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第百回 白秀英真実を知る

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 戦袍に身を包み長い髭に赤ら顔の男を瓢姫は関羽と呼んだ。その人物を鉢巻をしている怪しい男達以外は知っていた。先程まで舞台上で貂蝉と敵味方に別れていたのだ。つまりこの人物は白秀英の一座の者という事になる。

 しかしあからさまに染料と分かる赤ら顔の男の登場は相手側の思考に混乱をもたらした。

「こ、この梁山泊で狼藉を働こうとはな!」

 関羽が叫ぶ。……声が若干裏返っている気がしないでもない。周囲からは人の姿は見えないが茂みからガサガサという音が聞こえる。

「お、おい囲まれてるぞ」
「梁山泊の奴等か!?」

 男達は勝手な思い込みで動揺しはじめた。

「だから命令通り偵察だけにしておけって……」
「て、手柄をたてちまえばこっちのものなんだよ」

 この見た目関羽も役者な訳で戦力としては期待できない。周囲の者もおそらく一座の者だろう。そうなると男達がやけになった場合、戦える瓢姫一人に対して守る対象が多すぎる事になる。

「……貂蝉のお姉ちゃんそれ貸して。あとそれも」

 瓢姫は白秀英から玉錘を受け取り関羽からは青龍偃月刀を受け取った。右手に青龍偃月刀、左手に玉錘の二刀流である。

「……軽い」
「そ、それお芝居用の小道具だからとても武器には使えないわよ」
「構わない。大切なのは気分」

 言うが早いか瓢姫は武器を構えて飛び出した!

「!?」

 最初の男は武器を構える事も出来ずに青龍偃月刀を逆に持った瓢姫に柄で鳩尾(みぞおち)を突かれ崩れ落ちる。

 強度のない小道具と言えども柄はそれなりの強度があり、さらに柄の先に力を伝えて突く事で強度の脆い部分に力が分散し破損する事を防いだ。

 二人目の男には蹴り。鳩尾を蹴って気絶させた。

「い、一撃!?」

 青龍偃月刀をその場に手放し三人目の男には空いた手で首の後ろに手刀をみまって気絶させる。

「ば、化け物かぁ!」

 四人目の男の剣を見切って余裕でかわし、あわせるように左手の玉錘で男の股間を打ちつけた。男は泡を吹いて倒れ込む。

「うわぁえげつない!」

 見ていた関羽の赤ら顔が青い顔になり、混ざって紫色っぽい顔色になって自らの股間をおさえていた。想像してしまったものと思われる。

「お、俺達五人があっという間に全滅!?」

 最後の五人目は四人目の男が倒れ込む際に瓢姫がその剣を奪い、五人目が一撃を防ごうとした剣ごと身体を真っ二つにした……と周囲には見えたようだ。本人も自分は死んだと思ったのか倒れて微動だにしない。実際斬られたのは剣と鉢巻のみであった。その余りの手際の良さに白秀英は口を開けてただ成り行きを見ているだけだ。

「……終わった」

 瓢姫は剣をその場に放り、青龍偃月刀を拾って戻ってきた。

「返すね」
「あ、うん。……お嬢ちゃん強いのね」

 騒動が収まったと見て茂みから一座の者達が出てくる。

「秀英! 怪我はないか?」
「お嬢さん!」
「父さん、みんな。そういえばどうして……」

 怪しい男達に気付いたのは白秀英だけでは無かった。そこへ彼女が飛び出して行ったものだから、皆彼女の危険を感じて対応できそうな道具を持って後を追いかけてきたというのだ。

「王倫様も無事でようございました」

 白玉喬の言葉で白秀英も王倫(鄭天寿)に向き直り捲し立てる。

「王倫様! きっとこの者達は梁山泊の賊に違いありませんわ! 品もなさそうでしたし間違いありません! 王倫様の財を狙って誘拐しようとしたんですわ! あまつさえお嬢ちゃんまで慰みものにしようだなんて! あ、世話役の方は運が良かったですわね」

 一座の者が思わず沈黙してしまった。王倫(本物)は乾いた笑みを浮かべている。

「し、秀英よ」

 流石に見過ごせないと思ったのか白玉喬が口を開こうとした時、

「王倫様」

 王倫の背後に羅真人と公孫勝の姿が現れた。瓢姫以外の皆が突然の事に驚く。

「これは羅真人先生に公孫勝殿」
「災難があったようですな」
「いえ、瓢姫のおかげで災難と言う程のものでは」
「ええ。実は姫様がおられるのであえて駆けつけようとはしませんでした。お許しください。すでにこの件、村の頭目達には一清に伝えさせてあります」

 羅真人は公孫勝をとめ、別の指示を出したのも自分であると謝罪したが、王倫は先生に確信があったのなら謝る必要はないと返す。

「さすが王倫様は器が大きい。その器の大きさを見込んで頼みがあるのですが」
「なんでしょう?」
「姫様を少しお借りしたいのです」
「瓢姫を?」

 羅真人は瓢姫を見た。瓢姫はその視線に無言で頷くと王倫に近づき、

「爸爸。……ちょっと行ってくる」

 と抱きついて離れ羅真人の横に行く。

「では首領殿。姫様をお預かりいたします」

 最後に公孫勝の言葉がその場に残り、一陣の風と共に三人は姿を消していた。間もなく彼から事情を聞いていた村の頭目達が集合し、気絶している五人を縛って山寨の方へと連れて行く。

 それらの様子を混乱しながら見ていた白秀英。

「え? あの人王倫様じゃないわよね?」
「え? なんで皆私の王倫様そっちのけなの?」
「え? 襲ってきたのは梁山泊の賊でしょ?」
「え? あのお嬢ちゃん今姫様って……」
「え? 首領ってどういう事?」
「え? き、消えちゃったんだけど!」
「え? 村の人達がなんでこんな?」

 その後、自分達の為に身体を張ってくれた白秀英とそれを助けようとした一座の皆は信用出来ると王倫(本物)に感謝された。

 そして想いを寄せていた鄭天寿(本物)と自らの父白玉喬、それに一座の者達から真実を聞かされ今までの勘違いに気付く。

 その時の白秀英の表情は一座の者達に大爆笑され、事の顛末は伝説扱いされる事となる。
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