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第七十八回 王倫と宋江の違い

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 呉用は以前、梁山泊を宋と渡り合うようにする為には梁山泊の勢力に青州、登州、密州あたりを加えたいと話した事がある。しかし今度は新たに二つ目の梁山泊を用意すると言い出した。

「二つ目の梁山泊とは一体……?」
「皆が疑問に思うのも無理はない。順を追って説明しよう」

 呉用はまず奸臣がのさばる事になった原因に徽宗皇帝を挙げる。


 ※徽宗(きそう)
 書画の才に優れ、北宋最高の芸術家の一人と言われ、日本にある『桃鳩図』は国宝に指定されている。一方で政治的には無能で、彼の治世時代人民は悪政に苦しんだ。花石綱などがその例である。

 ※花石綱
 自らの芸術の糧とするために、庭園造営に用いる大岩や木を遠く南方より運河を使って運ばせた。

 また芸術活動の資金作りのために、蔡京や宦官の童貫らを登用して民衆に重税を課す。ちなみに蔡京や童貫も徽宗と芸術的嗜好が近かった。


「その為彼らに親近感を抱き四奸臣の専横を許した」

 皆静かに呉用の話を聞いている。

「次に王倫様と宋江殿の違い。この二人は義を重んじ他人を助ける意気に溢れ、皆に慕われている点でも大変似ておられる。それに謙虚でもある」

 皆頷く。

「……が。私は重大な違いに気付いてしまった。それが二つ目の梁山泊の発想に至った」
「違い……ですか?」
「王倫様は知っての通り梁山泊の平和と発展を願う方だ。故に我らがその実現の為に密かにここに集っている」
「そうですね」
「だが学究よ、その言い方では宋江殿は梁山泊の事などどうでも良いという事になるが」

 公孫勝に対して首を振る呉用。

「もし宋江殿が首領でも皆の事を考えるであろう。いや、私もそう思っていた」
「では何が違うというのだ」
「……今宋江殿は犯した罪を償うため江州で罪人として生活している。だがそれはなんのためだか考えた事は?」

 一同が顔を見合わせる。呉用が深刻そうに言う程難しい問題には思えないし、宋江を知る者なら皆知っている事だからだ。

「父親の頼みを聞いて真っ当な身になる為ですよね。孝行したいと」
「そうだ」
「いい話じゃないか学究」
「では罪を償ったとしたらどうなる? 父親の頼みを聞いて真っ当な身になって次は?」

 金大堅が呉用に答えようとする。

「? その時は晴れて梁山泊の一員に加われるのでは」
「! 待ってください金大堅殿!」

 孔明がそれを遮った。

「孔明殿?」
「そうか。そういう事ですか先生。『真っ当な身』になって賊に身を落としては本末転倒。つまり宋江殿は自由の身になっても梁山泊は選べない可能性があると?」
「あ、兄貴。じゃあ宋江殿は何処に行くんだ? 条件が縛られたらあの人が行ける場所なんてまた官僚くらいにしか……あ!」
「!!」

 孔亮が自分の発言である点に気付くと他の者も気付く。皆が一斉に呉用を見た。

「まさか王倫様と宋江殿の違いとは……」

 呉用はゆっくりと頷く。

「宋江殿は救国の志も強い。朝廷のもとで国の役に立ちたいという気持ちがあるかもしれないのだ」
「しかしもしそうだとすると梁山泊に迎える為にはどうすれば宜しいのでしょう?」
「あるとすれば……朝廷側から追われる事だ。戻れないように手を打つ他はない」

 皆黙ってしまう。

「先程も言ったが花石綱などの民に負担をかける事を続ければ間違いなく時代は戦乱期に移る。そしてその舞台は何処か知っているだろう戴宗?」

 戴宗は問われて手を叩いた。

「そうか。花石綱は江州。そしてその江州には現在宋江殿が罪人として滞在している」

 公孫勝が唸る。

「むう……まさか学究の狙いとは……」

 反乱が起きるにしてもその時期、規模や勢力の数までは呉用でも読めない。だがしかしそういった軍勢には必ず旗頭になる人物がいるものだ。そしてその旗頭は影響力を持つ者や名声のある者が選ばれやすい。

「この江州は長江沿いにある。少し北にある掲陽鎮あたりなら第二の梁山泊としても機能するやもしれん」

 呉用はこの地で将来反乱が起きると想定して、その旗頭に宋江が担ぎ出されるように狙っていたのだ。梁山泊と繋がりのある勢力なら増えた分だけ味方になる可能性が高くなる。

「掲陽鎮を南の梁山泊と仮定し、我らのいる梁山泊と長江を経由した水路で結ぶ。南の優秀な人材や志の高い人物は宋江殿のもとに集まってもらうのだ」
「なるほど。どちらも水塞なら連携も可能ですし技術供与もやりやすい」
「そうだな孔明。だがその為には南の梁山泊もこちらの計画と同じようにいくつかの州をおさえる必要があるだろうな」

 それを成すべき手段のひとつとして出処不明の偽の人事で介入し、有利な下地を整えておく。

 呉用の大計の全容は、無茶とも思えるような壮大な計画だった。
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