ときめく春と俺様ヒーロー

秋月流弥

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 A組のクラスに入ると、クラスはざわざわと騒いでいた。
 特に女子の歓声が目立つ。

「ねぇ、今年のA組ヤバくない!?」
「ヤバいヤバい! だって陽波くんがいるんだよ!!」

 キャーっ!
 女子たちは黄色い悲鳴をあげる。

「陽波新って人気なんだ……」

 何気なく口に出してしまった私に、喋っていた女子たちが興奮気味に説明してくれる。

「知らないの!? 中等部で絶大な人気を誇った国宝級イケメン!」
「その名も陽波新!!」

 天ヶ原学園はよくいうエスカレーター式の学校で、小・中・高等部とそのまま進学する生徒がほとんどだ。
 私みたいな高等部から編入してくる生徒は滅多にいない。
 だから当然陽波新のことも知らなかった。

「ほら、あそこにいる!」
 示された方には男子女子問わず大勢に囲まれ楽しそうに話している陽波の姿。
「陽波くんはみんなのリーダーって感じでね、誰にでも平等で困ってる人を見つけるとサッと助けてくれる、ヒーローみたいな人なんだ!」
「しかもイケメンだし!」

 ねーっ! とはしゃぐ女子二人。

 男女問わず、特に女の子からの支持は抜群みたい。
「あんな意地悪な奴なのに。解せぬ」


「はーい席に着いて。え、席順が決まってない? じゃあ適当に座っていいよ」

 しばらくすると担任が入ってきて初っ端から恐ろしい適当な発言をした。
 そんなことを言うから陽波の周りには人垣が出来た。

 慣れているのか、陽波はしれっと先生に言った。

「先生、ここは平等にクジで」

 陽波の案でクジは厳正に行われた。
 行われたのだが……

「うげ、お前かよ」

 厳正に行われた結果が陽波新の隣だった。
「それはこっちのセリフよ……」
 クジの神様はどういう神経をしているのだろう。
 私が何をしたっていうの!? 二回目の叫び。

「せっかく可愛い女子と隣になれると思ったのに……よりによってシリモチ女かよ」
「そのシリモチ女ってのやめてくれない? 私には桜井舞桜って名前があるの」
「上から読んでも下から読んでも桜とかウケる」
「……」

 右隣にある上履きを思いきり踏んづけた。

「いってーッ!! なにすんだよ!」
「~♪」
「無視!? お前表出ろ!」
「今時ヤンキー? 俺様キャラといい、あんた時代錯誤も甚だしいわよ?」

 互いに足を踏みあう私と陽波を見て先生がおずおずと注意する。
「あー、そこ、いいか?」
『すみません。隣がバカなもんで』
 ユニゾンした。うれしくない。

 ホームルームが始まる。
「みんな、高校に入学したばかりで戸惑うこともあるだろうが、前に進むという意欲を忘れずに、困ったら先生や先輩たちに頼ってくれ」
 ちょっと陽波の言葉を拝借しました、舌をペロッと出す担任。この先生、お茶目である。
 それにしても陽波は先生からも気に入られているなぁ。なんか悔しい。

 クラスの雰囲気が和んできたところで学級委員を決める時間になった。
「学級委員をやりたい生徒はいるか。 推薦でもかまわないぞ」
「はいはーい!」
 一人の男子生徒が元気よく挙手する。
「陽波がいいと思います」

「いいねー」「賛成」と、所々で肯定的な声が聞こえる。
 陽波はおいおい、と眉を寄せる。

「お前ら俺に押し付けて自分たちが楽しようとしてるだろ」
「バレた?」「ったり前じゃーん」「よッ。生徒会長」

 教室内が笑いに包まれる。
 陽波は観念したように両手を挙げた。
「しょーがねぇ。よし、やってやる」
 陽波の学級委員決定に歓声が湧いた。

(男子は即決かぁ。それにしても)

 今の一連でわかった。
 陽波新は人気者だ。
 みんなの中心にいて、それを引っ張っていく。カリスマを感じた。

 天性のリーダー気質。
 さすが天ヶ原学園の国宝級イケメンと言われるだけある。

「うんうん」一人納得していると、陽波が手を挙げた。
「あの、俺からも推薦いいスか」
「どうした陽波。めぼしい相手がいるのか?」
 担任が興味ありげに聞き返す。

「はい」

 陽波は人差し指を突き立てると、それをゆっくり左へ倒していき……

「え、私?」

 指がさされた方向には私がいた。
「桜井さんてしっかりしてそうだし、頼りになると思って」
「だそうだ桜井。やってくれるか」
「え、いや、でも……」

 私が言いよどんでいると、陽波は首を傾げて切なそうな眼差しで見つめてくる。

「……ダメ?」

 髪と同じく漆黒の瞳がうるうると湿り気を帯びている。

「う、あ……いいです」
 頷いてしまった。

「ほんと?  やった!」
 陽波は嬉しそうに前歯を覗かせる。
 私ってチョロい?
 いやいや、これも無駄に美少年面な陽波が悪い!
 イケメンなんて散々だ。

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