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第3章:【世界で一番働き者の爪の垢】

15.刺客

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『おお、おかえり坊っちゃん』
ディルに導かれ村の奥にある一軒家へ入るとゾンビのような顔色の悪い男たち数人がダミ子たちを迎えた。
「締切直前にどこほっつき歩いてたんですか」
「悪い。思わぬ拾いもんをしてな」
「ったく困りますよ勝手にいなくなられちゃ。指示も貰えないし」
「すまんすまん」
どうやらここがディルの仕事場らしい。
机が並びその上には山積みになった原稿や資料が置いてある。
木の机にはインクや修正液がこびりついていた。
机に向かう男連中は皆ゲッソリやつれている。修羅場のようだ。
「ディル先生ではなく坊っちゃんて呼ばれてるのか」
「あー先生って呼ばれんのこそばゆいんだよなァ」
たしかにこの中でディルが一番最年少に見えた。

「……ん?  坊っちゃん、そこのお嬢さんと兄ちゃんは誰ですかい?」
「ああ」

ディルが指さして言う。

「コイツら助っ人。漫画作業手伝ってくれるって。喜べ」


「「はあ!?」」

ダミ子とマースはディルを見て叫ぶ。

「初耳なんだが!?」
「聞いてないですよ!」
「初めて言ったからな」
「僕たち漫画描けませんよ!?  それに僕らやるべきことがあってディルさんについてきたんです」
「ああわかってる」
「ほっ」
「インタビューだろ?」

ズコーーッ!!
部屋の彼方まで飛んでいく助手をスルーしダミ子が身を乗り出す。

「インタビューちゃう!  私ら【世界で一番働き者の爪の垢】を集めに来たんだよ!  治療薬の材料で必要だから。それで働き者が多いこの村を訪れて偶然アンタに出会ったわけ。爪の垢早々にゲットできるラッキーって! だから突然漫画作業手伝うことにされててはあ!?  って吃驚仰天してんの!!」  

「ほう。なかなかわかりやすい前回までのあらすじだ」

誉められた。

「だから漫画作業してる場合じゃないんだってば悪いけど。頼む。爪の垢くれディル」

「だが断る」
「なぜ断る!?」

「なぜなら先日ここを訪れた刺客に俺の爪の垢をくれたばかりだからだ」

ディルは爪を見せた。
爪は綺麗に整えられかなり短い。

「な!?  先客がいただと!?」
「僕たち以外に爪の垢を必要とする人がいる……!?」

ダミ子たちは驚愕の表情を浮かべた。

「おお。なんせ【世界一働き者の爪の垢】が必要みたいでそれがこのテツヤ村だったらしく欲しいんだと。そう言われて悪い気分はしなかったね」
へッと鼻をかくディル。
「爪の垢渡す条件で原稿作業手伝わせたんだよ。それにしても魔法使いって不器用だな。薬草や魔法を使いこなすから手先が器用な連中だと思ってたぜ。ベタははみ出すわトーンも貼れないわ……」

「まて。刺客とは、魔法使いなのか?」

ダミ子の質問にディルは答える。
「絶対魔法使いだねあの二人は。どっちも真っ黒なローブにマントにトンガリ帽子。箒で飛んできたし。片方の女の子は今ドキのギャルって感じもしたけど。男の方はザ・魔法使いって感じだった」

ディルはうんうんと首肯く。

「男の方は態度も妙に上から目線で、なんだっけ?『自分たちは【ネムーニャ帝国】の誇り高き魔法使いだぞ』ってしきりに言ってたな。生憎缶詰みたいに閉鎖的な村なもんでなんの畏れも抱かなかったけど。あんたらネムーニャって知ってる?」


「ネムーニャ帝国って」

「……っ!」


マースの故郷だ。

彼をスパイとしてグゥスカ王国に送りつけた魔法第一主義の帝国。

ネムーニャ帝国の魔法使いがこの村を訪れた。
ダミ子たちと同じ、世界で一番働き者の爪の垢を求めて。


「まさかネムーニャ帝国側も永眠病スリーピングホリックの治療薬をつくるために動き出した?」

だとすれば材料の取り合いになってくる。

稀少性の高いものもあるからには先に向こうに廻られては不利になる。


「…………」

隣を見るといつになく険しい顔でうつむく助手の姿があった。

「マースくん?」
「え?  あ、あぁなんでもないです」
首を振り笑顔を向ける。
でもどこか余所余所しい。

(これはなにか隠してるな……)

突如出た故郷の名前に苦い思い出でも思いだしたか。
あるいは、刺客の魔法使いについて何か覚えでもあるのか。
彼の表情はどこか思い詰めてるようにも見えた。

(今、聞くべきではないな)

ダミ子は彼の反応に察するもその場で追求せずディルと話を続けた。

「立て続けに悪いが私たちも爪の垢が必要でな。どうか恵んでくれないだろうか。伸びるまで待つから」
「伸びるまで一週間かかる。ちょうどいい今週は締切直前の修羅場だ。それまで原稿作業を手伝ってもらうぞ」
「やっぱそうなるのか」
結局彼の目論見どおり締切直前の修羅場に召喚リーサルウェポンされてしまった。

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