花の簪

ビター

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 酒場で出会った老人は、西域の楽器・ウードを胸に抱えていた。
ウードは琵琶よりも胴が卵型で丸く、竿が短い。その表面と竿には光る貝殻が象嵌されている。飴色の楽器は老人の手の中でしっくりと納まり、かなり長い年月を共にしているように見えた。
 老人は、この辺りではあまり見かけない彫の深い顔立ちだ。霜のおりた髪は、彼が信じる神の教えなのだろうか。切らずに伸ばし、ゆるく一つの簪でまとめていた。
 ここ数日は天気がよく、旅人たちは夜明け前に足早やに宿場をたって行く。夜遅くまでぶらついている者など、あまりいない。
 わたしは明日は休息を与えられたので、久しぶりにゆっくりと飲んでいたのだ。
 目が合うと彼は皺の奥の青い目を細めた。その色は砂漠の中にあるという言い伝えの湖を思い起こさせた。
「なにか語って聞かせてはくれないか」
 わたしの求めに彼は首肯した。
 そして、ウードが鳴らされた。かまどの炎が彼を照らす。老いた歌びとは、にわかには信じられぬほど高く澄んだ歌声を静かに響かせた。
 この歌びとは、『男』ではない。今では、めっきり数が少なくなったと聞く、その一人か。
 目を閉じ耳を傾けると、わたしは西の都の荘厳な門の前に立っていた……。
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