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第百三十七回 乱入者

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 扈家荘から来た扈三娘は村の中央にある広場に居た。張青の店で買った肉饅頭を三つも持って。

「はぐはぐ。全くなんなのこの村は! 魅力的なものがありすぎなんですけど? もぐもぐ」

 食べ物や娯楽は王倫が特に力を入れていた部分。近隣の集落と比べれば突出している。それだけでなく水車という道具で水を効率的に利用までしている光景は完全に扈三娘の知る世界観をうち壊していた。

 扈三娘も若く順応性が高いのかすぐにこの村の利便性の虜になってしまう。

「ここはまずいわ。危険なんてものじゃない。多分ここを知ったら他の場所になんて住めないと思う」

 彼女は自分の感想を手に持った肉饅頭に力説していた。

「はぁあ。目移りするお店は多いしこの肉饅頭も美味しいし、食べ物のためだけにやってくる旅人がいるって話も今では納得だわ。ぱくり」

 また一口肉饅頭をかじる。

「まぁ不満な点をあえてあげるなら軽薄な坊主にしつこく絡まれたことね。ああいう自意識過剰な男は面倒! 扈家荘だったら王英さんのように叩きのめして終わりだけど他所で揉め事起こす訳にもいかないし!」

 一応村の住人の目を気にしてはいたようだ。言って扈三娘は違和感に気付く。

「そういえば別に探してる訳じゃないけど王英さんを見かけないわね。いないのかしら? ……いえちょっと待って……」

 真剣な顔つきだが話相手は食べかけの肉饅頭。

「この村……男性が。若い男性は妙に少なくなかった?」

 品物を売る店の人、行き交う村人。箱庭の材料を探す子供(声をかけたらそう答えられた)、出会った人や話した人を思い返す。それと同時に自分の目的も思い出した。

「確かにいなかった。私が探してる腕の立ちそうな人は特に。なんで?」

 扈三娘は当然梁山泊大演習の事を知らない。しかし若さ故の思い込みが違う判断を下した。扈三娘は視線を肉饅頭から上方へ、そしてその先へと移す。山賊の拠点になっているという梁山泊へと。

「山賊退治に向かっているとか……?」

 勝手な思い込みで彼女の好奇心が刺激される。自分の腕前への自信からも怖いもの知らずな所もあった。

「こんないい村を困らせている山賊……許せなくはあるわね……」


 肉饅頭を二つ食べ終え、残りを懐にしまった扈三娘が村の出口へと足を向けた頃。文春と新潮の二人は完成した似顔絵を前にして固まっていた。

「これは……すごいな! そっくりじゃないか!」

 文春は新潮の絵。新潮は文春の絵を持ち互いの顔の横に並べて本人との違いを探している。

「いやぁ両手で別々にこうも描けるとはなんて人だ!」

 新潮は手放しで褒めるが金曜日は暗い表情のまま口の端をわずかに上げただけだった。

「……か?」
「え?」

 ぼそりと何かをきかれ新潮は聞き直す。

「それ……芸術だと思いますか?」
「え? え?」

 新潮は意図がわからず思わず文春を見た。
都で官吏経験のある文春は過去に見た絵画の記憶を掘り返しながら言葉を紡ぐ。

「私も詳しくはありませんが、今まで見た画風とは全く違いますね」

 これはこれで有りなのではないか。そうまとめるつもりだった文春。しかしそれは描いた本人によって遮られた。

「私は芸術家としての画家を目指しているのに貴方もあの男と同じく芸人の域だと言われるのですね!」
「!? そんなこと言ってな……」

 金曜日が王家村に来る前の話。彼は都で声をかけてきた人物の似顔絵を描いた。仕上がりを見て連れの男達はもとより依頼した本人も感心していたらしい。だが反応に気を良くした金曜日が芸術家を目指していると告げた事がその発端となった。

「その貧乏商家の三男とやらに芸術家ではなく座敷の芸人なら通用すると言われてしまった。と」

 いつの間にか金曜日に愚痴られ、彼を慰める立場になっている文春と新潮。

「どうか落ち着いて。私もですが、きっとその彼も芸術がなんたるかなど分からないのです。気にしてはいけません」
「そ、そうそう。お座敷遊びばかりしているからそっちに結びつけたんですよ。羨ま……けしからん」
「私も余りの言われように悔しくて咄嗟に反論してしまいました。描けない者にはわからないだろう。と」

 金曜日はごそごそと自分の荷を漁り一枚の絵を出してきた。

((う……!?))
「これは誰が描いたか分かりますか? そう。『その男が私と同じ道具を使って』描いたのです」
「「あ……あ……」」

 文春と新潮が絶句する。それは庭園に女官が佇む構図を描いた『絵画』だった。そしてその二人の反応を金曜日は予測していたのだろう。熱くなっていた表情にまたかげが差した。

「はは。でしょう? 私も思いました。これは芸術だ。とね」
「た、確かに。あ、いや! 貴殿の絵とは根本的に違いますし」
「言葉じゃないんですよ。私はそれが分かってしまったのです」
「う……」

 落ち込んだ自分に真鄭候と名乗った男は王家村を訪れる事を勧めたのだという。

「こうしてやっては来ましたが彼の真意がどこにあったのか見つけられる自信もありません」

 金曜日がいっそ筆を折ろう(引退)かと口にした刹那。文春と新潮は息が重なるように彼の腕を掴んで止めた。

「「待ったぁ! それは惜しすぎる!!」」
「え……?」

 こうして二人の強い説得と引き留めにより、金曜日は彼らの所で居候する事となる。……ちなみにこの時見せられた真鄭候の絵。文春は何かひっかかるものを感じたが、一瞬の事で結局思い過ごしと処理したようだ。


 さて、賊の本拠地に渡る道を探していた扈三娘。村を出てぐるりと回り込む形になっていたが、最短距離を進もうと街道から山の中へと足を踏み入れていた。

「困ったわ。道に迷ってしまったかも。街道沿いには箱庭の材料を探す村の人を見かけたけれど、さすがにこうも離れたら道を聞ける人はいないわよね……」

 そっと懐の肉饅頭を服の上から触る。遭難した場合に備えて頭を切り替えようとした時、遠くから喧騒が聞こえた。

「今のはまさか!?」

 村の者が山賊討伐に動いていると思い込んでいる扈三娘は音に近付くように進む。完全に計画性という言葉とは縁がない。が、幸いにも開けた場所に出てくる事ができまずは音が聞こえた方角を確認しようとする。

(音はまだ遠い。どこから……え? あれは……村の人かしら)

 音の方角とは違うが自分からそう離れていない場所。目を凝らすとそこにいる人物はしゃがんでなにやら地面をいじっているようだ。箱庭へと注ぐ情熱は、たとえ山賊と遭遇するかもしれない場所へだろうと足を運ばせてしまうのかと思わず呆れる扈三娘。

(あんな格好してまで材料探しに……)

 道を聞きつつ山賊への危険を促そうと彼女が一歩踏み出すよりも早く。その人物は音もなく立ち上がり扈三娘に向けて短刀を構えていた。

「あ、違います! 私は山賊じゃなくて旅人で。村までの道を」

 だがいきなり間合いを詰めてきた女に問答無用で斬りかかられる扈三娘。反射的にかわして距離を取る!

(今の動き!)

 体格、体つきは女性だが布が巻かれた顔は目以外を隠して殺気を放つ。

(山賊の一味……よね。やっぱり)

 扈三娘は冷静に自分の得物、日月双刀を引き抜いて構えた。両者の間に緊張が高まる。その時近くの樹木の枝が音を出して大きく揺れた!

「「!!」」

 地面に降りてくる影。三者の立ち位置を表現するなら正三角形。突然の乱入者もまた女性であった。
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