とある落ちこぼれ魔女の記憶

秋月流弥

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《第2話》

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「ええと……マンドラゴラの根を引っこ抜く際は」
「耳栓をするんだよ。悲鳴を聞くと死んじゃうから」
 二人で分厚い本を囲み魔法の勉強をする。
 ロイナが考えていると、マルロが先に答えを言った。
「……正解」
「やったあ」
 ロイナは嬉しそうに万歳と手をあげる。
「ねえ、次の問題もやっちゃおうよ!」
「えー……今日はここまでにしようよ」
 ロイナは退屈そうに欠伸をする。
 教科書を前にするといつも無性に欠伸が出る。一種の発作のようだ。

 ロイナとマルロは時々二人で魔法の勉強会を開いた。
 勉強会は森の中の丸い屋根の一軒家、マルロの家を借りて行う。
 マルロは幼いのに一人暮らしだ。
 なので、夜遅くまでロイナがいても誰もそれを咎める者はいない。
「ちゃんと勉強しなきゃダメだよ、魔女さん」
「どうしてマルロはそんなに勉強が好きなの?」
「だって、知らないことを知るって楽しいじゃんか」
「楽しい、ねぇ」
 マルロは好奇心旺盛で勉強家だ。
 気になったことはどんどん探求し吸収していく。
 マルロの歳に合わぬ聡明さに、彼の両親は「魔族の子」と自分たちの息子を忌み嫌い彼を森に捨てた。

 でも、ロイナには分かる。
 マルロには魔族の血は流れていない。少し周りより賢いだけの普通の人間だ。
 人間はどんなに努力しても魔法使いや魔女にはなれない。
 彼が魔女のロイナより魔法の知識や素質があっても、血筋という才能には敵わないのだ。
「私じゃなく、貴方が息子だったらなぁ」
 テーブルに肘をつきながら、ロイナはぼそりと呟いた。
 マルロが魔族の血を引き、魔法学校へ通えてたら、彼はきっと偉大な魔法使いになれただろう。
 ロイナは自分とマルロの生まれを隔てた神の采配を恨んだ。
「貴方が私だったら良かったのに」
「……? 魔女さんは魔女でしょ。それに同じ人になっちゃったら、こうして二人で楽しく勉強出来ないよ」
「私と一緒で楽しい?」
 マルロは真っ直ぐ純粋な瞳を向けこくり、と頷いた。
「僕ね今が一番幸せ。だって今まで一人ぼっちだったから」 
 魔女さんは違うの?
 不安そうに首を傾げる小さな頭をロイナは包み込むように抱き締める。
「今が幸せでないのなら、私に幸せなんて訪れないでしょうね」

***

 マルロとの勉強の日々はやがて、想像もしてなかったことに繋がる。
 ロイナは魔法学校で一番の成績優秀者になった。
 マルロを基準とした勉強会は、いつのまにか学校の勉強の難易度を軽く越えていたらしい。
 授業を進める先生の説明がスローがかったように聞こえる。
 ロイナが問題を解き終えた後も、顔をしかめて問題に向かっている者がほとんどだ。
 実習も実験も、マルロとやったことを思いだし実行すると、周囲から称賛の拍手が響き渡った。

 ロイナは拍子抜けになった。
 特別頑張った意識はない。ただ、一人の友人と勉強を共にしただけ。
 自分はこんな簡単なことに苦しみ、勝手に孤独をつくっていたのだ。

「私もやればできるんだ」

 向けられる尊敬の眼差し。
 もう誰も自分を卑下するような目で見る者はいない。
 自分を縁取るように沸き上がる拍手の渦に、ロイナは心地好さを覚えた。

***

「ロイナ様だ!」
「そこをどけ!  ロイナ様が通られる!!」
「ロイナ様ー!」
 ロイナが現れると生徒たちは群がるように集まった。
 ロイナに触れようとする者がいれば、御付きの生徒が露払いをする。

 ロイナは学年を越え、学校中でも憧憬と畏怖を集める、偉大な魔女にまでのぼり詰めた。
 生徒は勿論、教師ですらロイナに楯突く者はいない。
 ロイナは魔法学校で頂点ともいえる存在になった。
 そのため、学校よりも上の魔法機関から高度な研究や実験に度々呼ばれるようになり、多忙な日々を送ることになる。
 マルロの家に訪れる回数はどんどん減っていった。
 しかし、ロイナはそれほど寂しさを感じなかった。
 私はもう一人じゃない。

 ロイナは立派なマントを翻し、堂々と学内を歩いた。

「なんだよ。今さら偉そうに」
 ロイナの後ろで舌打ちが聞こえた。
 尊敬や憧れが向けられる中でも、よく思わない者は存在する。
 特に、昔のロイナを知っている同級生が主だ。
 ロイナに先を越された同級生たちは呪いの言葉を吐く。
「お前がどんなに偉くなったって、落ちこぼれだった過去は変わらないからな!」
 その言葉は負け惜しみだったのかもしれない。
 悔しさから出た幼稚な挑発だったのかもしれない。
 それでも、その呪いはロイナを狂わせるのに充分だった。

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