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第六十二回 李応と扈成と扈三娘

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 独竜岡の三家荘のひとつ李家荘。その村の長者である李応(りおう)と王家村の隊商が接触する事に成功した。

 ※李応
 あだ名は撲天鵰(はくてんちょう)で天を打つ鷲を意味し、背中に隠した飛刀を使えば百歩離れた所から人を打ち倒せた武芸に由来する。点鋼槍の使い手でもあり人品優れた大人物。

「李応殿は無条件でこちらとの取引に応じてくれる事になりました」

 朱富の報告を聞く王倫。

「無条件でか?」
「はい。設定通り王家村と梁山泊の関係を最初に説明して交流を望んだ所すんなりと」
「義に厚い人物か特に何も考えていないのか……朱富はどう見た?」
「前者です。気前よく気品もあり器の大きい人物と感じました。是非親交を深めるべきかと」
「おお。それほどの人物ならこちらこそ頼みたい」

 王倫は朱富の進言を受け入れた。

(王倫様も無条件か。器の大きさは負けていない。お互い面識もないというのに大人物同士は引き合うのだろうか)

 朱富は清々しさを感じて嬉しくなる。

 三家荘の西にある扈家荘。ここは長者の扈家嫡男である扈成(こせい)が対応にあたってくれた。その妹、扈三娘(こさんじょう)も興味を持ち兄についてくる。

 ※扈成
 性格は穏やかで理知的な人物。あだ名は飛天虎(ひてんこ)。扈三娘の実兄。

 ※扈三娘
 扈家荘のひとり娘。あだ名は一丈青(いちじょうせい)で、その美貌とは裏腹に男顔負けの武芸の持ち主。李家荘の李応とは姻戚関係にあたる。

 この扈家荘には燕順に鄭天寿、そして護衛と称して王英もついて行った。

「うん。この蟹は素晴らしい。この銀細工も丁寧だ。妹よ。これなどお前に良く似合う」
「兄上恥ずかしいです」

 ここまでは順調だったのだが……

「そこで王英の悪い癖が出まして……」

 王倫に経過を報告する燕順。女好きな王英は扈三娘を見るなりちょっかいをかけ始めたというのだ。彼は扈成が妹に似合うと言っていた銀細工を贈りたいと言ったがそれは二人の良識により断られる。

 会話から扈三娘が武術を嗜んでいると知った王英は引き下がらず、ならばと武術の勝負を申し出た。自分が勝ったら素直に贈り物を受け取れというのである。燕順と鄭天寿は困っている扈成の前でそれを止めようとしたが、当の扈三娘がそれなら話が早いとその申し出を受けたのであった。

「なるほど。その結果がそのぼろぼろになった王英という訳だな?」
「……はい。おっしゃる通りで……」

 燕順の後ろにいる王英は顔にアザや擦り傷を増やして堂々と立っている。王倫が苦笑いだけで済んでいるのは取引自体は継続できる結果が出ていたからだ。

「今度は勝ちますぜ!」

 唯一交渉に失敗し、それでも懲りずに抱負を語る王英に一同呆れる。

「兄の扈成殿も妹のやんちゃぶりを謝罪までしてくれて、こちらが申し訳ない気持ちになりましたよ」
「ふむ。だがその扈成殿、誠実な方のようだな」
「はい。妹はなかなかのじゃじゃ馬娘でしたが良い関係は築けそうです」
「ふむ……」

 王倫は突然思いついた事を言いたくなった衝動に駆られた。

「梁山泊で馬の取引を担う燕順殿でもそのじゃじゃ馬は扱いにくいという訳だな?」
「え?」

 一瞬その場に静寂が訪れた後……

「わっはっは! 首領うまい!」
「確かにあの馬は私には荷が重いですな!」

 一同にどっと笑いの渦が巻き起こる。場の空気が一変し、良い雰囲気で次に繋げる事が出来た。

「後は祝家荘の結果だな」

 皆が退室し王倫は一人呟く。勝算は高いと見ていたが、相手は三家荘の中心で長の祝朝奉(しゅくちょうほう)を筆頭に三傑と呼ばれる息子三人。それに武芸師範もいると言う。ここの結果を重く見た王倫は、なんと直属の杜遷、朱貴、宋万に義弟の楊志、さらに花栄と秦明をつけて送りだしていたのだった。
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