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第二部

砕け散る……Ⅱ

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 「わたくしには話せないということかしら? こんなにお願いしていますのに、冷たい方ですわね。フローラ様」

 恋バナって、こんな殺伐とした雰囲気で話すものではないと思うのですが。これはお願いではなく脅しではないですか。そう思うのですが、口に出せるわけはありません。
 もしも鉄扇で顔を打たれたら無傷ではすまないでしょう。暴力をふるう方ではないと思いますが、万が一ということもあります。ちょっと掠っただけでも、と思うと恐怖以外のなにものでもありません。

 すわった目で睨みつけるビビアン様。

 怯みそうになる気持ちに鞭を打って、途切れ途切れになりながらも、ガーデンパーティーのことを話しました。あの場所はレイ様との思い出の場所。心の中にしまって大事にしたかったのに。
 
「ガーデンパーティー。わたくしもあの場にいましたのよ。なぜ誘ってくださらなかったの?」

 なぜって……信じられない言葉を聞いたような気がするのですが。何をおっしゃっているのか、理解できません。あの頃はビビアン様とは知り合っておりませんし、レイ様に会ったのは、本当に偶然なのに。

「ふふっ。まあ、よろしいわ。これからが大事ですものね。フローラ様はリチャード殿下の語学教師をしてらっしゃるのよね。今度から、わたくしが行きますから、変わっていただけるかしら。わたくしの方が相応しいと思いますのよ。よろしいですわね」

 決定事項のように言われても困ります。
 私はフルフルと頭を左右に振りました。

「これは、私が決めたわけではありませんので、勝手に変わるわけにはまいりません」

 なんとか答えましたが、ビビアン様は目を細めて口角を上げるとニッと笑います。

「冷たいですわね。わたくしお友達でしょう? 推薦してくださってもよろしいのよ。二人で担当するのもよいのではないかしら。名案だわ。そう思いませんこと?」

 突拍子もない提案に是とは言えません。黙ったままでいると今度は鉄扇でくいっとあごを持ち上げられました。
 
「私はあくまでも臨時ですので、正式な教師は間もなく決まるかと思います。ですので私ではお力になれないかと」

「あら、そうですの。あなたも案外使えませんのね」

 無茶な事を平然と言ってのけるビビアン様に言い知れぬ恐怖がこみ上げます。

「そろそろ、レイニー殿下を解放して差し上げたらいかがかしら?」

 レイ様? 解放してって、どういう意味なのでしょうか? 
 
「レイニー殿下もお気の毒ね。ガーデンパーティーで知り合ったばかりに、こんな地味で冴えない令嬢の相手をしなければならないなんて。いい加減、うんざりしていらっしゃるのではないかしらねぇ」

 そ、そんな……レイ様はそんな方ではないわ。いつもお優しくて、楽しそうにお話をして下さるのに。うんざりって言い方はあんまりだわ。

「レイ様、レイニー殿下はとても気さくな方で、私にも分け隔てなく接してくださいます」

 レイ様とつい口に出た時、ビビアン様の眉がピクリと動きました。私はしまったと思ってすぐに言い直したので、不問にして下さったようです。

「それは当たり前でしょう。わたくしだって嫌いな方がいたとしても態度には出しませんわ。そういうものでしょう? だから、あなたが察してあげないといけないのではなくて。もう十分にお相手をしてもらったでしょうから、自ら引くことも大切よ。これ以上、嫌われないためにもね」

 意味が分かりません。嫌われている。私はレイ様に嫌われているの?

「それに、これはあまり言いたくはなかったけれど、レイニー殿下とのダンスはみっともなかったですわ。殿下も渋々お相手をなさったのでしょうけれど、まったく釣り合っていませんでしたわ。わたくしがそばにいればフローラ様をお止めしたのに、ごめんなさいね。お役に立てませんでしたわ」

 止めどもなくスラスラと出てくる批判や非難。どう受け止めたらいいのでしょう。レイ様はファーストダンスも私と踊りたかった、二曲目も三曲目もっておっしゃっていたわ。あれが嘘だなんて思えない。あの庭園で二人でダンスを踊ったのに。
 釣り合ってないって、みっもないって、わかっているわ。自分の容姿くらい、地味、華がないって散々言われてきたんだもの。

「知っていまして? レイニー殿下に結婚の話が出ているそうですわよ。結婚も政治ですものね。本人の一存だけでは決まりませんわ。そうなるとどなたが選ばれるのかしら。フローラ様、もしやご自分が選ばれると思っていませんわよね?」

 蔑む目で私を見るビビアン様に首を左右に振りました。 

「ですわよね。少し親しくしているというだけで、結婚できるだなんて勘違いをするような愚かな令嬢でなくて、分を弁えた方でよかったですわ。フローラ様、そのことをお忘れなきようにね」

 レイ様と私の間には何もない。ましてや結婚なんて……あるはずはないわ。
 レイ様にとって私は小さな子供のようなもの。
 ビビアン様はなぜ私をそんなに責め立てるのかしら? 

「レイニー殿下に相応しいのは、王子妃として横に立てるのは、わたくしのような美貌も教養も何もかも完璧な令嬢こそ相応しいと思いませんこと? わかったかしら? 分相応。先日言いましたわよね。何事も格があるのですわ。王子妃に相応しいのは誰であるか。誰の目にも明らかだと思いますわよ。ふふっ。婚約破棄された地味で冴えない傷物令嬢では相応しいとは言えませんわね」

 ああ、これが言いたかったのね。
 レイ様に相応しいのは自分だとビビアン・シュミット公爵令嬢だとそういいたかったのね。

 彼女の言う通り、ダンスをしているお二人はとても素敵だったし、お似合いだったもの。それをわざわざ私に知らせなくてもいいのに。私がレイ様と会っていたから? ダンスをしていたから? それが許せなかったのかしら。
 王子妃になりたいなんて思ってもいなかった。レイ様の事は好きだけれど、そんな大それたこと考えてもいなかった。

「そういえば、結婚など考えていないとおっしゃっていましたわね。でも、テンネル侯爵家の子息となら釣り合うのではないかしらね。相手は違えど元々婚約してたんですものね。地味で冴えない者同士、とてもお似合いでしたわよ。わたくしも祝福致しますわ」

 冷笑を浮かべたビビアン様に何も言葉が出てきません。唇を噛みしめてこみ上げてくる涙をこらえるのでせいっぱいです。何かを言ったとしてもそれに対してまた嘲りの言葉が返ってくるだけでしょう。
 あきらめの境地と論破できない悔しさと自分の恋心も踏みにじられた悲しみで胸が張り裂けそうです。

「わかって下さったようね。よかったですわ。では、ごきげんよう」

 自分勝手に結論づけたビビアン様は鉄扇を仕舞うと優雅な足取りで立ち去って行きました。
 ビビアン様が見えなくなると体の力が一気に抜けて、壁伝いにズルズルと地面に崩れ落ちました。何があったのか何を言われたのか、頭が混乱して何も考えられなくて。

 力なく座り込んだまま、放心して動けなくて、さっきまで我慢していた涙が溢れてきて頬を濡らします。んっ、ひっく、ううっ。嗚咽を漏らしながら、ぽたぽたと流れる涙は握りしめた手に落ちていきました。

 ポツ、ポツ。
 雨雲が空を瞬く間に覆い辺りが暗くなった途端に降りだした雨。
 空から落ちた雨は地面に吸い込まれていきました。
 
 やがて、ザーと本格的に降り出した雨は私の髪を制服を容赦なく濡らしていきます。制服にしみ込んだ冷たい雨の水分が体温を奪っていきますが、抜け殻のような体では立ち上がることさえできませんでした。
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