とある落ちこぼれ魔女の記憶

秋月流弥

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《第3話》

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 優秀になればなるほど、過去の自分を思いだすことが辛かった。
 自分が落ちこぼれであった事実が許せなかった。

「元落ちこぼれ」
「醜悪な過去の持ち主」

 かけられる言葉は肯定のものだけじゃない。
 昔のロイナを知るクラスメイトたちの心ない言葉。

 いつの間にかロイナは過去の自分にむけての悪口だけを気にするようになった。
 悪意ある言葉の槍が胸に突き刺さる。鼓膜であの声が反芻する。記憶から離れてくれない。


 ある日のことだった。
 ロイナが学園内を歩いていると、後ろから小石が投げられた。
 軽い衝撃が頭を襲う。
 そこにはニヤニヤと意地悪く笑う生徒たち。
 その生徒たちの行動に怒りを示す者やロイナを心配する者もいたが、彼女にはそれらを認識する余裕はなかった。
 投げた一人の生徒がロイナに向かって叫んだ。

「今さらお前が幸せになれると思うな!」

「……!」

 ぶつけられた頭が痛い。
 小石は軽いものだったはずなのに、じんじんと痛みが広がる。痛みはどんどん広がり、まるで身体全体が猛毒で支配されたようだ。

「どうして、貴方たちに私の幸せを決められなきゃいけないの?」

 ロイナの中でぷつんと何かが切れた。

 気づくとロイナは杖を掲げ、呪文を唱えていた。

「!  その呪文はっ」

「おい逃げろ!  巻き込まれるぞ!!」

 ロイナを攻撃した生徒たちは逃げようとするも、ロイナの呪文が完成する方が早かった。

 白い光が周囲を包む。
 それは眩く、目を覆ってしまいたくなるような強烈な光。
 ロイナは自らの手で過去の記憶を忘却させる魔法を学園中にかけたのだ。


***

 夢を見た。

 男の子とロイナが楽しそうに話す夢。
 男の子が誰なのかわからない。飴色の柔らかそうな髪に大きな青い瞳。それはわかるのに、頭はぼんやりとして、彼が誰なのかわからない。
 そんな夢をここ最近ずっと同じように見る。
 夢から覚める頃、彼は一瞬悲しそうな顔をしていた。

「誰なの……?」
 目を覚ましたロイナの頬には、涙の痕ができていた。


 ロイナは久々の休息で自宅に帰っていた。
 最近ずっと研究室にとじ込もっていたため、こうして優雅に紅茶を飲める時間が尊く感じられる。

 ロイナの日常は平和なものだった。
 日々研究や学業に専念し、友人もできた。
 穏やかに毎日が過ぎていく。それはロイナにとって幸せなものだった。
「なのに、なんでだろう……」
 それでいいはずなのに、何かが足りない。
 心に穴が空いてしまったような、虚無感。
「……!」
 カップを持つ手が傾き、紅茶が床下を濡らしてしまった。
「やだ……きっと疲れているのね」
 床を拭こうとすると、床の上に置かれている書物も濡れていることに気づく。開きっぱなしの書物の白いページに茶色い染みが広がる。
「これはもう……捨てなきゃダメね」
 ロイナは書物を抱えた。書物は学校に入りたての頃に使った教科書だった。
「こんな昔のもの、何でとっておいたのかしら」
 なんの意味もなく、ペラペラとページを捲る。そこには無数の落書きが描かれていた。
 その落書きにロイナは眉をひそめる。
「どうして、私の教科書に落書きなんか……」

 その時、急に頭の片隅で誰かの声が流れ込んできた。

『ちゃんと勉強しなきゃダメだよ、魔女さん』

『ねぇ、次の問題もやっちゃおうよ!』

『だって、知らないことを知るって楽しいじゃんか』

 誰……?

 この声は一体誰なの?

「うぅ……っ!」

 頭がずきずきと痛み出す。
 まるで声の主を探すことを阻むように。
 きっと考えることを止めれば、この痛みはなくなるのだろう。
 それでも、ロイナは痛みに逆らうように考えた。

『魔女さんは魔女でしょ。それに同じ人になっちゃったら、こうして二人で楽しく勉強出来ないよ』

 優しい声。
 私にとってかけがえのないもの。

「教えて! 貴方はいったい、誰なの!?」
 張り裂けそうになる痛みを堪え、ロイナは叫んだ。
 すると、ロイナの叫びと同時に白い光の渦が彼女の周囲を駆け巡った。
 眩しい光と共に、流れ込んでくるのは、愛しい記憶。
『僕ね今が一番幸せ。だって今まで一人ぼっちだったから』

 夢の中で見た男の子。
 その顔が今はっきりと輪郭を描いた。

「マルロ……!」

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