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㉝【最終話】
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それからの話。
翌年の春に映画が公開され私たちは映画館に向かった。
公開前のカレンの騒動もあり映画の前評判は期待の眼差しは批判めいたものへと急変。監督いわく最悪な出だしだったらしい。噂を聞いて面白半分で来場した人も多かったとか。
現に映画が始まる五分前まで座る隣の列に座る客は当作品についての噂話に花を咲かせていた。緊張感が上り詰めた状態で長い予告紹介が終了しいよいよ本編へ。
映画が始まってから客の反応は変わった。
それは冷やかしや面白半分で観に来た人を号泣させるほどの出来栄えだった。
役者の演技はもちろん(私も含め)、音楽、カメラアングル、間の取り方やカットの仕方も秀逸で非の打ち所のないものに仕上がっている。まさに傑作だった。
「すげぇ」
隣に座る温厚で物腰の柔らかな幼馴染がいつになくワイルドな口調で呟いた。かくいう私も自分の映画に感動してハンカチを濡らしていた。
マイナスのイメージはみるみるうちに覆され映画は反響を呼び劇場で半年間も上映されるけっこう、否かなり凄い結果となった。
それからしばらくして監督に会う機会があったけれど、監督は、
「あの事件があったおかげでかえって多くの人に関心を持ってもらえたよ。結果オーライ、いや、すべて俺の計画通りだよあっはっは!」
ご満悦だった。やっぱりこの人は相変わらずだった。
いっそこの性格のまま貫き通してほしい。
一方で辞退をし自ら過ちを告白した安城だが、彼女はあれからメディアから姿を消した。
今所属している事務所も辞めると申請したらしいが若社長が涙を流しながら必死で止めたという。
「もう一度自分と向き合ってゼロからやり直したい」
そう言った安城は現在は地方をまわって学校や児童館で行われる演劇のボランティアに携わっている。
面倒見のいい若社長は地方のイベントや冊子のモデルの仕事を提供し彼女のメディア復帰を支援しているそうだ。
そしてくーちゃん。
驚くことにくーちゃんの描いた映画のポスターが有名な画家の目に留まり弟子入りすることになったんだって。
近々腕試しも兼ねて小さな個展を開く予定だとか。凄い!
力を入れすぎて師匠のアトリエで徹夜続きのくーちゃんの目は危なく光りその下には濃い隈ができていた。
今度差し入れを持っていこうと思う。
私の周りは目まぐるしく変化している。
みんな、未来に向けて前を向いて歩いていく。
「あら、先生。それ新作ですか?」
便箋に筆を走らせていると、後ろから声をかけられた。祝井さんだ。
「あ、いえこれは私用です」
天国にいる姉に近況報告の手紙を書いていたことは伏せておく。
「なんだ私用かぁ。原稿の進み具合を偵察しに来たのに。それじゃまだ進んでませんよね」
「これお土産です」と祝井さんは紙袋から取り出した箱菓子をテーブルに置いた。
「いえ原稿は書き終えてます。あとは校正お願いします」
「ええっ早い! さすが今をときめく話題の作家先生だ」
「もう祝井さん。先生って呼ぶの勘弁してください。今までと同じように天野でいいですって」
「何言ってるの。デビュー作から現在の五作品目まで全てヒットそしてメディア化! もう立派な大作家よ」
目指せ百万部のベストセラー! と祝井さんは拳を天井に突き上げる。今日の彼女はややテンション高めだ。
「もう、祝井さんてば」
私はというと。
私は大学を卒業した後東京から地元に戻り現在は自宅近くのアパートを借りて執筆の仕事を続けている。
東京の喧騒はどうも私には落ち着かなくて。やっぱ地元ののんびりとした空気が自分には合っていた。
自宅に近いところを探していたわけではないが、安い物件を探し回ったところたまたま自宅近辺に空いた物件があったのでそこに決めた。
ただ、なんの報せもなく家の中で母が茶を啜っている光景は未だにぎょっとする。たまに部屋の掃除もしている。
まあ家族だから別にいいんだけど、ちゃんと自立したいから大学卒業後も一人暮らしを決意したのに。
デビュー作の【片翼で空は翔べるか】を書き終えた後も私は執筆を続け二作目、三作目と次々と作品を書き続けている。
私のお願いで担当編集は祝井さんに続けてもらうことにした。
未だに内向的な自分には面識がある人が必要不可欠だから。それに祝井さんなら心強い。
「完成した原稿はあっちです。ちなみに次の作品のプロットも置いてあります」
「次の作品!? 天野さんいつ寝てるの?」
「徹夜で書きました。寝るのがもったいないので。それよりも書きたいことがたくさんあるんです」
「よく次から次へと書く文句が出てくるわね……」
祝井さんの驚きからやや呆れの混じる呟きに私は笑顔で応じた。
「はい。書きたいことがいっぱいです。私が生きてる間に全ての主張を書き尽くせるか心配になるほど」
「なんか天野さん、初めて会った時と変わったね」
「そうですか? 自分ではそんな気しないですけど」
でも、そうかもしれない。
私は自分の気持ちを言えない人間で、それがずっとコンプレックスだった。
でも私は知った。
知ってしまった。
文字を書き表現することで自分の世界を新たに拓くことができるって。
文章で人の心を動かすことができるって。
私は小説に救われた。
小説を通していろいろな人たちに支えられて今日まで生きることができている。
『もう、大丈夫だね』
ふと。
右隣からそんな声が聞こえた気がした。
右の窓からは真っ青な空が見える。初夏の風がさらりと髪を優しく撫でた。
もうすぐ夏がやってくる。
澄んだ空を見つめ、私は誰にも聞こえない声で呟いた。
「あなたがいたから頑張ってこれた」
“ありがとう”
私の声は初夏の青空に呑み込まれていった。
青色の希望は果てしなくどこまでも広がっている。
翌年の春に映画が公開され私たちは映画館に向かった。
公開前のカレンの騒動もあり映画の前評判は期待の眼差しは批判めいたものへと急変。監督いわく最悪な出だしだったらしい。噂を聞いて面白半分で来場した人も多かったとか。
現に映画が始まる五分前まで座る隣の列に座る客は当作品についての噂話に花を咲かせていた。緊張感が上り詰めた状態で長い予告紹介が終了しいよいよ本編へ。
映画が始まってから客の反応は変わった。
それは冷やかしや面白半分で観に来た人を号泣させるほどの出来栄えだった。
役者の演技はもちろん(私も含め)、音楽、カメラアングル、間の取り方やカットの仕方も秀逸で非の打ち所のないものに仕上がっている。まさに傑作だった。
「すげぇ」
隣に座る温厚で物腰の柔らかな幼馴染がいつになくワイルドな口調で呟いた。かくいう私も自分の映画に感動してハンカチを濡らしていた。
マイナスのイメージはみるみるうちに覆され映画は反響を呼び劇場で半年間も上映されるけっこう、否かなり凄い結果となった。
それからしばらくして監督に会う機会があったけれど、監督は、
「あの事件があったおかげでかえって多くの人に関心を持ってもらえたよ。結果オーライ、いや、すべて俺の計画通りだよあっはっは!」
ご満悦だった。やっぱりこの人は相変わらずだった。
いっそこの性格のまま貫き通してほしい。
一方で辞退をし自ら過ちを告白した安城だが、彼女はあれからメディアから姿を消した。
今所属している事務所も辞めると申請したらしいが若社長が涙を流しながら必死で止めたという。
「もう一度自分と向き合ってゼロからやり直したい」
そう言った安城は現在は地方をまわって学校や児童館で行われる演劇のボランティアに携わっている。
面倒見のいい若社長は地方のイベントや冊子のモデルの仕事を提供し彼女のメディア復帰を支援しているそうだ。
そしてくーちゃん。
驚くことにくーちゃんの描いた映画のポスターが有名な画家の目に留まり弟子入りすることになったんだって。
近々腕試しも兼ねて小さな個展を開く予定だとか。凄い!
力を入れすぎて師匠のアトリエで徹夜続きのくーちゃんの目は危なく光りその下には濃い隈ができていた。
今度差し入れを持っていこうと思う。
私の周りは目まぐるしく変化している。
みんな、未来に向けて前を向いて歩いていく。
「あら、先生。それ新作ですか?」
便箋に筆を走らせていると、後ろから声をかけられた。祝井さんだ。
「あ、いえこれは私用です」
天国にいる姉に近況報告の手紙を書いていたことは伏せておく。
「なんだ私用かぁ。原稿の進み具合を偵察しに来たのに。それじゃまだ進んでませんよね」
「これお土産です」と祝井さんは紙袋から取り出した箱菓子をテーブルに置いた。
「いえ原稿は書き終えてます。あとは校正お願いします」
「ええっ早い! さすが今をときめく話題の作家先生だ」
「もう祝井さん。先生って呼ぶの勘弁してください。今までと同じように天野でいいですって」
「何言ってるの。デビュー作から現在の五作品目まで全てヒットそしてメディア化! もう立派な大作家よ」
目指せ百万部のベストセラー! と祝井さんは拳を天井に突き上げる。今日の彼女はややテンション高めだ。
「もう、祝井さんてば」
私はというと。
私は大学を卒業した後東京から地元に戻り現在は自宅近くのアパートを借りて執筆の仕事を続けている。
東京の喧騒はどうも私には落ち着かなくて。やっぱ地元ののんびりとした空気が自分には合っていた。
自宅に近いところを探していたわけではないが、安い物件を探し回ったところたまたま自宅近辺に空いた物件があったのでそこに決めた。
ただ、なんの報せもなく家の中で母が茶を啜っている光景は未だにぎょっとする。たまに部屋の掃除もしている。
まあ家族だから別にいいんだけど、ちゃんと自立したいから大学卒業後も一人暮らしを決意したのに。
デビュー作の【片翼で空は翔べるか】を書き終えた後も私は執筆を続け二作目、三作目と次々と作品を書き続けている。
私のお願いで担当編集は祝井さんに続けてもらうことにした。
未だに内向的な自分には面識がある人が必要不可欠だから。それに祝井さんなら心強い。
「完成した原稿はあっちです。ちなみに次の作品のプロットも置いてあります」
「次の作品!? 天野さんいつ寝てるの?」
「徹夜で書きました。寝るのがもったいないので。それよりも書きたいことがたくさんあるんです」
「よく次から次へと書く文句が出てくるわね……」
祝井さんの驚きからやや呆れの混じる呟きに私は笑顔で応じた。
「はい。書きたいことがいっぱいです。私が生きてる間に全ての主張を書き尽くせるか心配になるほど」
「なんか天野さん、初めて会った時と変わったね」
「そうですか? 自分ではそんな気しないですけど」
でも、そうかもしれない。
私は自分の気持ちを言えない人間で、それがずっとコンプレックスだった。
でも私は知った。
知ってしまった。
文字を書き表現することで自分の世界を新たに拓くことができるって。
文章で人の心を動かすことができるって。
私は小説に救われた。
小説を通していろいろな人たちに支えられて今日まで生きることができている。
『もう、大丈夫だね』
ふと。
右隣からそんな声が聞こえた気がした。
右の窓からは真っ青な空が見える。初夏の風がさらりと髪を優しく撫でた。
もうすぐ夏がやってくる。
澄んだ空を見つめ、私は誰にも聞こえない声で呟いた。
「あなたがいたから頑張ってこれた」
“ありがとう”
私の声は初夏の青空に呑み込まれていった。
青色の希望は果てしなくどこまでも広がっている。
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