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第四十八回 後悔

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 梁山泊には楊志と因縁のあった男が来ていた。
都で復職に失敗し、路銀を得ようとしていた楊志に絡んだごろつきの牛二である。

 同じごろつき同士で揉めた挙句、その相手を殺めてしまい逃亡してきたという。梁山泊の噂を聞いてここを逃亡先に選んだのだろう。

 楊志には気絶したまま放っておかれたので、まさか彼が梁山泊首領の義弟などとは知る由もない。

 事実それを知った時の彼は文字通り絶句して固まった。しかし梁山泊に受け入れられなければ安心して過ごせる土地など他にない。

 楊志は何を思ったかこの男を自分の隊で預かる事を王倫に申し出た。牛二にしてみればこの時の楊志の表情は悪魔の笑みにも等しく映っただろう。


 一方で晁蓋達の恩人、宋江が人を殺して逃亡していると聞かされた王倫はさらにその詳細を説明された。

「礼状と共に礼金も持たせたのですが、宋江殿は礼状だけ受け取り礼金は受け取らなかったというのです」

 礼金は結構な額であり、それを受け取らないというのは役人でありながら高潔な人物でもあったのだろう。

「しかしその手紙の方を馴染みの芸妓に見られ脅迫されてしまい……」

 生辰網強奪の犯人達との繋がりを弱みにされて強請られ、結果その相手を殺してしまい逃亡したという事のようだ。更に王倫はその宋江とはどんな人物か訊ねる。

 もともと地主の息子(次男)で県の胥吏(地元採用の小役人)を務めており、風采のあがらない小男だが、義を重んじ困窮する者には援助を惜しみなく与えることから世間の好漢に慕われていた。

「皆からは及時雨(きゅうじう)と呼ばれて民にも慕われている男です」
「恵みの雨か……」

 王倫は晁蓋達の要望もあり、手下達に宋江の行方を探らせる事にする。暫くはじっと待つだけの状態になった晁蓋は義兄弟の宋江の窮状に何も出来ない事を嘆いていた。


 楊志の隊に組み込まれた牛二は自分の思い描いていた生活と違い、その練兵内容に早速不満をあらわにする。

 走り込みや鍛錬などは楊志に個別の内容を組まれ、生活も管理されたものになっていたからだ。

 最初の頃はあまりの疲労で食事も出来ない程だったが、やっと酒場の使用を許されたためある日そこで楊志への恨み節をぶつけていた。梁山泊を逃げ出したとしても行く宛もなく、楊志に抵抗しても無駄な事は理解しているのでそれくらいしか出来ないのである。

「くそっ。絶対俺を目の敵にしてるに決まってる。あの時絡んだ事を根に持っているんだ」

 牛二は誰にともなく呟いた。そこへ牛二から見れば先輩に当たる手下達がガヤガヤと騒ぎながら入ってきた。

「お? 新入りじゃないか。今日から酒場解禁か?」

 彼等は牛二の意見を聞かずに同じ机に集まる。

「楊志様の鍛錬課題はどうだ?」

 酒を注文し語りかけてくる先輩手下達。牛二は楊志との経緯を説明し愚痴をこぼした。

「馬鹿言うもんじゃねぇ。お前は楊志様を思い違いしてる」

 牛二以外も賛同するのでじゃあ自分への仕打ちはなんなのだと問いただす。そこで衝撃の事実を聞いた。

「お前の内容は新入り用。俺達も最初はそうだった。何度逃げ出そうと思った事か」
「え……?」
「新入りのおめぇが俺達と同じ鍛錬をこなせるもんか。楊志様が限界を見定めて組んでくれたんだよ。むしろ目をかけてもらってらぁな」

 先輩達が昔話で盛り上がって笑う。現在彼等がやっている内容は牛二の行っている鍛錬よりも厳しい課題ばかりだったので牛二は言葉を失う。

「あ、あんた達はそれでいいのかよ?」
「俺達はこの場所を守る為に官軍と戦った。それでも死んだ仲間だっている。楊志様はな、俺達がなるべくそんな目にあわないように面倒見てくれているんだ。今ではそれが良く分かる」

 死。そう言われて牛二は唾をのむ。

「注文の品お待ちどうー」
「お、きたきた! ほれ、まずはこれを飲んでみろ」

 先輩は酒を手に取り牛二にすすめる。

「……なんだこれ。……すげぇうまい」
「ここは酒も料理もとびきりだがな? どうだ。生きてるって気がするだろう?」

 ……牛二は無意識に涙を流していた。酒ってこんなに美味かったっけ? 自分でもよく分からない感情に戸惑う。確かに料理も絶品だった。

「楊志殿はあんな事には拘ってないさ。あんたも自分ばかりを見てないで、早く周りを見れるようになるんだな。今日の代金は奢りにしといてやろう」

 突然現れた男の一言に先輩手下達が騒ぐ。

「さすが宋万様! 良かったな新入り!」
(宋万様? ……あ)

 牛二はその顔を思い出した。
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