谷さんではありませんでした」
私の手が止まる。伯父の名義ではない?
「ディーラーに照会をかけたら、もとは隣の市在住のかたがオーナーだったようで」
「それは、伯父が非合法に手に入れたということでしょうか」
「いえ、ちゃんと廃車手続きはしてましたよ。ただ、乗らずにずっとガレージにしまっていたのが……投機目的でしょうか?」
旦那さんが言うには、オーナーは車検と点検をしっかりうけていたけど、ある年以降からディーラーの記録に載らなくなったということらしい。つまりそれあたりに廃車にしたらしい。
聞くとそれは伯父が亡くなる五年前のことだったようだ。
譲られる? どんな理由で? 買う? 高い車をどうやって?
「元のオーナーさん一家はもう引っ越されて連絡がつけられなかったと言ってました」
なんとも微妙ないきさつ。なんとなく、疑問ばかりが残る。
「俺はレンタルすることをすすめますよ。車の価値は下がらないから。俺だったら」
「もういいから」
みず江ちゃんが旦那さんの耳をきゅっと引っ張った。いてえなあ、なんてぼやいた旦那さんはみず江ちゃんと顔を見合わせて笑った。
「それじゃあ、決まったら連絡します」
「うん、またね。お菓子、ありがとう」
みず江ちゃんと旦那さんをお見送りした。二人並んで歩くの、いいな。いつまでも店先に立って小さくなる二人を見つめていた。
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