ときめく春と俺様ヒーロー

秋月流弥

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⑥《最終話》

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 中学時代、私はからかいの的だった。
 太った体型、地味な顔立ちのせいで周囲からは『デブスちゃん』と罵られてきた。
 学校に行くのが辛かった。
 鉛が詰められたように重い足で毎日学校へ行った。
 転機が訪れたのは、ある日の通学路。
 学校へ行く途中、友達と笑いあいながら登校する天ヶ原学園の女子生徒とすれ違った。
 きらびやかな制服に弾む声。
 その子たちは楽しそうで、キラキラと輝いていた。
 きっと、学校生活も充実しているんだろうな、と想像すると羨ましくなった。

「私もあそこへ行ったら、幸せな毎日が送れるのかな」

 ならば天ヶ原学園に入学してしまえばいいんじゃない?
 そんな希望めいた考えが浮かんだ。
 しかし、天ヶ原学園は倍率が半端じゃなく高かったような……

「弱音を吐いてる場合じゃない!」

 入るんだ。天ヶ原学園に。

 楽しい学園生活を送るために。
 天ヶ原学園に入学すれば、過去の私を知っている人はいなくなる。
「私にだって、幸せになれる権利がある」

 そのために努力しよう。
 勉強して、ダイエットもメイクも頑張って自分を磨こう。
 私が変われば周りの世界だって変わるはず。
「変わるんだ」
 新しい自分になって、幸せな学園生活を送れるために!




 でも、それも今、全て水の泡となって消えてしまった。
 せっかく入学できたのに。新しい自分になれると思ったのに。
 やっぱりダメだった。
 教室内を木霊する侮蔑の声。
 それが束になって私の心へ突き刺さる。
「……ッ」
 悔しさと恥ずかしさで涙がこぼれそうになる。
 こぼれないように両目をぎゅっと閉じる。
 やめて、やめてよ……
 ついに涙が頬を伝いそうになった。


「くっだらねぇ」


 凛とした声が静かに、でもはっきりと教室に響いた。

 シン……と静まり返る教室。
 声のした方を振り向くと、陽波がつまらなさそうに顔をしかめて立っていた。

「お前ら人の過去暴いて楽しいかよ」
「でも陽波くん。桜井さんは昔こんな姿で……それって騙してたようなものじゃない!」
 一人の女子が言うと陽波はため息を吐いた。
「昔がどうだったからってギャーギャー騒いでやるなよ。人は外見が全てじゃあるまいに。まぁ、俺が言っても説得力ないなもしれないけど」

 俺って格好いいから。

 自信満々で髪をかきあげる陽波。


「変わろうって努力することの何がいけないの? こんなに頑張って変わった奴を俺は認めざるを得ないと思うんだが」

 どうかね、と騒いでいた女子たちに意見する。

「う、それは」
 たじろぐ女子たち。

「それに、可愛いみんながそんなことすると、俺悲しいな」

 きゅるん、と瞳を潤ませる陽波にズキューン!  とハートを射抜かれる女子たち。
「わ、わかったから。泣かないで陽波くんっ」
「桜井さんもごめんね。うちらも意地悪すぎた。たしかに努力して変わるなんて簡単にできることじゃないもんね」

 女子たちは反省した面持ちで私に謝る。
 他の生徒たちも「言われてみればそうだよな」「激変ってのも面白くてアリかも」などと先程とはうってかわって違う反応を示す。
 そのうち、解散解散、と個々に散らばっていった。

「これにて一件落着」
 片手に目薬を持つ陽波については何も言わないことにした。
「鶴の一声……」
「これが俺の実力よ」
 陽波は得意気に答える。
「集団心理って怖いね」
「……女子も男子も、集団は嫌い。みんなでよってたかって私を追い詰めて」

 堪えていた涙が溢れ出す。

「中学時代、毎日毎日つらかった。どうして私ばっかり!?  みんなと同じように笑いあえないの? いつも苦しかった!!」
「だから変わったんだよな」
「でもそれも今日で無駄になっちゃった。みんなもう私を普通の目で見てくれない。元はあんな地味で冴えない奴って先入観持っちゃう!」
 声を枯らすように叫ぶ。

「もう、誰も私を受け入れてくれる人なんていない……」

 陽波は私の身体を引き寄せ、そのまま抱き締めた。
 そして、今までにない優しい声音で言う。

「俺がいるよ。俺が、いる」

 とんとん、と安定したリズムで背中を叩く。
 それが余計に優しさを感じて、私はもっと泣いてしまった。





 昼休み。
 いつもの屋上で昼食を食べる。

「お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ない……」
「ほんと、あやすのに時間かかったぜ」

 ホームルームを始めようと教室に入ってきた担任は「何事だ!?」と驚いた顔を思いだし、顔が熱くなる。

「見てみてー、桜井の鼻水のあと~」
「恥ずかしいからやめてよ!」

 シャツを見せびらかす陽波を必死で止めに入る。
 どうしてこの人って所々残念なの。
 今朝は格好いいって思ったのに。

 そう。

 私はあのとき、彼にときめいてしまった。

 今思いだしても胸が高鳴る。
 抱き締められた時の彼の温かさ、背中を叩く優しい手つき。

(悔しいから言ってやんないけどね)
 完全にこのときめきを認めたわけではない。
 この気持ちはまだ黙っておくことにする。

「なに、じっと俺を見つめて。もしかしてときめいちゃった?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
「やーい照れてる照れてる~」
「もう! 陽波のバカ!」

 でも、なんだかんだ言いつつも、この男との学園生活も悪くないと思ってしまうのだ。


 陽光が照らす春のなか、私を救ってくれたヒーローは嬉しそうに笑っている。


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