上 下
63 / 166

第六十三回 祝家荘との交渉

しおりを挟む
 祝家荘。独竜岡三荘の中心にあり規模も大きく発言権も高いこの場所には、王倫の義弟であり生辰網の時に隊商を率いた経験のある楊志に酒場経営者でありながら梁山泊の最古参の杜遷、朱貴、宋万。幹部四名に新参とはいえその武勇で梁山泊に名を轟かせた花栄と秦明をあたらせていた。

「率いるのが隊商でなく兵士ならば戦だって出来るぞ。それだけの面子を揃えて投入とは義兄も思い切った事をする」

 楊志は笑った。

「首領殿はここが重要と見て我らを起用してくれた。その期待には応えんと。なぁ花栄。……いや、今は村に雇われた護衛の武矢(ぶや)殿だったな」
「ふ……そうだな蒙恬(もうてん)殿」

 祝家荘に向かう者は名や立場が知られている可能性がある者達でもあったので、楊志以外は偽名を名乗る事にしていたのである。

 因みに杜遷が孫(そん)、朱貴が劉(りゅう)、宋万が曹(そう)と名乗っていた。楊志は知名度に対して問題行動を起こした人物とは思われていないので流浪中に王家村に雇われた設定になっている。

 全体として見ると楊志以外全員無名の人物ばかりとなり、楊志一人に注意を向けさせ朱貴や花栄達に対して余計な詮索をさせたくない狙いがあった。

 賊や軍隊が訪れたのなら警戒もされようが、隊商……それも中々の品を扱う隊商と来れば祝家荘の中に入る事自体は簡単であった。

 品々に気を良くした主の祝朝奉は一行を招いて宴を催したいと申し出る。

 ※祝朝奉
 独竜岡中央にある祝家荘の主。祝家の三傑と呼ばれる祝竜・祝虎・祝彪を息子にもつ。東の李家荘・西の扈家荘と団結し結束を固めている。


 もちろん楊志達にこれを断る理由はない。そこでお互い腹の探り合いになるかもしれないという事も皆分かっていた。そう思うのも当然で、この祝朝奉の近くに立っている男が隙を見せずにこちらを窺っているのである。

(おい、楊志。あの男……)
(ああ秦明。かなり出来るな。おそらく武芸師範の男だろう)
(向こうも我々の技量をはかっている雰囲気ですね)

 楊志達とその男の鋭い視線のやりとりを他所に品物に目を輝かせる祝朝奉とそれに説明を加える朱貴、杜遷、宋万の三人。

「おーい! 息子よ誰か来てくれ!」

 祝朝奉が呼びかけると一人の男が出てきた。

「なんだい親父殿……と先生まで」
「おお祝竜か。皆さんこいつは私の息子で長男の祝竜(しゅくりゅう)と申します」

 ※祝竜
 祝朝奉の長男。腕っぷしは中々。

「この方々が良い取引を持ちかけてきてくれたのでな、宴に招待したいのだ。その準備とな、あと鶏の良さそうなやつも何羽か選んでおいてくれ。この酒や品々は絶品だぞ」
「へぇ! そいつは楽しみだ。分かったよ親父殿」

(楊志殿、これは好機ですぞ)
(む? 花栄殿?)
(ひとつ探りを入れてみましょう)

 踵を返そうとする祝竜を花栄が呼び止める。

「あ、少しお待ちを。祝朝奉様? こちらからも少しばかり肉を用意してもよろしいでしょうか?」
「む? 肉も扱っておいででしたかな」

 だが運んできた荷物に肉はない。

「花……ごほん! ぶ、武矢殿。我等は肉は運んできてはおりませんぞ」

 朱貴がそれを告げる。

「分かっていますとも劉殿。それは今から私が用意します」
「え?」

 花栄は弓を構えると空に向かい素早く矢を三度放った。すると時を置かず三羽の雁が落ちてくる。

「! 見事な腕前だ」

 師範であろう男が呟いた。祝朝奉と祝竜も目を丸くしている。

「よろしければ今獲れたこの雁も提供させていただきたい」
「おお、おお! 見事見事! すぐに捌かせましょう! 祝竜よ」
「任せとけ! 弟達も呼んで急いで準備するよ」

 この花栄の申し出とその弓の腕前に祝朝奉と祝竜も大変喜んだ。師範の男が向ける雰囲気もかなり和らいだものになった。

 こうしてまずは武矢と名乗った花栄の活躍で最初の関門を好印象で突破する事が出来たのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

徳川慶勝、黒船を討つ

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。 もしかしたら、消去するかもしれません。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

帝国夜襲艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。 今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

信濃の大空

ypaaaaaaa
歴史・時代
空母信濃、それは大和型3番艦として建造されたものの戦術の変化により空母に改装され、一度も戦わず沈んだ巨艦である。 そんな信濃がもし、マリアナ沖海戦に間に合っていたらその後はどうなっていただろう。 この小説はそんな妄想を書き綴ったものです! 前作同じく、こんなことがあったらいいなと思いながら読んでいただけると幸いです!

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

処理中です...