1 / 6
愛した人 1
しおりを挟む
その家の門の前に立つと、妙な違和感があった。
空き家にしては、そう古びた雰囲気がしない。よく見ると、出窓にかかるレースのカーテンは真新しい白さだ。わずかに開いた窓から吹き込む風を受けて、軽やかに揺れている。
(新しい住人が住んでるのだろうか?)
その家は平屋建てで、玄関は引戸だ。
グレーの壁は、さほど色褪せてはいない。
ふと、家屋に隣接するガレージに目を向けた。
シャッターが空いている。中を覗いてみたい衝動に駆られ、そちらに近づく。
美紀はドキリとした。そこにあったのは、紺色のインプレッサだった。隼人が乗っていた車種と同じだ。
恐る恐るナンバーを見ると、97……
(合っている。最初の二桁しか覚えていないから、後の二桁は合ってるかどうか分からないが。偶然の一致なのか、それとも、隼人の車?)
美紀は、じっとナンバープレートを見つめていたが、首を左右に振った。
(隼人の車であるわけがない。だって彼は、死んだのだから……)
もう、ここを訪れることはない。
イヤ、もう二度と来ないと決めていた。
隼人の思い出がある場所を訪れても、ただ悲しみに暮れるだけだから。
だから、隼人が住んでた街の近くには寄り付かないようにしていた。見慣れた街並みを見るのさえ嫌だった。だけど、どうしても外せない用事ができて、隼人の家の近くを車で通り過ぎることもあった。そんな時は周りには目を向けず、ただひたすら前方だけを見てハンドルを握っていた。
だが、近寄りたくないということは、逆に気になることでもあった。
隼人の両親が亡くなった後、彼が一人で暮らしていたあの家は、どうなったのだろうか? と。
築40年は経っていると聞いている。いずれ売却するとか、そのような話しは聞いていない。
隼人の死後、親族が管理しているかどうかも分からない。
いずれにしろ、新しい住人が住んでるのは確かだろう。
その時、かすかにピアノの音が聞こえてきた。
美紀は耳を澄ました。
この家の中から聞こえてくるようだ。
聞き覚えのある旋律だ。そう、隼人がよく聴いていたピアノ曲。ショパンのピアノソナタ第3番だ。
以前は美紀もこの曲が好きだったが、隼人の死後は聴く気分になれなかった。彼を思い出してしまうからだ。
第1楽章の軽やかな旋律に、じっと聴き入っていた。
(どんな人が聴いてるんだろう?)
にわかに気になりだす。
美紀は家の裏側へと歩き出した。居間がある方向だ。
(住居侵入罪で訴えられるかしら?)
少し心配になったが、好奇心が押さえられなかった。
裏側には小さな庭がある。きちんと除草はされていた。特に何も植えられてはいない。隼人の両親は生前、色とりどりの花々を植えていたらしい。両親が亡くなってからは、隼人は特に庭造りには興味を示さなかった。今の住人も、そのようだ。
第1楽章が終わり、第2楽章のちょっと明るい軽快な旋律が流れ出す。
美紀は住人に見つからないよう、そっと居間の窓際へと近づく。カーテンは開けられていた。
男性と思われる住人が、ソファーに座っている。
横顔しか見えないが、どことなく隼人に似てるような気がした。眼鏡のフレームが、隼人がかけていたものと同じようなタイプに見える。
そして、少し長めの前髪。それらは隼人を彷彿とさせた。
美紀は金縛りにあったかのように、身動きできなかった。
(まさか、そんな、隼人は死んだのよ。きっと、隼人のそっくりさんよ。世の中には似てる人、1人くらいいても不思議じゃないわ)
その時、男性がこちらに目を向けた。
(えっ、私の視線を感じたのかしら?)
ソファーから立ち上がり、窓際へと近づいてくる。
(えっ?!)
美紀は腰を抜かしそうになった。
なぜなら、男性は隼人に酷似していた。
イヤ、隼人本人? にしか見えない。
つづく
空き家にしては、そう古びた雰囲気がしない。よく見ると、出窓にかかるレースのカーテンは真新しい白さだ。わずかに開いた窓から吹き込む風を受けて、軽やかに揺れている。
(新しい住人が住んでるのだろうか?)
その家は平屋建てで、玄関は引戸だ。
グレーの壁は、さほど色褪せてはいない。
ふと、家屋に隣接するガレージに目を向けた。
シャッターが空いている。中を覗いてみたい衝動に駆られ、そちらに近づく。
美紀はドキリとした。そこにあったのは、紺色のインプレッサだった。隼人が乗っていた車種と同じだ。
恐る恐るナンバーを見ると、97……
(合っている。最初の二桁しか覚えていないから、後の二桁は合ってるかどうか分からないが。偶然の一致なのか、それとも、隼人の車?)
美紀は、じっとナンバープレートを見つめていたが、首を左右に振った。
(隼人の車であるわけがない。だって彼は、死んだのだから……)
もう、ここを訪れることはない。
イヤ、もう二度と来ないと決めていた。
隼人の思い出がある場所を訪れても、ただ悲しみに暮れるだけだから。
だから、隼人が住んでた街の近くには寄り付かないようにしていた。見慣れた街並みを見るのさえ嫌だった。だけど、どうしても外せない用事ができて、隼人の家の近くを車で通り過ぎることもあった。そんな時は周りには目を向けず、ただひたすら前方だけを見てハンドルを握っていた。
だが、近寄りたくないということは、逆に気になることでもあった。
隼人の両親が亡くなった後、彼が一人で暮らしていたあの家は、どうなったのだろうか? と。
築40年は経っていると聞いている。いずれ売却するとか、そのような話しは聞いていない。
隼人の死後、親族が管理しているかどうかも分からない。
いずれにしろ、新しい住人が住んでるのは確かだろう。
その時、かすかにピアノの音が聞こえてきた。
美紀は耳を澄ました。
この家の中から聞こえてくるようだ。
聞き覚えのある旋律だ。そう、隼人がよく聴いていたピアノ曲。ショパンのピアノソナタ第3番だ。
以前は美紀もこの曲が好きだったが、隼人の死後は聴く気分になれなかった。彼を思い出してしまうからだ。
第1楽章の軽やかな旋律に、じっと聴き入っていた。
(どんな人が聴いてるんだろう?)
にわかに気になりだす。
美紀は家の裏側へと歩き出した。居間がある方向だ。
(住居侵入罪で訴えられるかしら?)
少し心配になったが、好奇心が押さえられなかった。
裏側には小さな庭がある。きちんと除草はされていた。特に何も植えられてはいない。隼人の両親は生前、色とりどりの花々を植えていたらしい。両親が亡くなってからは、隼人は特に庭造りには興味を示さなかった。今の住人も、そのようだ。
第1楽章が終わり、第2楽章のちょっと明るい軽快な旋律が流れ出す。
美紀は住人に見つからないよう、そっと居間の窓際へと近づく。カーテンは開けられていた。
男性と思われる住人が、ソファーに座っている。
横顔しか見えないが、どことなく隼人に似てるような気がした。眼鏡のフレームが、隼人がかけていたものと同じようなタイプに見える。
そして、少し長めの前髪。それらは隼人を彷彿とさせた。
美紀は金縛りにあったかのように、身動きできなかった。
(まさか、そんな、隼人は死んだのよ。きっと、隼人のそっくりさんよ。世の中には似てる人、1人くらいいても不思議じゃないわ)
その時、男性がこちらに目を向けた。
(えっ、私の視線を感じたのかしら?)
ソファーから立ち上がり、窓際へと近づいてくる。
(えっ?!)
美紀は腰を抜かしそうになった。
なぜなら、男性は隼人に酷似していた。
イヤ、隼人本人? にしか見えない。
つづく
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?
曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」
エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。
最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。
(王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様)
しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……?
小説家になろう様でも更新中
【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる