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ろーりんぐ・カーネーション
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「君たちはこのカーネーションを使って母親を見つけなさい」
自分たちに渡されたのは真紅のカーネーションだった。
ここは天国。
前の人生を終え、次の人生を送るために最初に訪れる転生機関である。
自分は第八億八千期の転生者で、お世話になった天国とも今月の第二日曜日でさよならだ。
「いいか。五月の第二日曜日……母の日までにカーネーションを受け取ってもらうんだぞ」
カーネーションを渡した神が言う。
「このカーネーションは特別なアイテムじゃ。これを一番最初に掴んだ者が渡した者の母親になる魔法がかけられてある」
自分は控えめに挙手をする。
「はい、神様」
「なんぞ?」
「そういう大事なことは神様に決めてほしいです」
「うーむ……」神は白く立派な髭を撫でながら困ったような表情を浮かべる。
「そういうわけにもいかんのじゃ。これを見ぃ」
神は何処から出したのか大きなホワイトボードを見せつけてきた。そこには円グラフが記されている。
「『前世の母に満足したか』という項目で転生する者たちにアンケートをした」
神は一番多い部分を指で差す。
そこの部分は『いいえ』だった。
「このように、一番多いのが満足していない。二番目がどちらともいえない。残りの極僅かが満足しているだった。無回答は除くが」
「ああ……」
「クレームがいっぱいついた。ということで、母親は自らが己で選ぶべしという方針になったのじゃ」
それを聞いて自分は頷かざるを得なかった。
「俺はハリウッド女優か美人モデル、いや、アイドルもいいな」
そう宣うのは同じく転生八億八千期生の仲間の凛々眉だった。
自分たちは魂のため、姿形がはっきりとしていない。
もやもやとしたような曖昧な形状で、見ようによっては小さな雲のようなじゃがいものような姿をしている。
そのため、前世の特徴がよっぽど強烈でない限り、どれも似たか寄ったかで区別がつかない。自分も前世では「幸の薄そうな顔」と揶揄されていたため、区別のつかない顔の一人である。
それに対してこの同期、凛々眉は名前の通り凛々しい太い眉がふわふわした体に貼り付いているためすぐに識別できる。見つけるのが楽なためか天国で最も話した回数が多いのもこいつだった。
「で、お前はどんな母親がいいんだ?」
「自分はどんな母親でもいいや。神様が選ぶものだと思っていたし、自分から進んで探すものじゃないかなって」
「えー!? そんな消極的じゃ来世も良い人生送れないぞ」
凛々眉はそう言ってカーネーションを振り回す。
この同期は情に厚く、熱血漢であるため話が勝手に盛り上がってしまう節がある。
「よし、俺も一緒にお前の母親を探してやるよ」
このように話がどんどん進んでいく。
自分も自分で特に断る理由もないので「うん、よろしく……」と了承してしまう。
こうして自分たちは天国から旅立ち、母親を求めて人間の住む世界へ降りていった。
***
自分たちはまだしっかりとした生命体ではないため、人々に干渉されない。
自分という個人を認識されない分、代わりに人々を干渉することが可能になっている。
例えば透視能力。
家の周りをふわふわと漂っているだけで室内の様子が窺える。
こうして様々な家庭の環境を知ることで、次に生まれ変わる場所を選択出来るようになっているのだ。
「お、あの家なんてどうだ? 奥さんが美人だぞ」
覗いた家の住人は二人いる。夫婦だろう。ソファーに座っている。
妻の方は長い睫毛に切れ長な瞳が印象的な美人だ。やや気が強そうに見えるが、隣に座っている夫は落ち着いた雰囲気で優しそうだ。きっと夫婦仲は穏やかで平和なものに違いない。
「いいかも」
自分はそう思った。
凛々眉も「問題なさそうだな」と頷く。
「さっそくカーネーションを置いて……」
カーネーションを握り、家の中に入ろうとすると、
「あのさぁ」
低い声が家の中で聞こえてきた。
声を発したのは美人の妻だった。
切れ長の瞳は怒りを孕んでいるのか鋭く尖っている。
「私の話、ちゃんと聞いてる? さっきから頷いてばかりじゃない」
「も、もちろんだよ。聞いてるよ」
「じゃあ二分前に話した内容言ってみて」
「うーん? それは、その、えっと……」
旦那さんは変な汗を額に浮かべて困っている。
旦那さん頑張れ! そう応援したくなる状況。
しかし、妻の猛威は止まらない。
「あなたはいつも笑ってばかりでハッキリしない!」
「ご、ごめん」
「それは何に対しての謝罪!?」
置こうとしたカーネーションを胸元で抱きしめ、自分たちは次の家を目指した。
次に訪れたのは三階建ての立派なお屋敷だった。
「こんな家の子供なら贅沢な暮らしが出来そうだな」
そう言う凛々眉と肩を並べ家の中を透視する。
そこには赤い三角の尖った眼鏡にきっちり結ったお団子ヘアー、語尾には「ザマス」がつく母親が幼い息子を叱りつけていた。
息子の手にはヴァイオリン。稽古の時間みたいだ。それを胸に抱え震えている。
涙を浮かべる息子に教育熱心な母親は「完璧になるまでおやつは抜きザマス!」とギラギラと眼鏡を光らせている。
悲痛な叫びを連想させる音色を背景に自分たちは他の家を目指した。
次の家も、その次の家も、自分たちの理想とする家庭は見つからなかった。
母親がよかったとしても、夫が浮気性で修羅場のような家庭、夫婦に問題がないとしても、家の中で暴れまくる子供たちで部屋がぐちゃぐちゃで悲惨な家庭と、自分が住んで苦労しそうなものばかりだった。
そういう家庭を避けた結果、未だ自分たちはふわふわと宙に浮いたままだ。
「どこもアレだな」
「うん」
「やっぱりどこかで妥協しなくちゃならんのかね」
「人生は七割が妥協で成り立っているからね。君も前世で学んだだろ」
「来世は妥協と無縁でいたかったのに……」
凛々眉が項垂れるのを余所に、なんとなく視界に入った家庭を透視してみる。
家の中には一人の少女とその両親とペットの猫が楽しそうに団らんしていた。
「早く赤ちゃんに会いたいなあ」
娘である少女が母親に向かって言う。
母親も娘に優しく微笑み「そうね」と返事をする。
「楽しみだな」
穏やかそうな父親も一緒に笑っている。隣にいる猫も幸せそうに寝転んでいる。
まるで絵に描いたような幸せな家族に見えた。
「なんて良い家庭なんだ!」
凛々眉が感動で涙を流している。
今まで訪ねてきた家庭が問題だらけだったために、平凡でささやかな幸せを送る家庭がとても尊く見えた。
「この家にしようかな」
「そうか。俺はもう少し他の家も見てみるよ」
「ありがとう。君も良い家族に恵まれるといいね」
凛々眉に手を振り、自分は家の中にそっとカーネーションを置いた。
「受け取ってもらえますように」
***
五月の第二日曜日。とある一軒家に新しい命が誕生した。
「可愛いなあ、赤ちゃん」
「お母さんそっくり!」
父親と娘が嬉しそうな声が聞こえる。
たぶん自分は二人の笑顔に囲まれ、母親の腕の中にいるのだろう。
「よく頑張ったわね」
自分を抱える母親の声は温かい。
よかった。自分はこの家の子供になれたんだ。
生まれたばかりのせいか視界はまだはっきりとしない。
自分が声を出そうとすると、後ろからざらざらとした生暖かいものがべろりと頭を撫でた。
「あ、お母さんが抱っこしてるからヤキモチやいちゃった?」
母親は「本当のお母さんのところへおかえり」とそっと床の上に自分を置いた。
本当のお母さん? どういうこと?
それを聞こうとして声を発した。
「にゃあ」
自分から出た声は人間とはかけ離れた、高くてまろい声だった。
ざり、ざり、とまた後頭部を撫でる生暖かい感触。
「にぁあ」
振り返ると自分とは別の鳴き声が聞こえる。その鳴き声はまるで我が子を愛でる母親のようなもので。
もしかして、自分の母親は……
「兄弟二匹とも可愛い赤ちゃんね」
「こっちの子は少し似てないけど。眉毛のような模様があるし」
隣に母親とは別の気配を感じる。
もう一匹、自分と兄弟である赤ちゃんがいるのだろう。
眉毛のような模様と聞いて心当たりがあった。
ああ、君もここを選び、同じ運命をたどったのか。
娘は嬉しそうに自分たちを抱きしめる。
「これからよろしくね!」
自分たちに渡されたのは真紅のカーネーションだった。
ここは天国。
前の人生を終え、次の人生を送るために最初に訪れる転生機関である。
自分は第八億八千期の転生者で、お世話になった天国とも今月の第二日曜日でさよならだ。
「いいか。五月の第二日曜日……母の日までにカーネーションを受け取ってもらうんだぞ」
カーネーションを渡した神が言う。
「このカーネーションは特別なアイテムじゃ。これを一番最初に掴んだ者が渡した者の母親になる魔法がかけられてある」
自分は控えめに挙手をする。
「はい、神様」
「なんぞ?」
「そういう大事なことは神様に決めてほしいです」
「うーむ……」神は白く立派な髭を撫でながら困ったような表情を浮かべる。
「そういうわけにもいかんのじゃ。これを見ぃ」
神は何処から出したのか大きなホワイトボードを見せつけてきた。そこには円グラフが記されている。
「『前世の母に満足したか』という項目で転生する者たちにアンケートをした」
神は一番多い部分を指で差す。
そこの部分は『いいえ』だった。
「このように、一番多いのが満足していない。二番目がどちらともいえない。残りの極僅かが満足しているだった。無回答は除くが」
「ああ……」
「クレームがいっぱいついた。ということで、母親は自らが己で選ぶべしという方針になったのじゃ」
それを聞いて自分は頷かざるを得なかった。
「俺はハリウッド女優か美人モデル、いや、アイドルもいいな」
そう宣うのは同じく転生八億八千期生の仲間の凛々眉だった。
自分たちは魂のため、姿形がはっきりとしていない。
もやもやとしたような曖昧な形状で、見ようによっては小さな雲のようなじゃがいものような姿をしている。
そのため、前世の特徴がよっぽど強烈でない限り、どれも似たか寄ったかで区別がつかない。自分も前世では「幸の薄そうな顔」と揶揄されていたため、区別のつかない顔の一人である。
それに対してこの同期、凛々眉は名前の通り凛々しい太い眉がふわふわした体に貼り付いているためすぐに識別できる。見つけるのが楽なためか天国で最も話した回数が多いのもこいつだった。
「で、お前はどんな母親がいいんだ?」
「自分はどんな母親でもいいや。神様が選ぶものだと思っていたし、自分から進んで探すものじゃないかなって」
「えー!? そんな消極的じゃ来世も良い人生送れないぞ」
凛々眉はそう言ってカーネーションを振り回す。
この同期は情に厚く、熱血漢であるため話が勝手に盛り上がってしまう節がある。
「よし、俺も一緒にお前の母親を探してやるよ」
このように話がどんどん進んでいく。
自分も自分で特に断る理由もないので「うん、よろしく……」と了承してしまう。
こうして自分たちは天国から旅立ち、母親を求めて人間の住む世界へ降りていった。
***
自分たちはまだしっかりとした生命体ではないため、人々に干渉されない。
自分という個人を認識されない分、代わりに人々を干渉することが可能になっている。
例えば透視能力。
家の周りをふわふわと漂っているだけで室内の様子が窺える。
こうして様々な家庭の環境を知ることで、次に生まれ変わる場所を選択出来るようになっているのだ。
「お、あの家なんてどうだ? 奥さんが美人だぞ」
覗いた家の住人は二人いる。夫婦だろう。ソファーに座っている。
妻の方は長い睫毛に切れ長な瞳が印象的な美人だ。やや気が強そうに見えるが、隣に座っている夫は落ち着いた雰囲気で優しそうだ。きっと夫婦仲は穏やかで平和なものに違いない。
「いいかも」
自分はそう思った。
凛々眉も「問題なさそうだな」と頷く。
「さっそくカーネーションを置いて……」
カーネーションを握り、家の中に入ろうとすると、
「あのさぁ」
低い声が家の中で聞こえてきた。
声を発したのは美人の妻だった。
切れ長の瞳は怒りを孕んでいるのか鋭く尖っている。
「私の話、ちゃんと聞いてる? さっきから頷いてばかりじゃない」
「も、もちろんだよ。聞いてるよ」
「じゃあ二分前に話した内容言ってみて」
「うーん? それは、その、えっと……」
旦那さんは変な汗を額に浮かべて困っている。
旦那さん頑張れ! そう応援したくなる状況。
しかし、妻の猛威は止まらない。
「あなたはいつも笑ってばかりでハッキリしない!」
「ご、ごめん」
「それは何に対しての謝罪!?」
置こうとしたカーネーションを胸元で抱きしめ、自分たちは次の家を目指した。
次に訪れたのは三階建ての立派なお屋敷だった。
「こんな家の子供なら贅沢な暮らしが出来そうだな」
そう言う凛々眉と肩を並べ家の中を透視する。
そこには赤い三角の尖った眼鏡にきっちり結ったお団子ヘアー、語尾には「ザマス」がつく母親が幼い息子を叱りつけていた。
息子の手にはヴァイオリン。稽古の時間みたいだ。それを胸に抱え震えている。
涙を浮かべる息子に教育熱心な母親は「完璧になるまでおやつは抜きザマス!」とギラギラと眼鏡を光らせている。
悲痛な叫びを連想させる音色を背景に自分たちは他の家を目指した。
次の家も、その次の家も、自分たちの理想とする家庭は見つからなかった。
母親がよかったとしても、夫が浮気性で修羅場のような家庭、夫婦に問題がないとしても、家の中で暴れまくる子供たちで部屋がぐちゃぐちゃで悲惨な家庭と、自分が住んで苦労しそうなものばかりだった。
そういう家庭を避けた結果、未だ自分たちはふわふわと宙に浮いたままだ。
「どこもアレだな」
「うん」
「やっぱりどこかで妥協しなくちゃならんのかね」
「人生は七割が妥協で成り立っているからね。君も前世で学んだだろ」
「来世は妥協と無縁でいたかったのに……」
凛々眉が項垂れるのを余所に、なんとなく視界に入った家庭を透視してみる。
家の中には一人の少女とその両親とペットの猫が楽しそうに団らんしていた。
「早く赤ちゃんに会いたいなあ」
娘である少女が母親に向かって言う。
母親も娘に優しく微笑み「そうね」と返事をする。
「楽しみだな」
穏やかそうな父親も一緒に笑っている。隣にいる猫も幸せそうに寝転んでいる。
まるで絵に描いたような幸せな家族に見えた。
「なんて良い家庭なんだ!」
凛々眉が感動で涙を流している。
今まで訪ねてきた家庭が問題だらけだったために、平凡でささやかな幸せを送る家庭がとても尊く見えた。
「この家にしようかな」
「そうか。俺はもう少し他の家も見てみるよ」
「ありがとう。君も良い家族に恵まれるといいね」
凛々眉に手を振り、自分は家の中にそっとカーネーションを置いた。
「受け取ってもらえますように」
***
五月の第二日曜日。とある一軒家に新しい命が誕生した。
「可愛いなあ、赤ちゃん」
「お母さんそっくり!」
父親と娘が嬉しそうな声が聞こえる。
たぶん自分は二人の笑顔に囲まれ、母親の腕の中にいるのだろう。
「よく頑張ったわね」
自分を抱える母親の声は温かい。
よかった。自分はこの家の子供になれたんだ。
生まれたばかりのせいか視界はまだはっきりとしない。
自分が声を出そうとすると、後ろからざらざらとした生暖かいものがべろりと頭を撫でた。
「あ、お母さんが抱っこしてるからヤキモチやいちゃった?」
母親は「本当のお母さんのところへおかえり」とそっと床の上に自分を置いた。
本当のお母さん? どういうこと?
それを聞こうとして声を発した。
「にゃあ」
自分から出た声は人間とはかけ離れた、高くてまろい声だった。
ざり、ざり、とまた後頭部を撫でる生暖かい感触。
「にぁあ」
振り返ると自分とは別の鳴き声が聞こえる。その鳴き声はまるで我が子を愛でる母親のようなもので。
もしかして、自分の母親は……
「兄弟二匹とも可愛い赤ちゃんね」
「こっちの子は少し似てないけど。眉毛のような模様があるし」
隣に母親とは別の気配を感じる。
もう一匹、自分と兄弟である赤ちゃんがいるのだろう。
眉毛のような模様と聞いて心当たりがあった。
ああ、君もここを選び、同じ運命をたどったのか。
娘は嬉しそうに自分たちを抱きしめる。
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