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グロース・ファミーリア 3
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作業室へ戻り、ルキノは再びジュリオ宛にメールを出そうとした。
化粧品と人形の備品の管理の杜撰さは目に余る。確かめたいことは山ほどあった。しかし、コンピュータのディスプレイに、見慣れぬ通知が来ているのに気づいた。
『不達』
「なに?」
たとえ、ライティネン・ステーションにいないとしても、本人の所属先へと転送されるプログラムが組まれている。不達はありえないのだ。
ルキノは大きく深呼吸を繰り返して、怒りを収めようとした。
自分は利用されたという憤りがあふれていた。いままで感じたことのない、屈辱感。アレッシオを「女」にするためにだけ使われたのだ。
イライラと爪を噛む。標準時間では深夜帯だ。どうしようもない。とりあえず、ヴァイオレットの人事を管理する部署へジュリオと連絡を取りたい旨のメールを作成して送信する。
「まったく、なんて日だ」
備品の管理は滅茶苦茶、そのくせわけの分からない箱が隠すようにしてあった。
「アレッシオは嘘をついた」
ジュリオとは接点がないような話をしていたが、女装をするために、ジュリオの手助けが必要だったことは明白だ。あの二人は何をしていたのだろう。
アレッシオの女装の画像はルキノの中にある苦い記憶を引きずり出した。
かつての自分の姿。育成ポッドから出されてすぐの初体験は、長いあいだ記憶の奥底にしまいこみ、思い出さないようにしていたというのに。
女の格好をさせられ、生身の女を抱けないクラスの相手をした。まだ体もほぐれず、ろくに話すこともできない体。それを好きにされ、もてあそばれ、シーツを血で汚した。
はぎ取られプライドは、セントラルに置いてきたはずだ。けれどこうして思い出すと、体の内側を炙られるような苦しさがあるのだ。
「女になりたい、か」
ルキノは立ち上がり、窓のシェードをあげて外を見た。今夜も遠くに霜魚が泳ぐのが見えた。ぼやけて見えるのは、ひどい雪降りだから。まるでスノードームを眺めているようだ。雪は重力など無視して、下からも吹き上げていくためだ。
ゆらゆらと漂う霜魚の中に、地上を歩く影が見えたような気がした。目を凝らすと、吹雪のむこうに二足歩行のぼってりした姿があった。不格好なのは防護服を着用しているからだろう。コロニーの誰かか。よほどの物好きだ。有害物質の大気の中を真夜中の散歩とは。手には長い棒のようなものを持ち、胸のあたりがぼんやりと光って見える。誰なのかは遠すぎて確認のしようがない。
ルキノは部屋に戻るのも億劫に思え、そのままソファで休んだ。
翌朝は食堂で食事をとった。早出のブルーカラーがまだ席に残っている。ルキノは配膳係のグリーンから、朝食を受け取ると、人目を避けて窓際の隅へと歩いていった。
「なんだ、ひどい顔色だな」
声をかけられ、テーブルを見るとロベルトが心配そうな顔をしてルキノを見ていた。
「ゆうべは、仕事だったのか」
「そういったことはお話できかねます」
ルキノはロベルトを無視して通り過ぎようとしたが、二の腕を捕まれた。
「冷たいな、またお願いしたいっていうのに」
ロベルトはルキノを強引に引き寄せようとした。捕まれた指の力強さにルキノは顔を歪めた。
「あなたは、今月分のポイントを使い果たしていますから、来月まではお受けできません」
ロベルトは明らかに鼻白んだ。同じテーブルについている同僚から、からかいのヤジが飛び、ロベルトの顔が険しくなった。
「心配してやってんだよ。おれは……」
だから人前に出るのは嫌なのだ。ルキノの眉間に皺が寄る。数回寝ただけで、よけいな感情など向けられたくない。物のように扱ってくれてかまわない。
「離せ、ヴァイオレットと必要以上に接触するな。規定違反だ」
いつの間にか、ガンダロフォがルキノたちの後ろにトレイを持って立っていた。ロベルトよりわずかに背の高いガンダロフォは眼鏡越しに冷たい視線でロベルトを見ている。
「ヴァイオレットは仕事をしているだけだ。おまえ個人の友人でも恋人でもない。またヴァイオレットの交代を早めさせるつもりか」
「ジュ、ジュリオとはあんただって……」
反論を試みたロベルトはホワイトカラーのガンダロフォに逆らうべくもなく、言葉の途中で顔をうつむけた。
「ブルーカラーふぜいが」
吐き捨てるように言うと、ルキノをロベルトから引きはがして肩を抱いた。
「行こう、飯の時間がなくなる。おまえらもだ。さっさと済ませて雪上車へ乗れ」
容赦ない命令口調に逆らえるものは誰もいなかった。
ガンダロフォは、大人しく食事を再開したロベルトたちブルーカラーの労働者を一瞥すると、ルキノの肩を押した。
「奥へいこう」
窓際は、ホワイト用に座席が確保されている。そこへ慣れた風情でガンダロフォは腰掛けた。
「座ってくれ。別に話したくないなら、それでいい。とにかく食事をしろ」
「基本、命令口調なんですね」
皮肉をこめてルキノは言ったが、ガンダロフォは気にもとめない様子だ。さっさとカップをもってスープを口に運んだ。
ため息を一つついて、ルキノは向かいがわに座った。
「頭の悪い連中は勘違いする」
「……」
「ブルーカラーは思慮がたりない。まあ、もとからないのだから責めても意味はないが」
ルキノは胃のあたりがむかつき、一度手にしたフォークを戻した。
「彼らのことをばかにしているのですか。ホワイトの自分とはインプット量が違うと?」
「……驚いたな、いやな目に合わされたくせに、助けたおれを非難するのか」
ガンダロフォは片頬をあげて笑ったが、眼光はするどく冷たかった。
「お言葉ですが不快というなら、あなたさまも」
「平気な顔をしていたくせに、しっかり根に持っているのか。ヴァイオレットはやっぱり喰えない奴が多いな」
「あなたの謝罪は事務局長から命じられて、しかたなくしただけでしょう?」
ガンダロフォは鼻を鳴らした。
「あなたがヴァイオレットの何を知っていると?」
ガンダロフォは肩をすくめると、それ以上はなにも話さず、ただ食事をした。
ルキノも口をつぐみ、朝食をとった。食欲はなかったが、むりやりに口に押し込んだ。
「……ジュリオと連絡がとりたいのですが、メールが不達に。原因はなんだと思われますか」
「さてね。管轄が移って更新が不十分か」
「ありえません」
「なら、意外と盲点でセントラル入りしたのかもな」
「なんのために?」
「さあね」
適当な受け答えから、ガンダロフォが最初から真面目に取り合う気がないことが知れた。それ以上は聞く耳持たぬといったようすで、ガンダロフォは立ち上がった。
「ヴァイオレットだけがセントラルで造られる理由がわかるか?」
「え?」
すかさずトレイを受け取りにアレッシオが小走りで近づく。頬をほんのりと上気させ、瞳を輝かせながらガンダロフォのそばに立つ。ルキノに意味ありげな視線を送り、すぐにガンダロフォに戻す。
面憎さにルキノの顔が歪んだ。
化粧品と人形の備品の管理の杜撰さは目に余る。確かめたいことは山ほどあった。しかし、コンピュータのディスプレイに、見慣れぬ通知が来ているのに気づいた。
『不達』
「なに?」
たとえ、ライティネン・ステーションにいないとしても、本人の所属先へと転送されるプログラムが組まれている。不達はありえないのだ。
ルキノは大きく深呼吸を繰り返して、怒りを収めようとした。
自分は利用されたという憤りがあふれていた。いままで感じたことのない、屈辱感。アレッシオを「女」にするためにだけ使われたのだ。
イライラと爪を噛む。標準時間では深夜帯だ。どうしようもない。とりあえず、ヴァイオレットの人事を管理する部署へジュリオと連絡を取りたい旨のメールを作成して送信する。
「まったく、なんて日だ」
備品の管理は滅茶苦茶、そのくせわけの分からない箱が隠すようにしてあった。
「アレッシオは嘘をついた」
ジュリオとは接点がないような話をしていたが、女装をするために、ジュリオの手助けが必要だったことは明白だ。あの二人は何をしていたのだろう。
アレッシオの女装の画像はルキノの中にある苦い記憶を引きずり出した。
かつての自分の姿。育成ポッドから出されてすぐの初体験は、長いあいだ記憶の奥底にしまいこみ、思い出さないようにしていたというのに。
女の格好をさせられ、生身の女を抱けないクラスの相手をした。まだ体もほぐれず、ろくに話すこともできない体。それを好きにされ、もてあそばれ、シーツを血で汚した。
はぎ取られプライドは、セントラルに置いてきたはずだ。けれどこうして思い出すと、体の内側を炙られるような苦しさがあるのだ。
「女になりたい、か」
ルキノは立ち上がり、窓のシェードをあげて外を見た。今夜も遠くに霜魚が泳ぐのが見えた。ぼやけて見えるのは、ひどい雪降りだから。まるでスノードームを眺めているようだ。雪は重力など無視して、下からも吹き上げていくためだ。
ゆらゆらと漂う霜魚の中に、地上を歩く影が見えたような気がした。目を凝らすと、吹雪のむこうに二足歩行のぼってりした姿があった。不格好なのは防護服を着用しているからだろう。コロニーの誰かか。よほどの物好きだ。有害物質の大気の中を真夜中の散歩とは。手には長い棒のようなものを持ち、胸のあたりがぼんやりと光って見える。誰なのかは遠すぎて確認のしようがない。
ルキノは部屋に戻るのも億劫に思え、そのままソファで休んだ。
翌朝は食堂で食事をとった。早出のブルーカラーがまだ席に残っている。ルキノは配膳係のグリーンから、朝食を受け取ると、人目を避けて窓際の隅へと歩いていった。
「なんだ、ひどい顔色だな」
声をかけられ、テーブルを見るとロベルトが心配そうな顔をしてルキノを見ていた。
「ゆうべは、仕事だったのか」
「そういったことはお話できかねます」
ルキノはロベルトを無視して通り過ぎようとしたが、二の腕を捕まれた。
「冷たいな、またお願いしたいっていうのに」
ロベルトはルキノを強引に引き寄せようとした。捕まれた指の力強さにルキノは顔を歪めた。
「あなたは、今月分のポイントを使い果たしていますから、来月まではお受けできません」
ロベルトは明らかに鼻白んだ。同じテーブルについている同僚から、からかいのヤジが飛び、ロベルトの顔が険しくなった。
「心配してやってんだよ。おれは……」
だから人前に出るのは嫌なのだ。ルキノの眉間に皺が寄る。数回寝ただけで、よけいな感情など向けられたくない。物のように扱ってくれてかまわない。
「離せ、ヴァイオレットと必要以上に接触するな。規定違反だ」
いつの間にか、ガンダロフォがルキノたちの後ろにトレイを持って立っていた。ロベルトよりわずかに背の高いガンダロフォは眼鏡越しに冷たい視線でロベルトを見ている。
「ヴァイオレットは仕事をしているだけだ。おまえ個人の友人でも恋人でもない。またヴァイオレットの交代を早めさせるつもりか」
「ジュ、ジュリオとはあんただって……」
反論を試みたロベルトはホワイトカラーのガンダロフォに逆らうべくもなく、言葉の途中で顔をうつむけた。
「ブルーカラーふぜいが」
吐き捨てるように言うと、ルキノをロベルトから引きはがして肩を抱いた。
「行こう、飯の時間がなくなる。おまえらもだ。さっさと済ませて雪上車へ乗れ」
容赦ない命令口調に逆らえるものは誰もいなかった。
ガンダロフォは、大人しく食事を再開したロベルトたちブルーカラーの労働者を一瞥すると、ルキノの肩を押した。
「奥へいこう」
窓際は、ホワイト用に座席が確保されている。そこへ慣れた風情でガンダロフォは腰掛けた。
「座ってくれ。別に話したくないなら、それでいい。とにかく食事をしろ」
「基本、命令口調なんですね」
皮肉をこめてルキノは言ったが、ガンダロフォは気にもとめない様子だ。さっさとカップをもってスープを口に運んだ。
ため息を一つついて、ルキノは向かいがわに座った。
「頭の悪い連中は勘違いする」
「……」
「ブルーカラーは思慮がたりない。まあ、もとからないのだから責めても意味はないが」
ルキノは胃のあたりがむかつき、一度手にしたフォークを戻した。
「彼らのことをばかにしているのですか。ホワイトの自分とはインプット量が違うと?」
「……驚いたな、いやな目に合わされたくせに、助けたおれを非難するのか」
ガンダロフォは片頬をあげて笑ったが、眼光はするどく冷たかった。
「お言葉ですが不快というなら、あなたさまも」
「平気な顔をしていたくせに、しっかり根に持っているのか。ヴァイオレットはやっぱり喰えない奴が多いな」
「あなたの謝罪は事務局長から命じられて、しかたなくしただけでしょう?」
ガンダロフォは鼻を鳴らした。
「あなたがヴァイオレットの何を知っていると?」
ガンダロフォは肩をすくめると、それ以上はなにも話さず、ただ食事をした。
ルキノも口をつぐみ、朝食をとった。食欲はなかったが、むりやりに口に押し込んだ。
「……ジュリオと連絡がとりたいのですが、メールが不達に。原因はなんだと思われますか」
「さてね。管轄が移って更新が不十分か」
「ありえません」
「なら、意外と盲点でセントラル入りしたのかもな」
「なんのために?」
「さあね」
適当な受け答えから、ガンダロフォが最初から真面目に取り合う気がないことが知れた。それ以上は聞く耳持たぬといったようすで、ガンダロフォは立ち上がった。
「ヴァイオレットだけがセントラルで造られる理由がわかるか?」
「え?」
すかさずトレイを受け取りにアレッシオが小走りで近づく。頬をほんのりと上気させ、瞳を輝かせながらガンダロフォのそばに立つ。ルキノに意味ありげな視線を送り、すぐにガンダロフォに戻す。
面憎さにルキノの顔が歪んだ。
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