恋以前、以後愛。

秋月流弥

文字の大きさ
上 下
5 / 6

5話

しおりを挟む
俺たちのぎこちない家族関係が始まってから三ヶ月が経過した。

季節は秋から冬になった。

今日はクリスマス。
早めに仕事を終えた父は清香さんと共にクリスマス用のごちそうを用意してくれていた。
「今日は奮発しちゃった!」
「桃ちゃんと悠樹の好物ばかり揃えたんだぞ」
きらびやかなごちそうは本当に美味しそうで、芳しい香りと温かな湯気を放っていたが、テーブルに着いた人数はまだ三人。

そこに卯月の姿はなかった。

「どうしたのかしら。欲しい本があるって出てったきり。夕飯までには帰るって言ったのに。あの子ったら」
「心配だな。雪も降ってきたし。なにかあったら大変だ」
「何度も携帯に連絡してるのに返信もないのよ」
携帯にメール送信をした瞬間どこかで着信音が鳴る音が聞こえた。
卯月の部屋の机の上で彼女の携帯が振動で震えていた。

あいつ、携帯持たずに家を出たのか。

「俺、見てくるよ!」


俺は雪の降るなか、家に帰らなくなった卯月を探し回った。

「……あ!」
息があがるほど走った先、家から学校の通学路の間にある公園で卯月を見つけた。
雪降る公園で、彼女は遊具のトンネルの中で膝を抱えうずくまっていた。

「卯月!  いた!  どうしたんだよこんなところで!  探したんだぞ!!」
「……」

卯月は何も言わない。

「帰るぞ。父さんも母さんもごちそう用意して待ってる。クリスマスだぞ。こんな寒いところ出て家でごちそう食おうぜ。皆心配してる」
「心配してる……?」
「ああ。清香さんも心配してる。お前携帯持たずに出てっちゃダメだろ」
「どうしよう片瀬。私、たまにお母さんを殺したくなる……っ」

くぐもった声から物騒な言葉が紡がれた。

「え……?」
「いつも私を振り回して、私が辛いの知ってるクセに!  私が苦しんだ分だけお母さんももっと苦しめばいいんだ……!」
物騒な言葉なのにその声からは悲しみの方が大きく感じられて、切なさが込み上げていて。

俺は肩を震わす彼女の隣にしゃがみ、卯月の悲鳴に耳を傾けた。

「こんなこと言ったら不謹慎だけど、私、児童施設の子が羨ましい。あの子たちは親と一緒に暮らさなくて済むもの」

伏せた顔の下からずずっと鼻水をすする音が聞こえる。
卯月は今泣いている。

「あんたと啓介さんを見てると思い知る。本来の親子ってこうなんだろうなって。私の求めてたものはああいうのだって。あんたたち見てると辛い」
「卯月」
「他人行儀にもなるわよ。“また失う”どころか“本当の家族”すら知らないままなんだから!!」

心からの叫びだった。

俺が強いと思ってた卯月なんていなかった。
本当は全然大丈夫じゃなかったんだ。
ずっと傷ついて苦しんで、そうやって一人ですべてを抱え込んできたんだ。

「私は私が成長するまであの人といなければいけない。ずっとあの人とフラフラ生きてかなくちゃいけない。あの母親と血が繋がってる自分が嫌」
「そんなこと言うなって」
「血は遺伝なの。切っても切れないの。あんたと啓介さんが羨ましい。ずっと羨ましかった」

嗚咽まじりに弱々しく言う彼女の身体はいつもより小さく見えた。
「私もいずれお母さんのようになるんだわ」
これからも彼女は温かなものに触れる度に傷つかなければならないのだろうか。

そんなこと、させない。

「いいや、ならないね」
「え……?」
「なぜならお前は俺の父さんの子でもあるからだ」
「違うわ。だって、私は」

「血が繋がってなくてもさ、今のお前の親の片方は俺の父さんであることに違いはないだろ。父さんはお前こと本当に娘として大切にしてるよ。お前はもう俺の家族の一員なんだ」

「片瀬……」
「な、家に帰るぞ」
「イヤ」
「イヤ!?  いい感じで締めたじゃん!  ほら立てよ」

卯月は頑なに動こうとしない。

「お前、マジで頼むよ……俺薄着で出てきちゃったからじきに凍ってしまうぞ」
「違う!  顔!  ティッシュ持ってないの!」
顔をあげた卯月の顔面は鼻水と涙まみれだった。
「あははは!」
「見るな!」
「ほらふいてやる!  ちーんしろ、ちーん」
「……あんた用意良いね」
「父さんにティッシュハンカチくらいは最低限持ち歩けって言われたから」

……あ。
「……やっぱポケットティッシュは枚数少なくてダメだな。家帰れば鼻かみ放題だぞ。ほら鼻ゴージャス?  あれ、マジで名前出てこない」
「ふふっ」
卯月が笑い声をあげた。
彼女の笑う声を初めて聞いた気がした。
「笑うと可愛いぞ妹よ」

「急に兄ぶらないで。お腹空いちゃった。心配かけてごめん。帰ろう悠樹・・

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。 幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。 そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。 けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?! 元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。 他サイトにも投稿しています。

一目惚れ

詩織
恋愛
恋も長くしてない私に突然現れた彼。 でも彼は全く私に興味なかった

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

処理中です...