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二話 『恵里香』

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『宮内 恵里香』は日本屈指のダイヤメーカー、宮内財閥の一人娘である。

 アイドルのようなオーラを身にまとい守ってあげたくなるような魅力に溢れた女性だ。

 しかも父親が過保護で、外出はいつも車での送迎、その為か、肌が白く透き通って神秘的なオーラを感じさせる。──ただ当の本人は自由がないことにイラ立ちを募らせていた。


──いつか好きなように外出したい!


 母がいた頃は私はここまで管理されていなかった。小学生の頃は友達と普通に下校していた。駄菓子屋に行き、袋に入ったお菓子を買って公園で食べたものだ。

  男子がゲームソフトを片手に得意げに、『これVRMMOなんだぜっ』て話しかけてきて、誘われるがまま、倉庫のような場所へ向かい、ゲームを始めたんだ。仮想空間? だっけ……。

 眼鏡型の機材をかけることでゲームの世界に入り込む。ゲームの中は現実世界と似ていた。物に触ると感覚もあるし、自由に歩くことも出来て、ムチャ驚いた。2人でモンスターを倒しておしゃべりしてずっとこんな風にまったりと過ごせたらいいなって思ってた……。

 この男子の机の椅子に腰かけているだけなんだけどね。

 私はこの男子が好きだったのかもしれない。誰にでも気さくに話すところ。とびっきりの笑顔で話しかけてくるところも。

  それは家のお手伝いさんと違い、作り笑顔をしていない。そんなところに惹かれたんだ。

 私は子供の頃、お屋敷で意地悪をされることも幾度とあった。いつもはお父様と二人の食事なんだけど、その日は忙しかったようで、一人だけで昼食を摂っていた。

 その時、食事を運んできたメイドがテーブルの上に食事を置くと、パンをコンソメスープに漬け込みやがった。そして、こちらを見てニヤニヤしてきたことを昨日のことのように思い出す。

 私は本来は大人しい性格で

「はぁ……」

 とか言っていたんだけど、掃除している時に箒でわざとゴミをかけられた瞬間。溜まりにたまっていたものが、爆発。私のなかで何かがキレた。

「いい加減にしなさい!」

 と、メイドに向かって喚き散らした。いつも意地悪な表情で私を見下していたメイドは深海魚のように目を大きくパチクリさせて口もパクパクしてた。事の重大さを理解したんだと思う。最後は土下座してた。

 その時、私は決めたんだ!


 ──人にはキツく当たろう。優しさなんて全く必要ないと。


 黒服のうちの警備担当が私の居場所を突き止め、VRの眼鏡を外したことで、リアルの世界(男子の部屋)に戻された。家に帰ると両親が怒っていた。いつもは優しいはずなのに、この時ばかりは訳が分からなかった。

 そうこうしているうちに母が病気で亡くなり、私は運転手付きでの外出に変わってしまった。                   
 
   今日は大学の授業がお昼過ぎから休講。おめでたいことに助教授に子供が生まれたらしく、急遽病院へかけつけることになったらしい。

 生徒はもちろん大喜びでみんな友達同士集まり、カラオケに行こうとか話してるのが聞こえてきた。

 時間になると送迎の車が来るのでどこにも行けず。友達すら作れない。残ってレポートを済ませてもいいけど、これはチャンスだと校門を潜り抜けた。

 普段、車窓から眺めている景色が、徒歩だと違うものに見えてくるから不思議だ。銀杏の並木通りを歩き、古い神社を抜けると、もう少しでデパートが見えてくるはず。

  季節は10月で涼しい風が吹いている。風のように誰か私をどこかに連れてってよ。どこでもいいから。ふとそんな思いに駆られてしまう。

 デパートの壁には『VRMMO始動 本日発売日』と書かれたポスターが貼られていた。自動ドアが開き、揚げ物の匂いと焼き芋のミックスしたような香りが鼻を刺激する。

 エスカレーターに乗り、上の階へと向かう。

 壁にはまたもや『VRMMOいよいよ新作登場』と書かれたポスターが張り付けられていた。懐かしいな。小学生の頃を思い出す。ちょっと見にいこうかしら。

 VRMMOはおもちゃ屋さんの隣にある透明なガラスケースの中に大切に並べられていた。どうやらあの頃の眼鏡型のハードが薄型になり前よりも小型になったみたい。

 今日発売の『Lack the world』いよいよ始動と書かれている。世界を冒険して素敵な恋人を作り、人生を謳歌しようじゃないか!

 これはキャッチコピーよね。何だか今の私には惹かれるものが大いに有った。

 ──家にいても他の誰かと自由に遊んだり、デートしたり出来るじゃない。

 ふと横を見るとイケイケの彼氏を連れた化粧の濃い女性が、

「こんなVRMMOなんてオタクぐらいしかやらないでしょ?」
「そうだよな。リアル彼女がいないような時間を持て余しているやつしかやらんよ」
「それより、カフェでもいってデザート食べよー!」
「いこうぜ!」

 オタクってなんだ?

 私は吹っ切れた。あんなバカなカップルには分かんないんだろう。 

「これ頂いてもいいかしら」
「はい? ん? あれ? あーーっ!」
「なに?」
「もしかして、えりか?」
「あー! もしかして!」

 何と言う偶然だろう。こんなところで小学生の頃勝手に思いを寄せた男性に会うとは、世間は狭すぎだよー。

「懐かしいなー。なんか買うの? そうそう俺、先月結婚したんだ」
「そう、おめでとう! 彼氏にVRMMO買ってきてと言われたの」
「まじかぁ、それなら昔のよしみでもう一つプレゼントしてあげるよ」
「いらないわよ!」
「遠慮しなくていいから」

 私は何で、いもしない彼氏を創作してしまったんだ。

「ソフトはどうするの? このタイミングだと『Lack the world』だと思うよ」
「そうそう、それでいいわ」
「今日は創業10周年で福引あるんだけどやる?」
「やんない」

 レジ前でそいつは勝手にガラガラをくるりと回すと、ぽろっと玉が射出された。

 ──赤い玉がコロッと出てきた。

「これは何等なの?」
「おっ、おめでとーっ!」
「もう一つソフト適当に入れとく!」

 彼が手にしたのは二つ目の『Lack the world』
 もしできることなら、この人とまた一緒にゲームしたかった……。

 あーもう。誰か彼氏になってくれる人、この世界にいないのおおおおおおー! 

 紙袋を片手に鞄を背負う。少し疲れてきた。普段車での送り迎えがこんなところで体力のなさを感じさせる。

 前の方からおじさんが歩いてくる。変なクマのプリントが入ったTシャツにクシヤクシャのジーンズだ。あーゆうのがオタクよね。関わりたくないわ。

 気分転換に曲でも聞こうかしら。MPプレイヤーの電源を入れた。踏切が見える。もう10分ぐらい歩けば大学のはず、そこで送迎の車を呼ぼう。

 冒険も終わりだわ。歩道を歩くのもいいけど、たまには少し線路も歩こうかしら。砂利道のハイヒールはゴツゴツして歩きにくい。でもそんな歩きにくさがいいんじゃない。線路の上に登り、一歩前に出そうとしたら、挟まった……。

 何で?

 ──そのまま力いっぱい押し上げると、足首に鈍痛が走る。

 捻った。ヒール取らないと。しゃがみこんで両手で取ろうとしたけど、紙袋が邪魔。脚は痛いし、ヒールは取れない。イヤホンが片方耳から零れ落ちた。

 ──ん?

 『パァーン!』

 電車の汽笛が遠くから鳴る。

 やばい向こうから電車が近づいてきた。

 このハイヒールは駄目だ。早く前へ、

「痛っ!」

 やばい。歩けない。体中の血液が凍り付いた。

 音が鳴り響き、電車が近づいてくる。誰か助けてよ! お願いします! 誰でもいいからあああああー!

 ──かみさま……!

 蹲り、諦めかけた。──その時。


「乗って!」

 誰なの? 顔は分からないけど、細身の男性が私の前でしゃがみこむ。

 私は思い切って、その背中に体を預けた。

 見た目とは違い筋肉質で心地よかった。ホッとするような安心感があった。このTシャツ? よれよれ?

 なんか動画サイトでこんな人を見たことがある。アルバイトしかしてなくてアニメやゲーム、フィギュアにハマってる人だっけ? あの時は鳥肌が出るくらい気持ち悪かった。

 どうしてそんな趣味になってしまったのか? 謎だ。女子高、女子大学とエスカレーター式に上がってきたから分からない。

 女性のことを神聖なものとみること事態間違っている。がさつで汚い女性も多いし。夏なんて脚を開いてスカートの中をうちわでパタパタとあおぐやつとか平気でいるんだから。男性の心が特に理解できない。

 確か目つきがキモかったような気がする。目がうつろで何考えているか分からない。

 そんな人種とは関わりたくないと思ってきた。

 この人ってオタクなのかな? でも、明らかにオタクとは違う行動。私を助けてくれた。駆けつけてくれた。そういえば顔はどんな感じだ?

 ここは人通りが多くて、前からも後ろからも歩く人が多い。見てた人も多いのに、見て見ぬふりのやつばかり。そして助けてくれたのはこのヨレヨレTシャツ男だけ。

 ──もしかしたら、この姿は仮の姿で本来は違う中身なのかもしれない。

 踏切を渡り終えた彼が振り向く、うん、悪くない……。

「ありがとう。VRMMOやらない?」

 私にとっては付き合わない?  それと同義だったんだけど、やっぱり通じるわけないよね。少し緊張して震えちゃったじゃない。ばっか……。
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