冬の王女 - 約束の冬 -

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 春の王女が塔を訪れました。
「お姉さま、何かうれしいことでもございまして?」
 金の巻き毛の春の王女は、冬の王女を見あげて尋ねました。
「何のことかしら」
 春の王女は十六歳くらいの少女の姿をしています。芽吹く春にふさわしい元気な王女です。春の日差しに当てられ、冬の王女は頬が火照り額に汗が浮かびます。
「いつもより、なんだかうれしそうなお顔をしていますわ」
 いわれた王女はことさら眉根をよせ、口をぎゅっと引き結びました。そして返事もせずに四季の塔をあとにしました。
「わたくし、余計なことでも言ってしまったのかしら」
 残された春の王女は侍女たちと顔を見合わせました。

 冬の王女は自身の北の宮殿へと戻っていきました。三か月ぶりの宮殿です。家具にかけられた埃よけの布を白鳥たちと片付けていきます。
 大きな姿見の布を外した王女は、自分の顔をしげしげと見ました。春の王女に指摘されたような、どこかふやけた表情はしていないだろうか。エレナのことで、少し浮かれていたのかも知れないと、王女は両手で頬を軽くたたくと表情を引き締めました。

 次の冬までに、王女は白鳥たちが集めてきた季節ごとの夕霧で糸を紡ぎます。
 春でも陽射しがつらく感じる王女の居城は、暑さをしのげるよう高い木々に囲まれています。そして庭園の清らかな泉では、白鳥たちがくつろぎます。
 泉のほとりで、王女は雪の結晶を編んでいきます。
 エレナはどうしているのでしょうか。
 瞳を輝かせて離宮を見つめていたことや、懸命に語った口調などが思い出されます。
 わかれるときに、王女はエレナにひとつ言い聞かせました。
 嘘はつかないこと。
「嘘はいけない。凛としていなければ、冬の侍女はつとまらぬ」
 陰ひなたなく働くこと、ものごとに誠実にあたること。
 侍女になるために学ぶことは多いけれど、だからといってお世話になっているお館のつとめをおろそかにしないこと。
 エレナは真剣なまなざしで、うなずきました。

 素直な子です。きっとよい侍女になると王女は信じています。
 けれど……胸の奥底では、エレナが侍女にならなくても落胆しないようにと、自分に言い聞かせもしていました。
 エレナはまだ子どもです。このさき心変わりしても責めたりは出来ないと。なんといっても、長い時間をたった一人で王女に仕えるというのは、大変なことです。今まで誰も勤められませんでした。
 王女はそれでもかまわないと思いました。エレナが侍女にならなくても、今まで通りの静かな暮らしを続ければよいのだから。あきらめることには慣れているから、と。
 レース編みの手を止め、ため息をつくと森の木々に覆われたわずかな空を見あげるのでした。

 次の冬を迎え、降り積もった雪が堅く凍って歩けるようになると、再びエレナは冬の離宮へやってきました。
 あばたの顔は変わっていませんが背が少し伸びていました。着ているものは、誰かのおさがりのようですが前の物ほどひどくはありませんでした。少なくとも、破れてはいません。

「お久しぶりです、王女さま」
 前の冬よりも、ていねいにエレナはお辞儀をしました。
 四阿のベンチに腰掛ける王女のまえでエレナは緊張気味に頬を強ばらせています。
「では、おまえの首尾をみせてもらおう」
 王女は筒状に丸めた羊皮紙をエレナに手渡しました。エレナは紙を広げて視線を何度も動かしました。
「お読み」
「よ、よつの きせちを わすのは……だレ」
 可愛らしく、たどたどしいエレナの読み上げる声に、王女は笑みをこらえて眉に力を入れ、ことさら険しい顔をしました。
「……すみません。まだ読めない字が多くて」
 王女の精いっぱいの不機嫌な顔に、エレナは体を小さくしました。
「いいわ。では、編み物をおみせ」
 エレナはおどおどと持ってきた編み物をかごから出しました。それは小さな四角や丸いモチーフでした。
「……あの、あまり糸がもらえなくて。すみません、いいわけばかりで」
 王女はうなずき、モチーフをつまびらかに見ました。糸の太さが同じではないからということもありますが、でこぼこしています。ぜんたいてきに薄く汚れているように見えるのは、エレナが少ない糸で練習するために編んではほどいてを繰り返したからだと思われました。きっと忙しいお屋敷の仕事をしながらでしょう。エレナは懸命に取り組んだと王女は思いました。
「どうでしょうか」
「……まだまだ……。これよりも細いレース糸で編めるようになってもらわなくては。道具は持ってきたのか」
 はい、とエレナはかごからかぎ針を出しました。そしてわずかな毛糸も。
「いつまでそうして突っ立っておる。わらわの隣にお座り」
 言われてエレナはお辞儀をすると、王女の隣へと浅く腰を下ろしました。
「よく見ておいで」
 王女は糸を取ると、指と針をなめらかに動かしました。たちまち小さな花が生まれました。まるで魔法のようなその手業にエレナは見入りました。
「なんてすばらしいのでしょう」
 あばたの下の頬を染めてエレナは目をみはっています。
「こんどは、おまえがおやり。見てあげよう」
 はい、と言うと渡された糸をくるりと指に巻きつけ、かぎ針をつかんだエレナは一目一目編みました。
「糸はおなじ強さで引く。きつすぎると目が詰まる。ゆるすぎては間延びする」
 はい、と答えてエレナは編みました。糸を繰る指はまだぎこちなく、針は糸から外れます。
「慌てずともよい。いずれ慣れる」
 王女はエレナの隣でレース編みをしました。王女はエレナが丸や四角のモチーフを編む間に、たくさんの雪の結晶を編み上げました。
 白鳥が湖で羽ばたき水浴びをします。キツネが四阿に顔をのぞかせたかと思うと立ち去ります。
 エレナは小さく笑いました。
「どうかしたか?」
「いいえ。なんだかうれしくて。王女さまのおとなりで、編み物ができるだなんて夢みたい」
 エレナはにっこりとほほ笑みました。
「それは雪ですね。とてもきれいな容(かたち)だといつも思っていました。王女さまがそうやって作ってらしたのですね」
「これの容に気づいていたのか」
 エレナは笑顔のままうなずきました。
「とても美しいと」
 王女は胸が苦しくなりました。気づいていた者がいた、自分の楽しみでしかないと思っていた雪の容を美しいという者がいた……。
 王女は目元が熱くなりました。こんなことは初めてです。どうしていいか分からず、針を動かし、より複雑な六角形の結晶を次々に連ねて編んでいきました。
 エレナは小さく歓声をあげ、編みあがったレースを両手で広げました。
「王女さまのドレスのようです」
 レースは冬の陽ざしを受けると透明にきらめきます。その眩しさに王女は目を細めるのでした。

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