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第4章:ネムーニャ帝国の刺客

23.恋敵

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目を覚ましたら地面に転がっていた
「あー兄さんやられた!」
隣から声が聞こえた。
草原に転がるダミ子そっちのけにオレガノがレジャーシート代わりにマントを敷き優雅に紅茶を飲んでいた。
彼女の髪の毛を結ぶリボンがアンテナのように伸びている。
「まったく兄さんたら弱っちいんだから」
振り向きざまに互いに目が合った。
「んげ。起きてる」
手に持つマカロンを急いで口に放り込んだ。
「今ティータイム嗜んでた?」
「(もぐもぐ……ごっくん)乙女は砂糖菓子が命だからね。貴女くらいならお煎餅?」
「失礼だろ。それに私は二十代だ」
「ふーん。別に興味ないけど。……ねぇ貴女マースの何?」
心なしか先程より視線に敵意が込められる。
「え?」
「付き合ってるの?」
ずいっと顔を近づけるオレガノ。

「マースは私の王子様なの。大人の余裕か知らないけど彼の純潔を汚さないで」

「汚してないし……ていうか私婚約者いるから」
「不倫!?  マースを毒牙にかけないでよ!!」
「かけてねーッ!  なに、嬢ちゃんマースくんのこと好きなの?」
「嬢ちゃん言うな!  オレガノ! 子供扱いするなー!」
「はいはいオレガノ」

「よーくお聞き。マースはね、私が十一歳の時、初めて出会ったあの日から運命の人なの。あれは彼の高等部入学式の春のことだったわ……」


……。

…………。


『よおマース!  高等部に入ったからにはナンバーワンの座は俺のモノになるからな!  覚悟しておけ!』

高等部に入学したマースの前にタイムがいつも通り宣戦布告していた。

いつもと違うのは、その背中に小さい少女がはりついていたこと。少女はじっとマースを見ていた。

『タイム、背中におんぶおばけみたいなの付いてるけど』
『俺の妹オレガノだ。俺にべったりでな。可愛いだろう』
『うん。たしかにかわいい』

『……ぽっ』

頭を撫でられたオレガノは見事マースに心を撃ち抜かれた。
『お前のせいで妹が兄離れしたじゃないかー!!』
それからオレガノは兄から離れマースにはりつくようになり、タイムはマースにより一層闘志が剥き出しになったという。


……。

…………。


「やっとマースに会えたのにマースってばこんな女に……ッ」
きーっ!!
噛み締めていたハンカチが破ける。
「えー!?」
ハンカチを食いちぎる人初めて見た!
「あら、お気に入りのハンカチが。まぁいいわ。兄さんに直してもらお」
この子は兄を振り回す妹なんだろうなーとぼんやり思う。
「君のお兄さん裁縫得意なのか」
「縫って直すなんて非効率なことするわけないでしょ。私たち魔法使いよ。魔法で直すの。私と兄さんは時間を操る家系の生まれで兄さんは過去を巻き戻す魔法の使い手。壊れたものは大抵修復できるわ」
「便利だな」
「人間は修復できないから貴女をバラバラにしても元に戻らないけど」

ニッコリと。
蕾開く春の花の如く優しい笑みで恐ろしい言葉を放つ。この子怖い。
「ねえ、君のお兄さんマースくん連れてどっか行っちゃったけど。マースくんをどうするつもり?」
「兄さんのことだから悪いようにはしないわ
貴女の方はどうするかわからないけど。
紅い瞳が危うく輝く。

「貴女は知らないだろうけど、マースって本当はすっごく強いの。“ネムーニャ最大の戦力”って言われててね。彼が国を裏切り敵国の勢力に加担するとすれば、貴女は彼を惑わした大罪人にあたるわけ」

「!!」

自分のしたことは彼方あちらさんからすればそういうことになるのか。

確かに国からしてみれば彼のしたことは裏切り行為だ。


(私は彼を裏切り者にしてしまった)


いつも穏やかに笑う彼を見てきたからあまり考えたことなかった。

汗を浮かべるダミ子にオレガノは、

「でも私、御国おくにのことはどうでもいいの。彼は私にとって好きな人それだけ。貴女を消すのは私の恋に邪魔だから。難しいことはなんにもないわ」

魔法の杖を額に突きつけて、オレガノはうっそり微笑む。

「私は兄さんと違ってね。ライバルは切磋琢磨争うものでなく抹消する主義なの」

……んん?

「恋のライバル?  何を言ってるんだ君は」
「命乞いしたって無駄よ。マースは渡さない。彼の心は私が取り戻してみせる」
さっきから話が噛み合わない。
恋のライバル?  取り戻す?
それじゃあマースくんを私が奪ってるような物言いじゃないか。

(……ん?)
この子、もしかして。

「彼が私を好きだと思ってるのか?」

「えっ」

魔法が放たれる。
ぽーんと光の粒子が変な方向に飛んでいった。向こうで草原の土が抉れた。
「違うのっ?」

「彼から好意を伝えられたことなんてないぞ。彼は仕事仲間。私も助手として接してるし」
ダミ子の台詞を聞きぽかーんと間抜けに口を開く。
「でも、でも!  あんたを見るマースの目、恋してる目だった!  絶対あんたのこと好きなんだよ!」
「んなわけあるか」

……あ。

そういえばテツヤ村で私が彼をからかった時。
顔を真っ赤にして心臓の鼓動が凄かった。
思春期だからだと思っていたがあれは……

「あれってそうだったのか……」

「あれってなに!?  何かやらかしたの!?」
「いや一緒に寝る時、」
「寝る!?  寝るってなに!?  つまりそういうことっ?」
「どういうことだ!?  お前勘違いしてるだろ!  それに未遂!  未遂だから!」
「ぐぬぬぬぬうーらーやーまーしーい~ッ!!」
ぽかぽか殴るオレガノ。
涙目。
ガチでショックらしい。


「……なんの話してるんですか二人とも」


「!!  (硬直)」
いつの間にかマースが呆れた顔をして立っていた。

「マースくん!  無事か」

「ええこの通り。そうだ、オレガノ!」

マースはオレガノに声をかけると頭を下げた。
「悪い!  君の兄さん寝かせた。森の奥にある小屋。アクビの森の。迎えに行ってやってくれないか」

「寝!?  やっぱり寝たの!?  そういうことなの!?」
「え」
「私の話と混同するな!」
「ひゃあっ」
頬っぺたを摘まむ。
「本当に何話してたんですか……」
「別に」
助手が質問するもダミ子は誤魔化した。
彼の気持ちを知った直後に本人を見るのはなんとなく気まずい。

「はいはいアクビの森ね。もう、兄さんてばしょうがないなぁ~」

摘ままれた頬を擦り嘆息するとオレガノは杖を振るい箒を出した。
「やっぱマースは一枚上手だね。そんなマースが大好きだよ」
「オレガノ」

「あ、そうだ。マース」

「?」

オレガノは背伸びしマースの唇に自分のそれを重ねた。

「!!」
「私、兄さんより強い人が好きなの。だからずっと勝者ナンバーワンでいてね」
オレガノは箒に乗ると空の彼方へ消えていった。

「……」
口元を押さえ停止する助手。
「婚約済みの上司より先にファーストキスを経験するってどんな気持ちだ?」
「いやこれは、って、え、ファ……?」
「あの兄妹、妹の方が手強いかもしれないな」
慌てふためくマースを無視しダミ子は呟いた。

「しかし、恋バナなんて初めてしたな」

ちょっと新鮮だったかも。
どうやら貴重な初体験は彼だけではなかったらしい。
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