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時間は少しだけ遡る。

ドワーフタウンの学校へと転移する数時間前、王立貴族学院の入学式に列席しているデュークフリード・シャルディーア辺境伯は娘エリーの制服姿に感動していた。

「うぅぅぅ~エリー、こんなに立派になって……」
「もう、ただ制服着て並んでいるだけじゃないの。何をそんなに感動することがあるのかしら。まったく……セバス」
「はい、アリー様。旦那様、こちらをどうぞ」
「……ああ、ありがとうセバス」

セバスが用意したハンカチを受け取り、デュークは両目から流れ出る涙を拭う。

「まったく……この後、ドワーフタウンでの入学式にも出て式辞を述べないといけないってのに。目元が腫れたらどうしようかしら」
「奥様、心配はご無用です」
「あら、もしかしてケイン君に頼むのかしら?」
「ええ、それしかないかと……」
「まあ、その時はそうなるわね。それにしても……」
「うぉ~エリー!」
「……」

少し声が大きかったのか、他の生徒と並んでいたエリーが一瞬、嫌そうな顔でデュークの方を一瞥した。

「オオ! エリーがこっちを見たぞ! エリー!」
「もう、止めなさい! セバス!」
「はい、お任せを。失礼します。旦那様」
「セ、セバス、何を……グッ……」

セバスがデュークの背後から軽く『トン』と首トンをするとデュークはその場で動かなくなる。そして、それを見たアリーが感心したように漏らす。

「相変わらずね」
「恐れ入ります」
「でも、後でエリーの晴れ姿を覚えていないってなったらそれはそれで面倒ね」
「その点は抜かりなく」
「あら? それはどうして?」
「はい。配下の者に記録するように頼んでいますので。漏れはないかと」
「ふふふ、それはそれでアリーが怒りそうね」
「はい。ですが、この時は一瞬なので……逃す理由にはいきません」
「そうよね。それなのに……ハァ~」

セバスの言葉に静かになったデュークをアリーはジッと見る。

『……最後になるが、これからの学院生活に幸多からんことを祈る』

壇上では王太子であるオズワルドがそう締めくくると軽く手を振り退席する。

「どうやら、無事に終わったようね。マリーがグズってないといいけど」
「では、支度をしてまいります」
「ちょっと、コレはどうするのよ。コレ!」
「もうすぐ意識が戻ると思いますので、そのままでお待ち下さい」
「そ。なるべく早くね」
「はい」

閉式となり、他の列席者も三々五々と散っていく。そしてセバスを待っているアリーの元にエリーが小走りに駆け寄って来る。

「お母様、早く帰りましょ」
「ちょっと待ちなさい。今、セバスが支度をしてくれているのだから」
「そうなんだ。ねえ、この後ケイン君のところに行くんでしょ?」
「そうよ、お昼過ぎになるけどね」
「じゃあ、このままの格好で行ってもいい?」
「あら、制服のままで? 着替えないの?」
「うん。だって、ケイン君に見てもらいたいもん!」
「そう。なら、汚さないようにしないとね」
「うん!」
「なら、私もこのままの格好でいいかな?」
「「へ?」」

アリーとエリーが益体もない話をしていると横から誰かが話に加わって来たので、驚いてその人物を確認すると、アリー達は揃って驚いてしまう。

「どうしたのですか? それよりもシャルディーア伯は大丈夫なのですか?」
「あ! すみません。今、起こしますので……ちょっと!」
「……ん? どうした? ふぁ~あ、ん? どうして、王太子殿下がここに? ……って、式は! 入学式は!」
「もう、お父様。入学式は終わったの」
「終わった……そんな、折角のエリーの晴れ舞台だってのに……」
「もう、だからそれがイヤだって言ってるの! お父様なんてキライ!」
「そんな……エリー」

意識を取り戻したデュークに待っていたのは、いつの間にか入学式が終わっていたことと、『お父様キライ!』の一言だった。そして、その一言でデュークは再び意識を失ってしまう。

「あ~私はどうすればいいのかな?」
「しばらくお待ち下さい」
「セバス……」

しばらくした後、デュークが目を覚ますといつの間にか王都の屋敷へと戻っていたようで、ソファの上でゆっくりと身を起こす。

「……なんだったんだろう。ヒドく悪い夢を見ていたような気がする」
「ほう、ヒドい夢とは?」
「入学式がいつの間にか終わっていて、そしてエリーに『お父様キライ!』と言われた夢を見た」
「なるほど。だが、残念ながらそれは全て事実だね」
「そ、そんなぁ~……って、さっきから誰だ! あ……」
「やっと気が付いた様で嬉しいよ。シャルディーア伯」
「……え? 王太子殿下。なぜここに?」

やっと意識を取り戻したデュークに対し悪夢だと思っていたことが事実であることを突きつけたのは目の前にいる王太子であり、その王太子がなぜここにいるのかと疑問に思う。

「なぜってドワーフタウンに行くからじゃないか……それがどうかしたのかい?」
「どうかしたのかって……」

デュークはちらりと王太子を顔を見るが、そこにはイタズラが成功したように満面の笑みを浮かべていた。

「ハァ~」
「もう、ここまで来られたからにはしょうがないでしょ。腹を括りなさい」
「アリー、そうは言うがな」
「私は気にしないから」
「私達が気にするんです!」

王太子の飄々とした対応にデュークも少しイラつき、思わず大きな声が出てしまい王太子もビクッとしてしまう。

「もう、ビックリするじゃないか」
「いいですか! 王様も……あなたのお兄様もいないこの状況で少し気を抜きすぎじゃないんですか?」
「それを言われると少々思わないでもないが、その原因を作ったのは君じゃないのか?」
「グッ……いや、それはそうかも知れませんが……ソレは王様達が欲をかいたせいじゃないかとも言えるのではないかと」
「ふぅ、まあね、そうとも言えるけどね。でも、実際にああいうのを目の当たりにすると欲が刺激されるのは分からないでもないけどね」
「ならば……」
「だから、よく知らないから欲を刺激されるのなら、真正面から向き合ってちゃんと知ればそういう欲が刺激されることもないかと。これでも多少は考えているんだよ。偉くない?」
「ハァ~分かりました。そういうことにしておきます」
「ヒドいな」

デュークは『どう見ても好奇心盛々』な王太子を見て嘆息するしかなかった。

『また、ケインに怒られる……ハァ~』
「シャルディーア伯よ。そんなに思い詰めているとハゲるぞ?」
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