上 下
102 / 166

第百二回 術合戦決着

しおりを挟む
 芒碭山の首領、混世魔王樊瑞は従う項充、李袞と共に羅真人、瓢姫、公孫勝を瞬く間に葬りその牙を王倫に向けようとしていた。

 三人が手下達に出陣の準備をさせるため部屋から出ようとしたその時、入り口が強風で開きその風が部屋の灯りを消してしまう!

「うわ! 突風が!」

 軽い物は吹き散らされ薄暗くなった室内。

「これから戦だというのに……」
「我等を放ってどこへ向かわれるおつもりか」
「「「!」」」

 三人は身構えた。明らかに仲間のものとは違う声が響いたからだ。

「まだいたのか。どこだ出てこい!」

 李袞が叫ぶ。暗闇からむくりと何かが起き上がる!

「そこだ!」

 李袞は狙いをつけ手槍を投げた! 槍は対象の胴体に刺さった様に見え本人も手応えを感じている。

 「な、なに!?」

 だが怯まない。刺さった対象は槍を気にもとめずそのまま進み出てきたのだ。そしてその姿はなんと全身に飛刀と槍が刺さったままの血まみれの羅真人だった。

「う、うわぁ!?」

 李袞が叫び声をあげる。驚いたのは樊瑞と項充も一緒だ。

 どさり。今度は項充のすぐ近くに何者かの気配がした。彼は反射的に飛刀を抜き斬りかかろうとしたがその腕に何かがしがみつく。

「!?」

 項充も驚き身体を硬直させる。なぜならばその相手は樊瑞に術を破られ絶命したはずの公孫勝だったからだ。

「お、お前は! し、首領! こいつらは不死身なんですか!?」

 振りほどいて樊瑞のそばに寄ってくる項充。李袞も近くにくる。

「い、一体何が起きているというのだ!」

 樊瑞は余りの出来事に混乱していた。側近の二人は得物を構えてこの状況になんとか耐えているようだ。その様子に樊瑞も冷静さを取り戻す。

「……これはまさか!」

 樊瑞は項充から一本の飛刀を抜き取るとそれを自らの腕に刺した!

「ぐうぅっ!」

 しかしその痛みのおかげで樊瑞には先程までと違う光景が見れるようになる。そこは見慣れた部屋の中で灯りも消えてはいなかった。

「ほう。術にかかった可能性に気付き痛みで我にかえったか」

 羅真人の言葉に動揺する樊瑞。まさか自分が術にかけられるなどとは考えてもいなかったのだ。項充と李袞も相手の術にかかった状態なのだろう。あらぬ方向へ武器を投げつけたりしている。

 それでもたまに標的へと飛んでいく武器は相手方にいる少女によって全て掴み取られていた。

(なんて事だ。俺達がまるで相手になっていないなどと……)

 樊瑞は自分達の不利を悟ったが、それを簡単に認めたくない自分がもうひとつの可能性を示唆する。つまりこの状況もまだ相手の術中であるという展開だ。

 李袞と項充を現実に呼び戻すには自身がやったように刺激を与える方法があるが、それを悠長に相手がさせてくれるとは思えない。ならば樊瑞自身が相手の術を打ち破るしかないだろう。

 術者同士の力量があまりに違うと術を破られるだけではなく、その術を返されてしまい衝撃で意識を失うか最悪の場合は命を落とす。

 公孫勝が絶命したのもその典型例だったのだが、それはその様に見せられた相手の術だった。

「この樊瑞、先生の教えを実現する為に命は惜しまん!」

 樊瑞は集中し、自身の持つ術の力を解放する!


「……樊瑞、樊瑞よ」

 樊瑞は誰かに呼ばれ周囲を見渡す。何もない空間に自分だけが立っている。

「樊瑞」
「こ、これは先生!」

 目の前に幼い頃から面倒をみてくれた師匠が現れた。が、樊瑞の記憶では彼はすでに亡くなっているはずである。

 自身の術が成功したならば現実に戻っているはずだ。だがこれは現実ではない。

「私は敗れたのか……」

 だが最後にもう会えぬ相手に会えたのは悪い気はしない。樊瑞はそう思った。

「ほう、お主はこやつの弟子であったか」
「!!」

 真横にはいつの間にか羅真人が立って彼と同じ人物を見ている。樊瑞の先生という老人は構わず続けた。
 
「よいか。お前に教えた術はくれぐれも弱い立場の者を守る為に使うのだぞ」

 懐かしいと樊瑞は思う。目から自然に涙が溢れ出ていた。だが横にいる得体の知れない老人は突拍子もない事を口にする。

「変わらぬのう。お主らしいわい」
「な!? ご老人、私の先生をご存知なのか?」

 あまりの発言に樊瑞は互いの立場を忘れて問いかけてしまう。

「かつての同門よ。そうか……寄る年波には勝てなんだか……予想はしておったが実際に知ると寂しいものじゃな」

 同門。その言葉で樊瑞は敵意を失った。

「あ、貴方は一体……」

 その瞬間。樊瑞の両隣には李袞と項充が現われ、樊瑞の師の横には羅真人、公孫勝、瓢姫がいた。そして皆はどこかを見下ろす空中に立っていたのである。

 何が何やらわからず慌てふためく李袞と項充を樊瑞が落ち着かせると羅真人が口を開いた。

 「下を見るが良い。ここがお主達が挑もうとしている梁山泊だ」

 芒碭山の面々は上から遠目だったり、まるでその地に降り立ったかのような色々な目線で梁山泊に住む人々の生活を見せられる。

 樊瑞、李袞、項充には誰もが笑い、お互いを助け合っている梁山泊の人々が強く印象に残った。そして公孫勝の口から梁山泊は既に悪政に逆らう義の集団になっていると告げられる。

 もしこれが事実なら芒碭山の人間の方がまだ山賊行為に近い事を行っていた。

「我等は……なんという思い違いを……」

 三人は己の非を認めて詫びる。なぜだかこれがまやかしだとは思えなかったからだ。そんな彼等に瓢姫が提案する。

「みんなもくればいい」

 その言葉に芒碭山の三人は大層驚く。

「て、敵対していた我等を許すと?」
「……? まだ戦ってない。それに誤解だった」
「いやいや。お嬢ちゃんの一存だけでどうにかなる訳ないでしょう?」

 まだ幼い少女にそんな権限が到底あるとは思えないのも当然だろう。李袞達は困惑した視線をまとめ役と思われる羅真人に向けたのも無理はない。

「ワシに言えるのはそなたらは元々集う運命にあったという事だけじゃ」

 羅真人は権限がないと言い、公孫勝も笑いながら言う。

「樊瑞殿。我が師のもとで共に励めばその腕前もますます磨かれましょう。なに、そこの姫様が言うならなんら問題はござらん」
「……私じゃない。爸爸ならそうすると思っただけ」

 瓢姫は恥ずかしいのか王倫のせいにしてふいと横を向いた。

「王倫様に良い報告が出来ますな姫様」
「し、しらない」

 こうして芒碭山の山賊、樊瑞、項充、李袞と約三千の手下が梁山泊へ合流する事となり、鍛え直されてますます精強な者へと変わっていくのである。
しおりを挟む

処理中です...