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ひとりおおい
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この日のかくれんぼはいつもと違ったんだ。
小学五年生ともなるとだんだんと外で遊ぶことも男女で一緒に遊ぶことも少なくなる。
そんな中で、俺たち五人は小学五年生になった今も仲良く遊んでいた。
全員違うタイプの五人だった。
勝ち気な性格のヨシキ、臆病だが優しいモリヤス、紅一点のさっちゃん、冷静で賢いマサト、そして俺、ユウキを入れた五人の間ではかくれんぼをして遊ぶのが流行っていた。
学校が終わると、俺たち五人は一目散に公園へ向かってかくれんぼをした。
早く全員が見つかってしまった時は延長戦と称して日が暮れるまでずっと遊んだ。
この日も俺たち五人はいつも遊ぶ公園でかくれんぼを始めようとしていた。
鬼役をやるのはいつも俺だった。
「よーしお前ら全員秒で見つけてやるから覚悟しろよ」
見つけるのが早い俺はメンバーから“瞬殺の幽鬼”と呼ばれ、俺に一番最後まで見つけられない奴が優勝という謎のルールまで設定されていた。
(……あれ?)
俺はある違和感を感じた。
俺たち五人以外に見たことない男の子が一人、立っていた。
(誰だろうこの子)
誰かの友達かな。
他の四人のうちの誰かが呼んできたのだろうか。
その男の子はにこにこと笑みを浮かべてグループの輪に入っている。
なんというか、その子だけ俺たちと纏ってる空気が違った。
今どき珍しい坊主頭で赤い半ズボンから出た足は健康的だが擦り傷がいっぱいある。白い靴下には泥がついていた。
隣に立つモリヤスが男の子と話していたのでモリヤスが連れてきた友達かなと勝手に解釈した。
その子について他のメンバーも言及しなかったし、男の子も笑顔で良い子そうだったので気にせず一緒に遊ぶことにした。
(それにかくれんぼは数が多いほど楽しいし)
だから、一体その子がなんて名前でどういう子なのか分からないままかくれんぼは始まった。
「いーち、にぃーい……」
鬼の俺が十数え終わると、公園内に隠れた皆を探した。
「さっちゃんみーっけ!」
「ちぇー、見つかっちゃった」
「そこヨシキ、その隣の土管の中にマサト見っけ!」
「くそー見つかった!」
「ユウキ見つけるの早すぎ……」
そのあと木の枝にしがみつくモリヤスを見つけた。
(最後の一人はあの子か……やるなあいつ)
今日はいつもより隠れてるのが一人多い。
初参加なのに最後まで残るなんてやるなと感心した。
最後の一人を見つけるため、くまなく公園内を歩き回る俺を見て、マサトが信じられないことを言った。
「何やってるんだユウキ。これで全員だろ。最後のモリヤスも見つかったし、時間も余ったから二週目やるぞ」
「え、ちょっと待ってよマサト」
「なんだよ」
「あと一人隠れてる。あの子。俺まだあの男の子のこと見つけてない」
「あの子? あ……」
俺の言葉にマサトが思い出したように声をあげた。
「なになにどうしたのー?」俺とマサトの様子を見て他の三人も集まってきた。
「なあさっちゃん、今日のかくれんぼ俺たち以外に一人多かったよな。男の子がいたじゃん。赤い半ズボン履いた男の子」
「え? 私たち以外に誰かいたっけ。私たちだけで全員じゃないの?」
きょとんとした表情を浮かべた。おおらかな性格の彼女は謎の参加者がいたこと事態に気づかなかったらしい。
しかし、そんなさっちゃんの隣にいたヨシキが、
「あー、確かにいたわ。そんなヤツ」
と首肯いた。
「覚えてる。かくれんぼ始まる前にいたヤツだよな。あいつ誰? お前ら誰かの友達? モリヤスかくれんぼ始まる前にあいつと話してたじゃん。お前の友達?」
ヨシキが尋ねるとモリヤスは顔を真っ青に首を横に振った。
「知らない、僕。ただあの子が皆と一緒の輪に入ってたから誰かが連れてきたのかなって話してただけだよ……」
場の空気が凍りついた。
「え……じゃあモリヤスは赤の他人として、モリヤス以外にその子の知り合いいる?」
「俺あんなヤツ知らねー」
「私も……」
「俺も、初めて見た」
「誰も面識がないのにあの少年は平然と輪に入ってきた、と」
改めて状況を整理するマサトの言葉にさっちゃんが小さく悲鳴を漏らした。
「ねえ怖いよ。じゃあ今隠れてる子って誰なの」
泣き出しそうな声でさっちゃんが言う。
「気味が悪いよ。誰も知らない子なのに当たり前のように私たちに溶け込んでたってことでしょ。怖いよ。その子何者なの?」
さっちゃんが隣にいるヨシキの袖を引っ張る。
「お、俺に聞くなよ」
ヨシキの身体も震えていた。
「なあユウキ、お前まだそいつ見つけてねーんだろ。早く見つけろよ」
「だからずっと探してるんだってば! なのに公園中どこ探しても見つからないんだよ!」
――ガアッ!!
時計台の上に立つカラスが鳴いた。
羽ばたく音に全員ビクッと肩を強張らせる。
時計の針を見ると、時刻は夕方の五時をさしていた。いつの間にか日が暮れ始めていた。
途端に夕方の公園が不気味に思えてきた。
日に暮れる公園がどこか異世界への入り口へ繋がっているようで怖かった。
「わ、私帰る」
さっちゃんが言った。
「俺も……」
「あ、待って僕も!」
さっちゃんの後に続きヨシキとモリヤスもそう言うと、三人は逃げるように公園を出ていってしまった。
「ちょっと待ってよ! かくれんぼは!? まだ最後の一人が見つかってないんだよ!」
三人に声をかけるも、声は虚しく夕闇に呑まれていった。
「バカらし」
唯一その場に残ったマサトも俺と目が合うとはあ、とため息を吐く。
「あいつらなに本気で怖がってるんだか。してやったりだな。俺たちそいつにからかわれたんだよ。勝手に輪の中に入ってかき乱す、ただの乱入者に」
「でも……」
それは違うと思った。
男の子のことは一目見ただけだが、とても悪ふざけやからかい半分で俺たちのかくれんぼに参加しているようには見えなかった。にこにこと笑う表情に俺たちに対する悪意は感じられなかった。
「だとしても、これだけお前が探しても見つからなかったんだぞ。先に家に帰ったかもしれないだろ。きっと待ちくたびれて帰っちゃったんだよ。瞬殺の幽鬼の異名も落ちたもんだな」
そう言うとマサトも公園を出ていった。
「本当に、帰ったのかな」
マサトはああ言ったけれど、俺はどこか心にひっかかりを感じた。
このひっかかりはきっとあの子がまだどこかに隠れてるんじゃないかという疑念だろう。
「まだ隠れてるかもしれないのに帰っちゃったら可哀想だろ」
そう言いながらも、俺も皆と同じく公園にいるのが怖かった。
日に暮れる公園に一人きり。
見つからない得体の知れない相手を探す勇気はなかった。
「隅から隅まで探したしな……」
だから俺はそう心の中で言い訳して、かくれんぼで隠れた最後の一人を見つけないまま家に帰ってしまった。
それからなんとなく俺たち五人は公園で遊ぶことはなくなった。
かくれんぼブームは静かに去っていった。
ヨシキもモリヤスもさっちゃんもマサトも、俺以外の皆は「怖かったね」と一言であの時の出来事を片付けていたが、俺はどうもあの出来事をその一言で終わらせることに抵抗があった。
モヤモヤした気持ちがいつまでも胸に残っている。
あれから一週間も過ぎていたのに、俺は一人で公園へ行き男の子を探した。
遊具の隙間から時計台の裏、土管の中までもう一度くまなく探した。
何かしないと落ち着かなかった。
「いるわけないよな」
一人で公園内を一時間近く歩き回るも男の子は見つからなかった。
「そりゃそうだよ。一週間も経ってるんだぞ」
さすがに家に帰ってる筈だ。
……帰ってる、よな?
「こんな遅く一人で何してるんだい」
後ろから声をかけられ背中が跳ねた。
振り返ると心配そうにこちらをうかがう男性が立っていた。
「もうすぐ夕方だよ。いくら公園といえあまり一人で行動しない方がいい。これから冬にかけて日が暮れるのが早いからね」
「あ、はい」
確かに時計台の時計の針は午後五時になろうとしていた。
「外で遊ぶのは元気で良いことだけどね」
わははと笑う男性の顔は特徴的だった。太い眉に厳つい目つき、なんだかだるまに似てる気がするとぼんやり思った。
「いくら公園とはいえ、一人でうろつくのは本当に危ないんだよ。なんせここでは神隠しが起きることがあるからね」
「神隠し?」
「そう神隠し。もうしばらく起きてないけれど、この公園では子供がぱたりと姿を消すことがあるんだ。神様が連れてってしまうのかね。なんにせ、ああいうのは一人でいる子を見つけて連れていくんだよ」
男性はそれだけ言うとその場を去っていった。
男性のその言葉を聞いて俺は不安がよぎった。
あの日、俺たちはあの男の子を一人にしたまま帰ってしまった。
(もしかしてあの子、神隠しに遭ったなんてことないよな)
俺たち五人全員あの男の子の素性を知らない。
男の子の家の住所も知らないし電話番号も知らない。無事あの子が家に帰れたのか分からない。
それに神隠しだけじゃない。もし一人きりでいる時に誘拐でもされていたら……
とめどない不安が胸の中に渦巻く。
公園を出た俺は男性の話を聞いてより一層深まる不安を抱えて家へ帰った。
「ねえ、父さん」
家に帰り夕飯を待っている頃、同じく帰宅して台所の向かいの椅子に座る父に話しかけた。
「ん? なんだユウキ?」
「ちょっと聞いてほしいことがあって……」
一人で不安を抱え込めなくなった俺は父に公園での男の子との出来事について全部話した。
「ちょっと不思議な感じがしたんだ。今どき坊主頭だし靴下は泥だらけで。それに、その子、もう冬近くなのに着てる服が上下夏物で半ズボンを履いてたんだ」
それまで黙って俺の話を聞いていた父だったが、男の子の姿の詳細について聞くとさっと顔色を変えた。
「もしかして、半ズボンって赤い半ズボンじゃなかったか?」
「え、どうして?」
「それで、靴下にはてんとう虫のワンポイントが入っている」
「てんとう虫……」
そういえば、白い靴下には赤い何かの絵が入っていた。
あれはてんとう虫だった。
「まさか……そんなことが……」
血相を変える父を見て俺は心拍数が跳ね上がる。
「もしかして、父さん、あの子のこと知ってるの?」
「ああ。その子は……俺が子供の頃一緒にかくれんぼをして遊んだ友達だった。名前は“タダシくん”といって、とても優しい子だった」
「父さんが子供の頃?」
それって何十年も前のことじゃないか。
それが本当なら今頃そのタダシくんも父と同じ大人になってるはず。
でもあの子は俺たちと同い年くらい、少年の姿のままだった。
「ちょうどお前と同じ小学五年生の頃だったんだ」
父は当時のことを話し始めた。
……俺は学校の仲の良い友達たち数人を誘って公園でかくれんぼをしたんだ。
その中にはタダシくんもいた。
ジャンケンで負けた俺が鬼をやることになって、俺は隠れた子たちをどんどん見つけた。
だが、タダシくんは隠れるのが上手かった。彼を夕方になるまで見つけられなかった。
いつまでも見つからない彼に痺れを切らした俺たちは彼を残したまま家に帰ってしまった。
しかしその日の夜、タダシくんの親御さんから電話がかかってきて『息子が帰ってこない』と聞き、初めて事態の深刻さに気づいたんだ。
すぐに警察も動いてくれたが、タダシくんは消えてしまい今現在も見つからないまま。
世間は“神隠し”と囃し立てたが警察は誘拐事件として捜索を何年も続けた。
「……続けたんだが、一向に手がかりは掴めなかった。俺が社会人になる年にタダシくんの捜索活動は打ち切られてしまったんだ」
「じゃあ、あの子は」
「おそらく幽霊だろうな。捜索活動が打ち切られて二十年以上経つが、あの子はまだ助けを呼んでたんだな。本当に、可哀想なことをした……」
父は当時のことを忘れた日はないという。
ずっと後悔に苛まれ、眠れない日が今も多々あると言った。
父は俺の頭を優しく撫でると、
「話してくれてありがとな、ユウキ。もう一度警察に捜索を頼んでみよう。今の俺の職場に霊能力のある奴がいるんだ。ユウキたちにも彼が見えたのなら、助けを呼ぶ声が聞こえるかもしれない」
「……うん。今度こそタダシくんを助けなきゃね」
頭を撫でる手のひらの温度は温かくも震えていた。
俺は父が一人抱えてきた気持ちの重みを知った。
それから二週間が過ぎた頃だった。
警察と父の知人の霊能力者の協力により、彼らしき遺体が県境にある山のうちの一つで発見された。
遺体は山小屋近くに埋められ白骨化していた。
DNA鑑定に提出し結果待ちの状態だが、埋められていた衣類は当事彼が着ていたものと酷似しているためタダシくん本人である可能性はほぼ確定だという。
捜索を共に手伝った父は変わり果てた友人の姿を見て「やっと見つけてやれた……」と張り詰めた気持ちが解放されると共に当時の激しい後悔がこみ上げたのか、目を潤ませ俺にもう一度礼を言った。
今回の行方不明だったタダシくんの遺体発見により警察は『児童誘拐殺人事件』として再び本格的な捜査を開始した。
……程なくしてタダシくんを誘拐し殺害した犯人が逮捕された。
テレビで報道された犯人の顔は、だるまのような厳つい顔をしていた。
小学五年生ともなるとだんだんと外で遊ぶことも男女で一緒に遊ぶことも少なくなる。
そんな中で、俺たち五人は小学五年生になった今も仲良く遊んでいた。
全員違うタイプの五人だった。
勝ち気な性格のヨシキ、臆病だが優しいモリヤス、紅一点のさっちゃん、冷静で賢いマサト、そして俺、ユウキを入れた五人の間ではかくれんぼをして遊ぶのが流行っていた。
学校が終わると、俺たち五人は一目散に公園へ向かってかくれんぼをした。
早く全員が見つかってしまった時は延長戦と称して日が暮れるまでずっと遊んだ。
この日も俺たち五人はいつも遊ぶ公園でかくれんぼを始めようとしていた。
鬼役をやるのはいつも俺だった。
「よーしお前ら全員秒で見つけてやるから覚悟しろよ」
見つけるのが早い俺はメンバーから“瞬殺の幽鬼”と呼ばれ、俺に一番最後まで見つけられない奴が優勝という謎のルールまで設定されていた。
(……あれ?)
俺はある違和感を感じた。
俺たち五人以外に見たことない男の子が一人、立っていた。
(誰だろうこの子)
誰かの友達かな。
他の四人のうちの誰かが呼んできたのだろうか。
その男の子はにこにこと笑みを浮かべてグループの輪に入っている。
なんというか、その子だけ俺たちと纏ってる空気が違った。
今どき珍しい坊主頭で赤い半ズボンから出た足は健康的だが擦り傷がいっぱいある。白い靴下には泥がついていた。
隣に立つモリヤスが男の子と話していたのでモリヤスが連れてきた友達かなと勝手に解釈した。
その子について他のメンバーも言及しなかったし、男の子も笑顔で良い子そうだったので気にせず一緒に遊ぶことにした。
(それにかくれんぼは数が多いほど楽しいし)
だから、一体その子がなんて名前でどういう子なのか分からないままかくれんぼは始まった。
「いーち、にぃーい……」
鬼の俺が十数え終わると、公園内に隠れた皆を探した。
「さっちゃんみーっけ!」
「ちぇー、見つかっちゃった」
「そこヨシキ、その隣の土管の中にマサト見っけ!」
「くそー見つかった!」
「ユウキ見つけるの早すぎ……」
そのあと木の枝にしがみつくモリヤスを見つけた。
(最後の一人はあの子か……やるなあいつ)
今日はいつもより隠れてるのが一人多い。
初参加なのに最後まで残るなんてやるなと感心した。
最後の一人を見つけるため、くまなく公園内を歩き回る俺を見て、マサトが信じられないことを言った。
「何やってるんだユウキ。これで全員だろ。最後のモリヤスも見つかったし、時間も余ったから二週目やるぞ」
「え、ちょっと待ってよマサト」
「なんだよ」
「あと一人隠れてる。あの子。俺まだあの男の子のこと見つけてない」
「あの子? あ……」
俺の言葉にマサトが思い出したように声をあげた。
「なになにどうしたのー?」俺とマサトの様子を見て他の三人も集まってきた。
「なあさっちゃん、今日のかくれんぼ俺たち以外に一人多かったよな。男の子がいたじゃん。赤い半ズボン履いた男の子」
「え? 私たち以外に誰かいたっけ。私たちだけで全員じゃないの?」
きょとんとした表情を浮かべた。おおらかな性格の彼女は謎の参加者がいたこと事態に気づかなかったらしい。
しかし、そんなさっちゃんの隣にいたヨシキが、
「あー、確かにいたわ。そんなヤツ」
と首肯いた。
「覚えてる。かくれんぼ始まる前にいたヤツだよな。あいつ誰? お前ら誰かの友達? モリヤスかくれんぼ始まる前にあいつと話してたじゃん。お前の友達?」
ヨシキが尋ねるとモリヤスは顔を真っ青に首を横に振った。
「知らない、僕。ただあの子が皆と一緒の輪に入ってたから誰かが連れてきたのかなって話してただけだよ……」
場の空気が凍りついた。
「え……じゃあモリヤスは赤の他人として、モリヤス以外にその子の知り合いいる?」
「俺あんなヤツ知らねー」
「私も……」
「俺も、初めて見た」
「誰も面識がないのにあの少年は平然と輪に入ってきた、と」
改めて状況を整理するマサトの言葉にさっちゃんが小さく悲鳴を漏らした。
「ねえ怖いよ。じゃあ今隠れてる子って誰なの」
泣き出しそうな声でさっちゃんが言う。
「気味が悪いよ。誰も知らない子なのに当たり前のように私たちに溶け込んでたってことでしょ。怖いよ。その子何者なの?」
さっちゃんが隣にいるヨシキの袖を引っ張る。
「お、俺に聞くなよ」
ヨシキの身体も震えていた。
「なあユウキ、お前まだそいつ見つけてねーんだろ。早く見つけろよ」
「だからずっと探してるんだってば! なのに公園中どこ探しても見つからないんだよ!」
――ガアッ!!
時計台の上に立つカラスが鳴いた。
羽ばたく音に全員ビクッと肩を強張らせる。
時計の針を見ると、時刻は夕方の五時をさしていた。いつの間にか日が暮れ始めていた。
途端に夕方の公園が不気味に思えてきた。
日に暮れる公園がどこか異世界への入り口へ繋がっているようで怖かった。
「わ、私帰る」
さっちゃんが言った。
「俺も……」
「あ、待って僕も!」
さっちゃんの後に続きヨシキとモリヤスもそう言うと、三人は逃げるように公園を出ていってしまった。
「ちょっと待ってよ! かくれんぼは!? まだ最後の一人が見つかってないんだよ!」
三人に声をかけるも、声は虚しく夕闇に呑まれていった。
「バカらし」
唯一その場に残ったマサトも俺と目が合うとはあ、とため息を吐く。
「あいつらなに本気で怖がってるんだか。してやったりだな。俺たちそいつにからかわれたんだよ。勝手に輪の中に入ってかき乱す、ただの乱入者に」
「でも……」
それは違うと思った。
男の子のことは一目見ただけだが、とても悪ふざけやからかい半分で俺たちのかくれんぼに参加しているようには見えなかった。にこにこと笑う表情に俺たちに対する悪意は感じられなかった。
「だとしても、これだけお前が探しても見つからなかったんだぞ。先に家に帰ったかもしれないだろ。きっと待ちくたびれて帰っちゃったんだよ。瞬殺の幽鬼の異名も落ちたもんだな」
そう言うとマサトも公園を出ていった。
「本当に、帰ったのかな」
マサトはああ言ったけれど、俺はどこか心にひっかかりを感じた。
このひっかかりはきっとあの子がまだどこかに隠れてるんじゃないかという疑念だろう。
「まだ隠れてるかもしれないのに帰っちゃったら可哀想だろ」
そう言いながらも、俺も皆と同じく公園にいるのが怖かった。
日に暮れる公園に一人きり。
見つからない得体の知れない相手を探す勇気はなかった。
「隅から隅まで探したしな……」
だから俺はそう心の中で言い訳して、かくれんぼで隠れた最後の一人を見つけないまま家に帰ってしまった。
それからなんとなく俺たち五人は公園で遊ぶことはなくなった。
かくれんぼブームは静かに去っていった。
ヨシキもモリヤスもさっちゃんもマサトも、俺以外の皆は「怖かったね」と一言であの時の出来事を片付けていたが、俺はどうもあの出来事をその一言で終わらせることに抵抗があった。
モヤモヤした気持ちがいつまでも胸に残っている。
あれから一週間も過ぎていたのに、俺は一人で公園へ行き男の子を探した。
遊具の隙間から時計台の裏、土管の中までもう一度くまなく探した。
何かしないと落ち着かなかった。
「いるわけないよな」
一人で公園内を一時間近く歩き回るも男の子は見つからなかった。
「そりゃそうだよ。一週間も経ってるんだぞ」
さすがに家に帰ってる筈だ。
……帰ってる、よな?
「こんな遅く一人で何してるんだい」
後ろから声をかけられ背中が跳ねた。
振り返ると心配そうにこちらをうかがう男性が立っていた。
「もうすぐ夕方だよ。いくら公園といえあまり一人で行動しない方がいい。これから冬にかけて日が暮れるのが早いからね」
「あ、はい」
確かに時計台の時計の針は午後五時になろうとしていた。
「外で遊ぶのは元気で良いことだけどね」
わははと笑う男性の顔は特徴的だった。太い眉に厳つい目つき、なんだかだるまに似てる気がするとぼんやり思った。
「いくら公園とはいえ、一人でうろつくのは本当に危ないんだよ。なんせここでは神隠しが起きることがあるからね」
「神隠し?」
「そう神隠し。もうしばらく起きてないけれど、この公園では子供がぱたりと姿を消すことがあるんだ。神様が連れてってしまうのかね。なんにせ、ああいうのは一人でいる子を見つけて連れていくんだよ」
男性はそれだけ言うとその場を去っていった。
男性のその言葉を聞いて俺は不安がよぎった。
あの日、俺たちはあの男の子を一人にしたまま帰ってしまった。
(もしかしてあの子、神隠しに遭ったなんてことないよな)
俺たち五人全員あの男の子の素性を知らない。
男の子の家の住所も知らないし電話番号も知らない。無事あの子が家に帰れたのか分からない。
それに神隠しだけじゃない。もし一人きりでいる時に誘拐でもされていたら……
とめどない不安が胸の中に渦巻く。
公園を出た俺は男性の話を聞いてより一層深まる不安を抱えて家へ帰った。
「ねえ、父さん」
家に帰り夕飯を待っている頃、同じく帰宅して台所の向かいの椅子に座る父に話しかけた。
「ん? なんだユウキ?」
「ちょっと聞いてほしいことがあって……」
一人で不安を抱え込めなくなった俺は父に公園での男の子との出来事について全部話した。
「ちょっと不思議な感じがしたんだ。今どき坊主頭だし靴下は泥だらけで。それに、その子、もう冬近くなのに着てる服が上下夏物で半ズボンを履いてたんだ」
それまで黙って俺の話を聞いていた父だったが、男の子の姿の詳細について聞くとさっと顔色を変えた。
「もしかして、半ズボンって赤い半ズボンじゃなかったか?」
「え、どうして?」
「それで、靴下にはてんとう虫のワンポイントが入っている」
「てんとう虫……」
そういえば、白い靴下には赤い何かの絵が入っていた。
あれはてんとう虫だった。
「まさか……そんなことが……」
血相を変える父を見て俺は心拍数が跳ね上がる。
「もしかして、父さん、あの子のこと知ってるの?」
「ああ。その子は……俺が子供の頃一緒にかくれんぼをして遊んだ友達だった。名前は“タダシくん”といって、とても優しい子だった」
「父さんが子供の頃?」
それって何十年も前のことじゃないか。
それが本当なら今頃そのタダシくんも父と同じ大人になってるはず。
でもあの子は俺たちと同い年くらい、少年の姿のままだった。
「ちょうどお前と同じ小学五年生の頃だったんだ」
父は当時のことを話し始めた。
……俺は学校の仲の良い友達たち数人を誘って公園でかくれんぼをしたんだ。
その中にはタダシくんもいた。
ジャンケンで負けた俺が鬼をやることになって、俺は隠れた子たちをどんどん見つけた。
だが、タダシくんは隠れるのが上手かった。彼を夕方になるまで見つけられなかった。
いつまでも見つからない彼に痺れを切らした俺たちは彼を残したまま家に帰ってしまった。
しかしその日の夜、タダシくんの親御さんから電話がかかってきて『息子が帰ってこない』と聞き、初めて事態の深刻さに気づいたんだ。
すぐに警察も動いてくれたが、タダシくんは消えてしまい今現在も見つからないまま。
世間は“神隠し”と囃し立てたが警察は誘拐事件として捜索を何年も続けた。
「……続けたんだが、一向に手がかりは掴めなかった。俺が社会人になる年にタダシくんの捜索活動は打ち切られてしまったんだ」
「じゃあ、あの子は」
「おそらく幽霊だろうな。捜索活動が打ち切られて二十年以上経つが、あの子はまだ助けを呼んでたんだな。本当に、可哀想なことをした……」
父は当時のことを忘れた日はないという。
ずっと後悔に苛まれ、眠れない日が今も多々あると言った。
父は俺の頭を優しく撫でると、
「話してくれてありがとな、ユウキ。もう一度警察に捜索を頼んでみよう。今の俺の職場に霊能力のある奴がいるんだ。ユウキたちにも彼が見えたのなら、助けを呼ぶ声が聞こえるかもしれない」
「……うん。今度こそタダシくんを助けなきゃね」
頭を撫でる手のひらの温度は温かくも震えていた。
俺は父が一人抱えてきた気持ちの重みを知った。
それから二週間が過ぎた頃だった。
警察と父の知人の霊能力者の協力により、彼らしき遺体が県境にある山のうちの一つで発見された。
遺体は山小屋近くに埋められ白骨化していた。
DNA鑑定に提出し結果待ちの状態だが、埋められていた衣類は当事彼が着ていたものと酷似しているためタダシくん本人である可能性はほぼ確定だという。
捜索を共に手伝った父は変わり果てた友人の姿を見て「やっと見つけてやれた……」と張り詰めた気持ちが解放されると共に当時の激しい後悔がこみ上げたのか、目を潤ませ俺にもう一度礼を言った。
今回の行方不明だったタダシくんの遺体発見により警察は『児童誘拐殺人事件』として再び本格的な捜査を開始した。
……程なくしてタダシくんを誘拐し殺害した犯人が逮捕された。
テレビで報道された犯人の顔は、だるまのような厳つい顔をしていた。
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