1 / 6
1話
しおりを挟む
「ここの問題を、小森さん……あ、いけない、卯月さんだった。お願いします」
担任教師が小さく間違いを訂正したことから始まった。
黒板に書かれた問題を解く彼女を見て担任は申し訳なさそうに謝る。
「卯月さんごめんなさいね。名簿まだ直してなくて。他の先生にも伝えておくから、卯月さんからもどんどん遠慮なく言ってね」
「はい」
一言、卯月桃はそう言った。
澄んでいるのに冷たい声。
それは美しいのにどこか温度を感じない彼女の容姿とも一致していた。
チョークを置き、自分の席に戻る彼女を見て、クラスメイトの誰かが呟いた。
「また“ナナシ”の親離婚したんだ」
「また卯月の姓に戻ってる。小森になってからまだ一年だぞ。今回も短い結婚だったな」
「ばか。それじゃナナシが結婚してたみたいじゃん」
「どっちにしろ親が結婚離婚繰り返してたらナナシも近い未来そうなるだろ。同じだよ」
クラスの中から小声で不躾な意見が飛び交った。
“ナナシ”
卯月桃につけられたあだ名。
彼女の母親が再婚離婚を繰り返すことで、たびたび変わる名字が安定しないことからつけられた彼女の呼び名である。
「俺ナナシと小学校同じでさ。ナナシって小学時代六年間で名字が三回も変わってんだよ。二年の時が初瀬で五年が佐藤、そんで六年の時が今別れたての小森」
「うそ。そんなに?」
「中学入ってからも伝説つくれそうだよな。最短記録でも目指すか。なーナナシ」
ったく。中学生にもなってガキな連中だな。
赤の他人である俺が心ないクラスメイトの言葉に苛立ちを覚えるも、とうの本人である卯月は表情筋一つ動かすことなく完全無視で教科書に目をおとしていた。
「……」
「……!」
ずっと後ろから見つめていた俺の視線に気づいたのか彼女は一瞬振り返り俺と視線を交えるも、何事もなかったように再び教科書へ視線を戻す。
“ナナシ”と呼ばれる彼女。
ナナシと呼ばれようが小学生の頃から離婚再婚を繰り返してようが俺には関係ない。
中学で出会ったただのクラスメイトのうちの一人。
俺にとって卯月桃はそれだけで終わる関係だった。
「ナナシの次の名字はなんだろうなー」
「よし次の名字当てた奴に給食のプリン!」
「プリンって来週だろ!」
でも俺は知っている。
彼女の名字が明日から片瀬桃になることを。
片瀬悠樹。
俺と同じ名字になることを。
俺の父親と彼女の母親は今日役所に結婚届けを提出する。片親同士の再婚だ。
そう。
明日から俺たちは義理の兄妹になる。
担任教師が小さく間違いを訂正したことから始まった。
黒板に書かれた問題を解く彼女を見て担任は申し訳なさそうに謝る。
「卯月さんごめんなさいね。名簿まだ直してなくて。他の先生にも伝えておくから、卯月さんからもどんどん遠慮なく言ってね」
「はい」
一言、卯月桃はそう言った。
澄んでいるのに冷たい声。
それは美しいのにどこか温度を感じない彼女の容姿とも一致していた。
チョークを置き、自分の席に戻る彼女を見て、クラスメイトの誰かが呟いた。
「また“ナナシ”の親離婚したんだ」
「また卯月の姓に戻ってる。小森になってからまだ一年だぞ。今回も短い結婚だったな」
「ばか。それじゃナナシが結婚してたみたいじゃん」
「どっちにしろ親が結婚離婚繰り返してたらナナシも近い未来そうなるだろ。同じだよ」
クラスの中から小声で不躾な意見が飛び交った。
“ナナシ”
卯月桃につけられたあだ名。
彼女の母親が再婚離婚を繰り返すことで、たびたび変わる名字が安定しないことからつけられた彼女の呼び名である。
「俺ナナシと小学校同じでさ。ナナシって小学時代六年間で名字が三回も変わってんだよ。二年の時が初瀬で五年が佐藤、そんで六年の時が今別れたての小森」
「うそ。そんなに?」
「中学入ってからも伝説つくれそうだよな。最短記録でも目指すか。なーナナシ」
ったく。中学生にもなってガキな連中だな。
赤の他人である俺が心ないクラスメイトの言葉に苛立ちを覚えるも、とうの本人である卯月は表情筋一つ動かすことなく完全無視で教科書に目をおとしていた。
「……」
「……!」
ずっと後ろから見つめていた俺の視線に気づいたのか彼女は一瞬振り返り俺と視線を交えるも、何事もなかったように再び教科書へ視線を戻す。
“ナナシ”と呼ばれる彼女。
ナナシと呼ばれようが小学生の頃から離婚再婚を繰り返してようが俺には関係ない。
中学で出会ったただのクラスメイトのうちの一人。
俺にとって卯月桃はそれだけで終わる関係だった。
「ナナシの次の名字はなんだろうなー」
「よし次の名字当てた奴に給食のプリン!」
「プリンって来週だろ!」
でも俺は知っている。
彼女の名字が明日から片瀬桃になることを。
片瀬悠樹。
俺と同じ名字になることを。
俺の父親と彼女の母親は今日役所に結婚届けを提出する。片親同士の再婚だ。
そう。
明日から俺たちは義理の兄妹になる。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

それでも好きだった。
下菊みこと
恋愛
諦めたはずなのに、少し情が残ってたお話。
主人公は婚約者と上手くいっていない。いつも彼の幼馴染が邪魔をしてくる。主人公は、婚約解消を決意する。しかしその後元婚約者となった彼から手紙が来て、さらにメイドから彼のその後を聞いてしまった。その時に感じた思いとは。
小説家になろう様でも投稿しています。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる