上 下
5 / 39
第1章:グゥスカ王国の薬剤師

5.イジワル妖精の要求

しおりを挟む
祖父に別れを告げ、グゥスカ王国を出たダミ子とマースは早速次の旅の目的地を設定することにした。
というか、マースは次にどこへ向かうのか知らずに王国を出ていた。
「薬を調合するのに必要になってくるのは製法……調合の方法だ」
ダミ子が告げる。
「最初の目標は薬の製法レシピを得ること。それがないと始まらない」
「しかしその製法レシピはどうやって?」
「グゥスカ王国から出て北側の森……【全知の森】に精霊が棲んでいる。まずはソイツに薬の調合法を聞く」
「行くあてがあったんですね」

ほっと安堵の息を漏らす隣の助手にダミ子は不満の表情を浮かべる。
「なんだその反応は」
「いや、ダミ子さん何も考えずに勢いで突っ走ってるんじゃと思ってたんで、安心しました」
「失礼な奴だな君は」

そうこう話しているうちに薄暗い森の入口に着いた。
「着いたな」
「鬱蒼としていますね……とても精霊がいるとは思えない」

森に足を踏み入れるといっそう薄暗さが増す。
快晴だった青空は鬱蒼と生い茂る木々に覆い隠され見上げれば濃い緑一面。陽の光も届かない。
目の前はただ暗く、踏みしめる草も湿っていて陰気さを感じる。
「本当にこんなところに精霊なんているんですか」
「こんなところだから精霊はいるんだよ。神秘の精霊は隠れ家が好きだからな」
「さいですか」
「そう」

森を歩いていると小さな泉が出てきた。
森の木で天井は覆われているはずなのに、水面は陽の光を浴びたかのようにキラキラと輝いている。
「不自然に光ってるな」
「そうですね。ここだけ暗い森と相反して輝いてますし」
「これはいるな」

全知の精霊が。

ダミ子はその辺に転がっていた小石を泉に投入した。

「ダダダ、ダミ子さん!?  何やってんですか!!」
「?  精霊を呼んでるんだが。家と違って呼び鈴がないからさ、ドアノック代わりに」
「そんな乱暴なドアノックありますか!  捉え方によっちゃカチコミですよこれ!」

ブクブクブク……

泉の水面から気泡が沸く。
大きくなる泡と共に小さな頭部が出てきた。

その頭部にはタンコブがついていた。

「妾を呼んだのはどこのどいつじゃ……」

森の精霊は投石によって頭を腫らしていた。

完全にやっちまった。

「暇だったから森の泉で水深浴してたら石が降ってきた」
痛い……と頭をさする精霊。涙目だ。
「すいません。お昼寝中のところ急に呼び出しちゃって。全知の精霊さんであってる?」
「いかにも。妾が全知の精霊である」

精霊はキリッとした表情で威厳ありそうな低めの声で答える。
背中に生えた蝶のような透明な羽をはばたかせながら、短い腕と足を組んでいる。
しかし頭のタンコブの主張が激しいため、威厳はない。
「お願いがあるんだ。今、世界中で永眠病スリーピング・ホリックっていう奇病が流行ってる。それを治す薬を作りたい。全知の精霊ならレシピを知ってるだろ?  どうか教えてくれないか」
「お願いします」
ダミ子とマースは精霊に頭を下げる。

「ダメじゃ」
精霊はぺっと唾を吐き捨てた。

永眠病スリーピング・ホリックの治療薬のレシピは教えん」
「ええ!?」
「なんでさ!」
「お主らの態度が気にくわん」
精霊は言った。
「お主らの、態度が、気にくわん」
もう一回言った。
「ほら~!  ダミ子さんが石なんて投げるからぁ!」
マースがダミ子に詰め寄る。
「だ、だってそれが一番手っ取り早いかと」
二人が言いあっていると、精霊が間に入る。
「違う。石じゃない。妾が気にくわんのは」
ピタリ、と止まる二人。
「石が原因じゃない?」
「というと?」

精霊は親指と人差し指で円を作る。
菩薩のポーズじゃない……これは。

「偉大なる精霊をタダ働きさせるとは何事か」
「なるほど金か」
「お賽銭的なものが欲しいんですね」
「図々しい精霊だな(ですね)」
聞こえるようにため息。
「物を頼んでおいて文句を言われる筋合いはないわ!」
怒る精霊。
たしかに言われてみればそうだ。失敬。

「妾だって何か貰えないとやる気でんもん。モチベーションが上がらないもん」
「世界を救う以上に上がるモチベーションがあるかよ」

ダミ子が言うと精霊は「ふん」と鼻で笑った。

「世界と言っても困るのは人間だけだろう?  妾たち精霊は人間がどうなろうと知ったことではない。妾は呑気に泉で暮らすだけじゃ」

「こやつめ!  じゃあどうすればレシピを教えてくれるのじゃ?」
「ダミ子さん、喋り方うつってる……」

精霊は森の奥を指差し言う。

「この森の最深部に咲いている“厄除けの花”を採ってこい。それをここに持ってきたらレシピを教えてやっても良い」
「本当だな?」
「あぁ。だが気をつけろよ?  森の奥には魔物がうじゃうじゃおる。迂闊に入って帰らぬ者になった奴も多いからの」

精霊は意地悪そうに笑った。

精霊の試すような態度は気に入らないが、頼み事をする相手の要望は聞かなければならない。
ダミ子はマースに目を向ける。マースは頷いた。
「行きましょう。僕も魔法使いです。魔物くらい追い払ってみせます」
彼の返答に今度はダミ子は頷くと、二人は森の奥へ入っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

処理中です...