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第六十八回 朱貴の受難

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 楊志達が祝家荘を離れる時がやってきた。盛大に歓迎され、目的であった関係の構築も最高の形で果たした彼等。期待に応えて梁山泊に帰れるとあって士気も高い。そんな面々を祝朝奉はじめ欒廷玉や祝家三兄弟も見送りに出てきてくれていた。

「祝朝奉様、お世話になりました」
「いやいやこちらも得るものが多かった。今後も良い関係を期待しますぞ」

 互いに笑顔で言葉を交わす。楊志は隊商の護衛という立場なので祝朝奉と話しているのは表向き引率者の朱貴だ。

「王家村には腕の良い武芸者もおりますからな。……実はそれで思いついたのですが」

 祝朝奉は祝家荘の手勢と王家村の手勢を合わせ、それを欒廷玉、楊志、蒙恬、武矢が指揮すれば王家村を悩ます梁山泊の賊など討伐できるのではないかと口にした。心配の種を共同で取り除いて共に繁栄しようというのである。

 祝三兄弟などは父の案に賛辞を送った。欒廷玉ですらやぶさかではない反応を見せる。どうやら関係性を良くしすぎてしまったようだ。

 祝家荘を訪れた者達はまさに梁山泊の賊なので討伐部隊など編成されては当然都合が悪い。しかし王家村の視点で見るならばこの申し出を断われば逆に疑問を抱かれるであろう事は容易に想像できる。

 梁山泊の皆の視線が朱貴に集中する。皆口にはせずとも上手く断れと訴えているのが痛い程伝わってきた。

「あ、あー……も、申し出は大変有難いのですが実は我等の村長も既に動いておりまして……」
「ほう! 討伐する気なのですか?」
「あ、いやまだそうではなく……」

 朱貴はしどろもどろだ。目が完全に泳いでいる。

「我等はもはや同志ではござらぬか。何か考えがあるのなら隠さずに教えてくだされ」
「うー……あー……さ、左様ですな」

 朱貴は心の中で助けて首領と何度も叫ぶ。

(こんな時でも首領なら上手く丸め込む理由をすぐに思いつくだろうに……)

「ま、丸め込む……」

 彼が無意識にぼそりと呟いた言葉に祝朝奉が反応する。

「丸め込む? まさか賊を丸め込む気でおられるのか?」
「!! そ、そう! そのまさかなのでございます!」

 祝朝奉の言葉できっかけを掴んだ朱貴はその線を軸にすぐさま話を組み立てる。

 王家村の長は頭が切れるので、まずは賊に従う振りをして貢献しつつ発言権を増し、内部から切り崩し最終的には賊そのものをのっとり村を護る尖兵にするつもりなのだと告げた。

 裏では楊志をはじめ腕の立つ者を雇い、計画が上手くいかなかった時にも備えている。近隣の村々と交流を始めたのは賊におさめる分以上の利益を密かに確保し、いずれ自由を掴み取らんが為なのだと。

「と、いう訳なので討伐に頼るのはまだ早計と考える次第でして。しかし祝朝奉殿のお考えを知れば我等の長もいたく感激する事でしょう」

 この頃になると最初は心配そうにしていた他五名も感心したように口裏を合わせていた。感心したのは祝家荘の者達も同じで、

「そのような大胆な策を講じているとは……知恵だけではなく村の為に賊の中に自ら飛び込むとは豪胆さも兼ね備えている。いやこの祝朝奉誠に感じ入った」

 朱貴は上手くいったと内心胸を撫で下ろす。

「そんな素晴らしい御仁の名を是非教えていただきたい。もし訪ねる事あらば挨拶をしておきたいですからな」

 のも束の間、今度は王家村の代表の名を教えろと言う。この時初めて全員がそれについて失念していたと気付く。王倫とは当然言えないが王家村なのだから姓は王になるだろう。

(全く。一難去ったと思ったらまた一難だ! 今日は厄日か!)

「おおう……きょ、きょうは厄日だ」

 朱貴は泣きそうな気分で再び無意識に呟いてしまった。

「なるほど。ではその主に祝朝奉がよろしく言っていたとお伝えくだされ」
「え? あ、はい」

 なぜか訳も分からず解放された朱貴。これ幸いにとそのまま話を切り上げ祝家荘を後にした。後で仲間から

「多分おうきょうって名前だと認識されたんじゃないか?」

 と推測され説明される。一方祝家荘では……


「王家村の長は男かと思ったが女性なのかもしれぬなぁ。王きょうきょうという名とは」
「女だと期待したら男なのかもよ親父殿。女の名前なのに……なんだ男かってね」

 あらぬ誤解と淡い期待をうみだしてしまっていた。

「しかし蒙恬殿は強かったですね先生」
「……そうだな。だがこれが戦だったら彼を生け捕りに出来たかもしれん」
「え?」
「私には暗器もあるし彼の性格を考慮して策を講じれば手がない訳でもない。まぁあくまで仮定の話だ。敵でなくて良かったというのが本音だな」

 皆に鮮烈な記憶を残して祝家荘での日々は終わりを迎えた。
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