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51話 リィンの日
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「よぉ女将さん。 リィンちゃんはいるかい?」
「いらっしゃい。 いるけど...... 指導はしてくれないと思うよ」
「あー...... じゃあひょっとして?」
「そ。 ずっと一人であの時の一局」
奥のテーブルではその少女が一人リ・将棋を見つめながら微動だにしないでいた。
盤上の駒の形はリノと対戦した時の形。
リィンはそれから先の形を何度も繰り返している。 色んな手を何局も何局も。
あの時の一局、最後は乱入者の出現によりうやむやになってしまっていた。
リンは最後の一手を示して去って行ったが、それは歩の駒の直線上に歩を置く二歩(にふ)と呼ばれる反則負けの手だったのである。
見ていたおじいさんは続きが出来ないので自ら投了(負けを認める)したのだろうと言っていたが、リィンにはその言葉に納得できないものがあった。
(彼女は本人が言っていたように初心者である事は間違いないでしょう。 たまに盤面を横から見るような不思議な行動をしていたけど、ずるをした訳ではなかったし)
「ううん、それは問題じゃないわ。 驚くのは定石を無視した差し方なのに相手の手に対しては隙のない対応をしてくる所。 それで序盤で有利だと思っていた差を詰められてしまった」
それはとても初心者離れしており、このリノのちぐはぐ感がリィンの今までの対局相手と違い彼女を困惑させていた。
「最初は指導的な指し方をしようとしたのにその余裕がなくなる程の対応力」
リィン。 王国の大将軍だったカーバンの孫娘。 祖父がリ・将棋にはまりその影響で幼い頃より触れて育つ。 成長した時には同世代はおろか大人ですら彼女には勝てなくなっていた。
当初はそのもの静かな雰囲気から同世代の子からも勝負を挑まれたりもしていたが、圧倒的実力差により現在は彼女に挑む者はいなくなってしまっていたのである。 周囲の者は天才、先生などと持て囃し、カーバンにとっても自慢の孫となっていた。
「そんな彼女あの目は...... 勝負を投げようとした者の目じゃない。 あのキラキラした光はゲームを楽しんでいる者が出すもの。 私が...... 忘れかけていたものだった」
リィンは特別扱いなんて望んでいなかった。
ただ、皆と楽しく笑いたかっただけなのだ。
「彼女は私を怖がりもせず怯えもせず、フィルターなしに私との対戦を楽しんでくれてた。 もし私が彼女で私に勝つつもりだったとしたら...... そしてその思惑通りに動いたなら......」
しばらくして酒場にカーバンが姿を見せる。 カーバンはリィンを確認するとその側までやってきた。
「おおリィン。 今日はこっちにおったのか。 じいさんどもがお前に指導をしてもらえんと嘆いておったぞ。 たまには他のじいさんどもの相手も......」
「おじいちゃん」
うつむいたままのリィンがカーバンの裾をきゅっと掴んだ。
その手はわずかに震えている。
「ん? なんだリィン」
「私...... ひょっとしたら負けていたかもしれない」
「んん? こっちがリィンなのか!? 負けたとは誰にだ?」
「分からない。 ここで初めて会った人だった。 同い年位の女性」
「おいおい。 儂をからかっているのか?」
「......」
「まさか本当なのか?」
コクリとリィンは頷く。 カーバンは詳しい事情を聞いた。
「信じられん。 完全な初心者がお前と渡り合えるとは。 ......いや、だがまぁその子がリィンのやったように指したとは限らんしな、うむ」
カーバンの認めたくないような一言はリィンの耳には入っていない。 その時のリィンの心の中はたったひとつの事で占められていたから。
(私...... もう一度彼女と対局してみたい!)
「いらっしゃい。 いるけど...... 指導はしてくれないと思うよ」
「あー...... じゃあひょっとして?」
「そ。 ずっと一人であの時の一局」
奥のテーブルではその少女が一人リ・将棋を見つめながら微動だにしないでいた。
盤上の駒の形はリノと対戦した時の形。
リィンはそれから先の形を何度も繰り返している。 色んな手を何局も何局も。
あの時の一局、最後は乱入者の出現によりうやむやになってしまっていた。
リンは最後の一手を示して去って行ったが、それは歩の駒の直線上に歩を置く二歩(にふ)と呼ばれる反則負けの手だったのである。
見ていたおじいさんは続きが出来ないので自ら投了(負けを認める)したのだろうと言っていたが、リィンにはその言葉に納得できないものがあった。
(彼女は本人が言っていたように初心者である事は間違いないでしょう。 たまに盤面を横から見るような不思議な行動をしていたけど、ずるをした訳ではなかったし)
「ううん、それは問題じゃないわ。 驚くのは定石を無視した差し方なのに相手の手に対しては隙のない対応をしてくる所。 それで序盤で有利だと思っていた差を詰められてしまった」
それはとても初心者離れしており、このリノのちぐはぐ感がリィンの今までの対局相手と違い彼女を困惑させていた。
「最初は指導的な指し方をしようとしたのにその余裕がなくなる程の対応力」
リィン。 王国の大将軍だったカーバンの孫娘。 祖父がリ・将棋にはまりその影響で幼い頃より触れて育つ。 成長した時には同世代はおろか大人ですら彼女には勝てなくなっていた。
当初はそのもの静かな雰囲気から同世代の子からも勝負を挑まれたりもしていたが、圧倒的実力差により現在は彼女に挑む者はいなくなってしまっていたのである。 周囲の者は天才、先生などと持て囃し、カーバンにとっても自慢の孫となっていた。
「そんな彼女あの目は...... 勝負を投げようとした者の目じゃない。 あのキラキラした光はゲームを楽しんでいる者が出すもの。 私が...... 忘れかけていたものだった」
リィンは特別扱いなんて望んでいなかった。
ただ、皆と楽しく笑いたかっただけなのだ。
「彼女は私を怖がりもせず怯えもせず、フィルターなしに私との対戦を楽しんでくれてた。 もし私が彼女で私に勝つつもりだったとしたら...... そしてその思惑通りに動いたなら......」
しばらくして酒場にカーバンが姿を見せる。 カーバンはリィンを確認するとその側までやってきた。
「おおリィン。 今日はこっちにおったのか。 じいさんどもがお前に指導をしてもらえんと嘆いておったぞ。 たまには他のじいさんどもの相手も......」
「おじいちゃん」
うつむいたままのリィンがカーバンの裾をきゅっと掴んだ。
その手はわずかに震えている。
「ん? なんだリィン」
「私...... ひょっとしたら負けていたかもしれない」
「んん? こっちがリィンなのか!? 負けたとは誰にだ?」
「分からない。 ここで初めて会った人だった。 同い年位の女性」
「おいおい。 儂をからかっているのか?」
「......」
「まさか本当なのか?」
コクリとリィンは頷く。 カーバンは詳しい事情を聞いた。
「信じられん。 完全な初心者がお前と渡り合えるとは。 ......いや、だがまぁその子がリィンのやったように指したとは限らんしな、うむ」
カーバンの認めたくないような一言はリィンの耳には入っていない。 その時のリィンの心の中はたったひとつの事で占められていたから。
(私...... もう一度彼女と対局してみたい!)
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