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第七十七回 智謀の士

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 梁山泊の中に独自の動きをする者達がいる。その指揮を担っているのが梁山泊軍師の呉用であった。彼は一部の者を味方に付け、王倫の知らぬ計画を推し進めようとしている。

「「我ら大いなる炎のために!」」

 右手を高々と掲げ、そう宣言しその場に立ち上がる孔明と孔亮。

「……それは何の真似だ二人共?」

 呉用が突っ込む。

「……話が違うじゃないか兄貴!」
「え、あ、何となくこの空気を和やかにしようかなぁと……すみません」

 ただの茶目っ気だったようだ。二人はしおれる様に静かに座った。戴宗が懐から何かを取り出して呉用に渡す。

「では改めて始めよう。まずは宋江殿を取り巻く状況から説明を頼みたい」

 呉用が促し戴宗が口を開く。

「宋江殿は学究の目論見通りに江州で人脈を広げています。慕う者の名を挙げれば李俊(りしゅん)という男を始め、その子分格の童威(どうい)、童猛(どうもう)、李立(りりつ)。さらには彼と縄張りを接する張横(ちょうおう)、張順(ちょうじゅん)兄弟に穆弘(ぼくこう)、穆春(ぼくしゅん)兄弟」

 結構な数の名が挙げられる。

「味方が多いのは良い事だ。その者達には手下もいるのだな?」
「いる」
「ではこのまま宋江殿には繋がりを広げてもらうとして、次に江州の状況だな」

 呉用は戴宗から渡されたものを机の中央に並べた。戴宗が説明を加える。

「江州知事は宰相蔡京の実子、蔡得章。名の挙がる部下としては黄文炳(こうぶんへい)という男が。これはその二人の筆跡による書簡」

 並んで座っている蕭譲と金大堅が手に持って細部まで確認した。

「蔡得章は私の上司にあたりますが、能力的には無能で父親の権威をかさに威張り散らすような男で。黄文炳も悪知恵が働き官僚へと返り咲く機会を狙っています」

 黄文炳はそれと知らずに梁山泊側の用意した賄賂を別の形で受け取っているので現在の宋江の行動には目をつぶっている所がある。しかし何か機会があれば自らの出世の為に宋江を利用する可能性があると戴宗は伝える。

「またこの男には黄文燁(こうぶんよう)という兄がいますが、こちらは似ても似つかぬ好人物で民からも慕われています」
「真に味方にするならその人物という事ですね」

 孔亮が言う。

「そうだな。それで宣州の方はどうだった?」

 宣州は江州から少し東に行ったところだ。

「一人いた。銭振鵬(せんしんほう)という男だ。この男は武官だが今の上司と自らの立場に不満を持っている。やり方次第ではこちらにつかせる事も可能だ」
「先生。そんな男の情報を得てどうされるのです?」

 孔亮が質問する。

「こちらにつかせた上で江州に異動してもらう。少し出世させられるか試してみるのも良いかもしれないな」

 呉用は蕭譲と金大堅を見た。

「まさか……偽の人事を行おうというのですか!?」

 皆がその着想に驚く。

「国の混乱は四奸臣……つまり蔡京、童貫(どうかん)、楊戩(ようせん)、高俅らが権威を掌握し専横を行っているせいではあるが……皇帝にも責がないとは言えぬのではないかと考えた」

 呉用は国の興亡を安定期から混乱期、そして戦乱期に分け、この流れを繰り返しながら現在があると説いた。

「だとするなら現在は混乱期にあり、次に来るのは戦乱の時代だと読んだのだ。そして混乱期には必ずと言って良い程ある立場の者が台頭してくる。例えば呂不韋(りょふい)」

 ※呂不韋
 中国戦国時代の秦の政治家。荘襄王を王位につけることに尽力し、秦で権勢を振るった。商人の子として生まれ若い頃より各国を渡り歩き商売で富を築く。趙の人質となっていて、みすぼらしい身なりをした秦の公子に目をつけ投資する。彼は後の始皇帝となった。

「商人……ですか」
「そうだ。今の世の流れを逆手に取れば金の力で戦わずして影から権力を握る事も可能。色々と杜撰な所を突いてな」
「そこを利用して内部から国を立て直そうというのか学究よ?」

 彼らの国から見た立場は賊である。国を持っている訳ではなく無頼漢、よくて志士だ。その彼らが国に対抗する為には。

「上の権力は悪臣の身内で固められているが綻びは作れる」
「どうやって? 皇帝の血をひくかわりの者でも擁立する気か?」
「そんな事をすれば戦乱の時代に突入だ。我らはその時に優位に立てるように備えておく」

 そして呉用は突拍子のない事を言った。『そのために二つ目の梁山泊を用意するのだ』、と。
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