四月一日の受難

秋月流弥

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後編

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 これは夢か?

 樋川が俺に告白だなんて。

 妄想こそしたが現実にならないことなんて知っている。これは何かの冗談だ。
「……そうか」
 俺は今日がなんの日か思いだす。
    四月一日。
    エイプリルフール。
    そして、今日のクラスの盛り上がり。

『今日一番良い嘘をついた人が食堂の一年間無料券を貰える』

 つまり、樋川の告白は偽物フェイク。

 それを知った途端ガラガラと足場を失ったような不安定な感覚に陥る。悲しいのか怒れるのか、はたまた呆れか、いろんな感情が混じり合った、複雑な気持ち。

 お前ら食堂無料券欲しすぎだろ。

***

 放課後、俺は誰よりも早く教室を出た。

 エイプリルフールで盛り上がる教室の空気をこれ以上吸いたくなかった。

 だから、一体誰が優勝したかなんて知らない。興味もない。

 気がつくと食堂の前にいた。
「今日、お前のせいで盛大に傷ついたんだからな」
 メニューのサンプルが飾ってあるケースをこつんと叩く。完全なる八つ当たりだ。

「あら、阿良川ちゃん」
「あ、どうも……」
 ケースの隣の扉から仕事を終えて普段着に着替えた食堂のおばちゃんが出てきた。
「おばちゃん、食堂の無料券なんて何で思いついたんだよ」
「え?」
「一番良い嘘ついた奴に食堂無料券一年分くれるって……おばちゃん考えたんだろ?」
「一年分!?」

 おばちゃんは円らな瞳をぱちくりと瞬かせる。

「そんな話初めて聞いたけど」
「え?」 
「ははーん」
    おばちゃんは丸い顎を撫で名探偵のように俺に真実をつきつける。

「あんた騙されたね」
「……え?」
「今日はエイプリルフールでしょ? 無料券が貰えるって、それがクラスの子たちの嘘だよ」
 一瞬おばちゃんの言っている意味がわからなかった。
 じゃあ、今日の皆の張り切り具合は何だったんだ?
 何のためにそんな嘘を全員で?
 いや、それよりも無料券のことが嘘ってことは。

 樋川の告白はもしかして……

 俺は教室に向かって全速力で駆け出した。

***

「やれやれ、イベントにのっからないと告白出来ないとは」
「……ごめん」
「樋川さんは告白出来たじゃん。ヘタレな阿良川が悪い」
 謝る樋川を相沢がフォローする。
「しかし俺らナイスアシストだよな。本当に食堂無料券貰えるくらいの貢献ぶりだろ」
「クラス全員分は無理だろ」
「みんな阿良川のこと大好きだから無償の愛ってことで」
 三人は笑った。

 今日田所たちが言ったことは全部本当のことなのだ。
 阿良川は格好良くて、優しくて、でもちょっぴり情けない。
そんな不器用な友人に一歩でも前に進んで欲しかった。
 やり方は少し残酷だったかもしれないが、友人名義で許して欲しい。

「お礼の代わりに皆の前で阿良川に告白の返事させる」
「うおっ」
「やるねー樋川さん」
「明日来てくれるかしら、あのヘタレくんは」
「はははっ」

 とりあえず、四月二日の戸惑いと驚きにまみれた友人の顔を見て笑えればいい。
 そう思った矢先、噂の本人が教室に駆け込んで来るとは誰も予想出来なかった。

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