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第二部
チェント男爵令息side②
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「はあ……」
天井を仰いで大きく息をつく。本当に溜息しか出て来ない。向かい側の一人がけのソファに座っている父は項垂れて下を向いている。
旧邸の父の書斎で俺達は引き籠っていた。今頃は商談に飛び回っていたはずなのに、それも出来ず俺達は頭を悩ませていた。
というのも、養女として引き取ったリリアの失態のためだった。
学園を卒業をして、あとは結婚式を迎えるばかり。やっと肩の荷も下りると安心した矢先に、最後の最後である卒業パーティーでやらかしてくれたのだ。
王族であるリチャード殿下に絡むなど誰が想像できただろう。失礼な発言の数々。無礼で不敬な態度。市井の子供のように接し、フローラ嬢の注意も一切聞かなかったそうだ。リチャード殿下も相当嫌がっていらっしゃったと。それを強引に連れ出そうとし、あまつさえレイニー王子殿下も馴れ馴れしく誘っていた。
後日、友人の邸に招待されて一部始終を見ていたという友人から聞かされた。
当日、リリアはエドガー殿と出席していた。会場では顔を合わせただけだったが、エドガー殿と一緒だから問題はないだろうと思っていた。それが間違いだったのだろうか。
行動を共にしなくても常に監視下に置くべきだったんかもしれない。そうすれば、リチャード殿下に近づかせなかったものを。今更悔いても遅いのだが。
ダンスや貴族達の歓談。会場は卒業を迎えた卒業生達の晴れやかな顔に溢れて華やいでいた。パーティーも佳境を迎えていた時、それは起こった。
不穏な空気がどこからともなく漂い始め、なんとなく気になりその場所へと足を進めた。虫の知らせというものかもしれない。人に視線を頼りに件の場所へと行ってみると……
リチャード殿下が王太子殿下に助けを求めるように走っていくところだった。抱き上げられた殿下の泣き声が微かに聞こえた。
「一体、何が起きたんだ」
俺の呟きが聞こえたのか、そばにいた貴族が事のあらましを説明してくれた。令嬢が執拗にリチャード殿下にとても失礼な態度で話しかけていたと。
まさか……イヤな予感がして、視線を移すと目に映ったのはリリアの姿。フローラ嬢とレイニー王子殿下の姿もあった。リリアが原因でひと悶着あったのか。
マクレーン伯爵令嬢と王太子殿下が会話していらっしゃるのが見えた。殿下がチラッとリリアに目を向けたのが分かった。泣いていらっしゃるリチャード殿下の背中を撫でている妃殿下。
卒業パーティーという晴れやかな会場で王族を巻き込んで何をやっているのか、うちの義妹は。
目の前がクラクラして真っ暗になったように感じた。リリアはエドガー殿と一緒ではなかったのか? 探しても彼の姿はない。今は悠長にそんなことを考えている場合ではない。
俺と父は王太子殿下方の前に進み出て謝罪した。
突っ立っているリリアも呼び寄せて謝罪するように促したが、とんでもない発言をしてしまい、下がっていた血の気が更に下がってしまった。眩暈がしてがくんと膝をつきそうになるのを何とか耐えた。
『子供の遊び相手をしたかっただけなんですけど、ごめんなさい』
いくらなんでもこの謝罪はないだろう。
今まで貴族の学園で何を学んできたのか。侯爵夫人教育で何を学んでいるのか。侯爵夫人からは少しずつ良くなっていると聞いていたのに。
肝心な実践ができていない。
はあ。過去は振り返りたくないものだ。また、頭が痛くなってきた。
ちなみにリリアは謹慎させている。ふらふらと遊び歩いてもらっては困るからな。
「これから、どうしますか?」
「そうだな。どうすればよいのだろうな」
あまりにもショックが大きすぎて父も何も手がつかないようだった。
王太子殿下への謁見を願い出たのだがそれも却下された。謝罪は済んでいるとの理由で。その際にお詫びにと送ったワインは献上品という名目で受領するとの返事がきた。
寛大な対処をして頂いたのだと思う。場合によっては処罰を受けてもおかしくはない。むしろその方がよかったのかもしれない。そのように思うくらいリリアの態度は酷かった。
王太子殿下が退出なされた後すぐに俺達はリリアを連れ帰った。あんな騒動を起こした後で居座っていられるほど厚顔無恥ではない。
「商売はどうするのだ? しばらく取引はしていないのだろう?」
「そうですね。取引を見合わせる。取りやめるとの話はちらほらと来ています。今回の件で厳しい見方をされているのは事実です」
「そうか。身内が王族に無礼を働いたのだものな。下手につき合って、同類だと王家に目をつけられるのもいやなのだろう」
「俺も逆の立場であれば、同じことをするかもしれません」
「……そうだな」
今のところは商売に支障が出るほどのものではないが、将来的にはどうなんだろうな。
リリアがいればこれから先も問題を起こす可能性もある。結婚してからも。
一生悩みは尽きないかもしれない。とんだお荷物をしょい込んでしまったものだ。テンネル侯爵家にも悪いことをしてしまった。
「リリアはどうしますか?」
「リリアか。このままにはしておけないだろう。早急に対応せねばならないだろうな」
「そうですね。王太子殿下の温情に甘えて、何もしないでは王家にも顔向けできませんからね。誠意を見せるためにも何らかの処罰は必要でしょう」
俺達は最良の道を探すべく話し合いを始めた。
天井を仰いで大きく息をつく。本当に溜息しか出て来ない。向かい側の一人がけのソファに座っている父は項垂れて下を向いている。
旧邸の父の書斎で俺達は引き籠っていた。今頃は商談に飛び回っていたはずなのに、それも出来ず俺達は頭を悩ませていた。
というのも、養女として引き取ったリリアの失態のためだった。
学園を卒業をして、あとは結婚式を迎えるばかり。やっと肩の荷も下りると安心した矢先に、最後の最後である卒業パーティーでやらかしてくれたのだ。
王族であるリチャード殿下に絡むなど誰が想像できただろう。失礼な発言の数々。無礼で不敬な態度。市井の子供のように接し、フローラ嬢の注意も一切聞かなかったそうだ。リチャード殿下も相当嫌がっていらっしゃったと。それを強引に連れ出そうとし、あまつさえレイニー王子殿下も馴れ馴れしく誘っていた。
後日、友人の邸に招待されて一部始終を見ていたという友人から聞かされた。
当日、リリアはエドガー殿と出席していた。会場では顔を合わせただけだったが、エドガー殿と一緒だから問題はないだろうと思っていた。それが間違いだったのだろうか。
行動を共にしなくても常に監視下に置くべきだったんかもしれない。そうすれば、リチャード殿下に近づかせなかったものを。今更悔いても遅いのだが。
ダンスや貴族達の歓談。会場は卒業を迎えた卒業生達の晴れやかな顔に溢れて華やいでいた。パーティーも佳境を迎えていた時、それは起こった。
不穏な空気がどこからともなく漂い始め、なんとなく気になりその場所へと足を進めた。虫の知らせというものかもしれない。人に視線を頼りに件の場所へと行ってみると……
リチャード殿下が王太子殿下に助けを求めるように走っていくところだった。抱き上げられた殿下の泣き声が微かに聞こえた。
「一体、何が起きたんだ」
俺の呟きが聞こえたのか、そばにいた貴族が事のあらましを説明してくれた。令嬢が執拗にリチャード殿下にとても失礼な態度で話しかけていたと。
まさか……イヤな予感がして、視線を移すと目に映ったのはリリアの姿。フローラ嬢とレイニー王子殿下の姿もあった。リリアが原因でひと悶着あったのか。
マクレーン伯爵令嬢と王太子殿下が会話していらっしゃるのが見えた。殿下がチラッとリリアに目を向けたのが分かった。泣いていらっしゃるリチャード殿下の背中を撫でている妃殿下。
卒業パーティーという晴れやかな会場で王族を巻き込んで何をやっているのか、うちの義妹は。
目の前がクラクラして真っ暗になったように感じた。リリアはエドガー殿と一緒ではなかったのか? 探しても彼の姿はない。今は悠長にそんなことを考えている場合ではない。
俺と父は王太子殿下方の前に進み出て謝罪した。
突っ立っているリリアも呼び寄せて謝罪するように促したが、とんでもない発言をしてしまい、下がっていた血の気が更に下がってしまった。眩暈がしてがくんと膝をつきそうになるのを何とか耐えた。
『子供の遊び相手をしたかっただけなんですけど、ごめんなさい』
いくらなんでもこの謝罪はないだろう。
今まで貴族の学園で何を学んできたのか。侯爵夫人教育で何を学んでいるのか。侯爵夫人からは少しずつ良くなっていると聞いていたのに。
肝心な実践ができていない。
はあ。過去は振り返りたくないものだ。また、頭が痛くなってきた。
ちなみにリリアは謹慎させている。ふらふらと遊び歩いてもらっては困るからな。
「これから、どうしますか?」
「そうだな。どうすればよいのだろうな」
あまりにもショックが大きすぎて父も何も手がつかないようだった。
王太子殿下への謁見を願い出たのだがそれも却下された。謝罪は済んでいるとの理由で。その際にお詫びにと送ったワインは献上品という名目で受領するとの返事がきた。
寛大な対処をして頂いたのだと思う。場合によっては処罰を受けてもおかしくはない。むしろその方がよかったのかもしれない。そのように思うくらいリリアの態度は酷かった。
王太子殿下が退出なされた後すぐに俺達はリリアを連れ帰った。あんな騒動を起こした後で居座っていられるほど厚顔無恥ではない。
「商売はどうするのだ? しばらく取引はしていないのだろう?」
「そうですね。取引を見合わせる。取りやめるとの話はちらほらと来ています。今回の件で厳しい見方をされているのは事実です」
「そうか。身内が王族に無礼を働いたのだものな。下手につき合って、同類だと王家に目をつけられるのもいやなのだろう」
「俺も逆の立場であれば、同じことをするかもしれません」
「……そうだな」
今のところは商売に支障が出るほどのものではないが、将来的にはどうなんだろうな。
リリアがいればこれから先も問題を起こす可能性もある。結婚してからも。
一生悩みは尽きないかもしれない。とんだお荷物をしょい込んでしまったものだ。テンネル侯爵家にも悪いことをしてしまった。
「リリアはどうしますか?」
「リリアか。このままにはしておけないだろう。早急に対応せねばならないだろうな」
「そうですね。王太子殿下の温情に甘えて、何もしないでは王家にも顔向けできませんからね。誠意を見せるためにも何らかの処罰は必要でしょう」
俺達は最良の道を探すべく話し合いを始めた。
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